習字も書道も捨てたもんじゃないよね!! その2
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お陰さまでその2になりました。お習字の人も、趣味の書道の人も、芸術書の人も、学問の人もみんなで語ろう!!!
書は奥が深いです。一生やってられます。いろんな人がいます。いろんな書があります。素晴らしいじゃないですか(*^◯^*)
自分が一番上手いと誰もが思ってます。そう、自分の中ではそれでイイんです。でも、自分より頑張ってる人がいるかも! 自分より悩んでる人がいるかも! まさかそんなことはないけど、自分より上手くて博学な人がいるかもしれないですよ(°_°) …まさか
語り合えばお互いに高めあえるかもしれないです。そんな淡い期待を胸に秘め、匿名の会話を楽しんでみませんか(*^◯^*)
★自慢話しや宣伝活動はお控えください。
★勧誘もお控えください。
★作品を見せ合うのはお控えください。
★荒らし・ほぼ荒らしには付き合わないでください。
★挑発的な言葉は控えましょう。
★意見が合わないこともあります。
★自論を押し付けないこと。
★結論を焦らないこと。
★カッとなって失礼なこと言ったら、頭を冷やしてちゃんと謝りましょう。
★お友達は出来ないと思ってくださいね。
★でも、みんな本当はいいヤツなんだよ(*^◯^*)
以下、その2から追加します
★基本sage進行でお願いします。
★ネタが無ければ黙ってましょう。
★意見は簡潔に述べましょう。
★比喩表現はよく吟味してから使いましょう。多用は嫌われます。
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◎前スレ
習字も書道も捨てたもんじゃないよね!
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/gallery/1498919452/l50 https://imgur.com/a/f1mJUuX
こいつは7段って言ってたな
子供7段なんて下手糞でも取れる
高段位を自慢する奴ってこのパターンが多い 俺は子供の頃は2級だったぜ。
段なんて夢のまた夢だったから、スゲー尊敬するわ。 筆を正しく持てたら15級・・横線を引けたら14級・・右はらいは8級
子どもの競書はそんな感じできっちりとした基準を設けてほしい
書けなくても級が上がっちゃうんだから書の段級の無意味さが世間に広まってしまう
完全にできないと進級しないスイミングスクールの検定が参考になると思うんだけど >>559
筆が持てるだけで級位って、酷くないか? 裾野を広げたいのか、レベルを下げたいだけなのかわからんけど、どう?
スポーツの級位も結局のとこあてにはならんけどな。「3級以上が大会に出れる」とか作ったおかげで、闇雲に3級を進呈しないと試合に出る選手がいなくなったりして、結局なんのための級以上なの? なんてのはどこにでもあるぜよw >>561
いや全体のレベルを上げるために厳密な級の基準があった方がいいと思ったんだけど 筆を正しく持てない子って多い
ほとんどの子は入学してからお習字に来るから筆の持ち方の矯正もたいへん 中国の映像で、腕が無い人が口で筆咥えて書いてたり、足の指で筆掴んで書いてたりして、手で書くのと変わらなかったりする人いるよね。
筆の持ち方も大事だけど、観察力の方が大事なのかもしれないって思うことはよくあるんだよな〜 ほっといても筆の持ち方が上手いヤツってたまにいるよな。5〜10%くらいじゃないかな。
逆に、どうやっても下手なヤツもいる。10%くらいじゃないかな。
残りは、ちゃんと教えれば上手くなるヤツが半分、教えてもなかなか上手くならないのが半分。
こんな割合じゃね??
子供なら10人中1人は天才的なのがいるよ。
4人はちゃんとした指導でしっかり上達する。
残りはいろいろ手間がかかる。 知人の娘が通う教室の先生が「こりゃあかんだろう」という字。先生は一応師範。
級とか段とか師範とかの判定は書道会の腹一つだし、取ったもの勝ちだと思う。 師範試験はもちろん昇段や昇級を有料にするって見事な集金システムだよね。本部にとっては。
何を書いて「こりゃあかんだろう」という字なの?まさか小学生のお手本とか? >>571
>級とか段とか師範とかの判定は書道会の腹一つだし
それ以外にどういう方法があるの? 腹一つで決めるのが仕事ですよ。気に入らなかったら他の団体に移ればいいんです。選ぶ権利はあります。 柔道や剣道の「初段」て聞くと、知らない人は、スゲー!と思うかもしれないけど、やってる人から見れば、誰でも取れる段位なんだよなw
こんなのどこにでもあるぜ。書道の世界しか見てないと、狭っ苦しい人間になっちゃうから、もっと世の中を見たほうがいいと思うぜ。 >>556
それな
子供の部の高段位なんて成人の部になったら初段や十級に下がるのにね
「これで7段?下手だよね」って思われるだけなのに
よく高段位を口に出来るよなって思う >>578
子供の高段位は、親の財力をあらわす基準にはなると思うけどね… 中谷美紀さんの達筆には驚愕ですね。
字粒も美しいし、4行目の「私こと」を他の文字より少し小さくしてるところなどは、この人マナーをよく知ってるなと思った。英語やフランス語とか語学も堪能らしいし、これこそ才色兼備です。 7段の磯野きりこが「私の先生は簡単に段を上げちゃうんですw」って言ってて好印象
自慢する人と大違い ブサイクで字が下手で、おまけに貧乏なヤツがお好みのようでw >>549
篆書や隷書をやらないとは言っていない。
賞状などの小字が上手くなりたいなら習う意味がないということだ。
現代の表現を模索する糧としてなら、西川寧や青山杉雨のようにやればいい。
篆書も隷書も筆の性能を引き出しきっていない。
それが小筆の修行には向かないという理由。
王羲之が書聖の座に着いたのは、紙の発明とともに、筆の性能を画期的に引き出したからでしょ。 >>588
こういう低俗な煽りはスルーしてください。
★荒らし・ほぼ荒らしには付き合わないでください。 子供の段級位は基本的に技術の評価ばかりでなく、継続努力の評価が重視される。
だから例えば準十級、十級、準九級…一級、準初段…六段、最高段三席と進む。
毎月それを続けると相応の年月がかかる。もちろん下手だと上がらないから差が出る。
最高段一席になると後は青天井で、最高段一席二十三回とか。これが中学まで。
それまで毎月の課題は半紙一枚だけれど、高校からは一般の部で、また十級から始まる。
すると課題が増える代わり「準」が消える。昇級試験は半紙三枚くらいから始まる。
段位の課題は五枚以上。半紙は六字以上、細字や古典臨書。半截は字数も縦横も色々。
六段試験は七枚か八枚だったか。そこから先は七段の高等科で、主に古典臨書と自運。
毎月は出せないから、高卒までに六段を取るのは難しい。以上が教育書道の領分。 >>595
質問です。
>王羲之が書聖の座に着いたのは、紙の発明とともに、筆の性能を画期的に引き出したからでしょ。
これは誰の説でしょうか?
また、王羲之が紙の発明をしたように読めますが、この認識で正しいでしょうか? >>597
>子供の段級位は基本的に技術の評価ばかりでなく、継続努力の評価が重視される。
これはとても大事なところと思います。 ほかの習い事は知らんが出品料表具表装貸額代お金かかりすぎ
何を書こうか考える前に、ああまたお金を振り込むのかと気分が萎えた
作品ていったって誰に見せるの?自分で見て反省するためにお金を払うの?て話で
作品に仕立てる意味がさっぱりわからなくなった >>606
他の趣味も同じだよ。書道が飛び抜けて金がかかるってことはない。
それで気持ちが萎えるような時は、ちょっと休んだ方がいいんじゃないか? >>607
606です
こりゃ永久に休むことになりそうだ
趣味を仕事と思って続けてきたのがよくなかった
若い人にはこういう思いはしてほしくないな >>608
607です
金のかかる公募展やめて、あまり金のかからないグループ展や社中展みたいのに出会えるといいかもしれませんね。
趣味は趣味のままがいいんですよ。自分の世界に浸って楽しむのが一番いいです。人生いろんな時期があるから、10年くらい休んだって趣味は逃げやしませんよ(笑)
お節介なこと言ってすみません >>606
それは芸術書道の領分だな。教育書道の後にやる。だから既に基礎は出来ている。
もちろん変体仮名や草書はすらすら読める。ここまでくると段位は問題にならない。
そのぶん先の見えない、分からない世界となる。目標やテーマは自分で決める。
作品制作や出品に意義が見出せなくなったら、また教育書道に戻ってみればよい。
これだって奥が深い。実用書道も含まれる。応用の側から基礎を見直すと面白い。
古典の必要ない世界がある。あまり古すぎて役に立たないものをやっても仕方がない。
そこを追求したのが大正以前の書道。今は古典に呪縛されすぎて作品が中毒する。
問題は、教育書道の本が昭和中期に次々と絶滅し、今では入手困難となった事。 606です
ありがとうございます涙出そう
公募展から金のかからない社中に替えて15年踏ん張ったけど
それでも月謝や表具代もろもろ厳しくなってしまい
月謝を払うと欲しい筆も買えないありさまで
今はまだ書を純然たる趣味ととらえるのに時間がかかりそうですが
お二人の言葉に励まされました >>610
>問題は、教育書道の本が昭和中期に次々と絶滅し、今では入手困難となった事。
これは事実。日本がこの30年で失った大事なもののひとつ。 >>598
紙は蔡倫が後漢に発明して(製法を改良しただけという説もあるが)
王羲之の時代には普及した
王羲之の用筆は八面出鋒、これは隷書篆書にない。
筆毫の開閉を積極的にやっているのも王羲之から。
筆もたわみを利用するというのも篆書には無い。
紙に書いたからできたこと。
これが誰の説って言われても、伏見沖敬も石川九楊も誰でも言ってるよ。 >>613
芸術教育としてなら『教育書道講座』(学芸書林)や『書道講座』(二玄社)がある。
昭和五年の『書範』(雄山閣)は丹羽海鶴の著。どれも今に続く古典系で実用面は薄い。
戦前系の教材なら今も『文化書道講座』(代々木文化学園)がある。金園社も頑張った。
その昔は教科書出版で有名な金港堂などに良書があった。実用書道で傑出していた。
これらと見比べれば、今の教育書道は碌に草書も変体仮名もやらず歴史性がない。
歴史といっても、たかだか幕末基準の継承に過ぎない。それがいきなり古典とくる。
極端な芸術化により、実用史との接続が戦後ますます揺らいできた。足腰が弱い。 げーじゅつより実用書道メインのほうが書の人気が上がりそう
今だって大人になってから習い始める人はみんな「字がうまくなりたい」がきっかけだから 『文化書道講座』読んでみたいけど入手は困難そうですね 実用の指導は難しくて、字数が多くなると添削の労力がハンパない。
たとえば、便箋1枚の手紙文で100字あり、宛名も含め添削するとして、これが30名分あり、それを1人で添削するとしたら、パンクする指導者が出てきてしまう。
パンクすると、能力の限界を隠すために生徒に嫌味を言いだしたり、八つ当たりしたりということが始まり、指導者とは程遠い状態になり、あとはご想像通り…
対面での指導は破綻しやすいので、通信添削が生き残っている、というのが現状。 >>622
https://www.bunkashodo.co.jp/course/shodo.html
入会すると費用がチョット…。でも、問い合わせれば売ってくれるかも?
折手本の販売ページは今ネットから消えてるみたい。自ら販路の墓穴を掘ってるw
ここの手本で貴重なのは他に、初心者用の三体千字文。細字と漢詩なら呉石詩草など好適。
中でも小野湖山先生碑(日下部鳴鶴)の臨書手本二分冊は、明治隷書復活の起爆剤。 >>625追記。念のため電話してみた。販売サイトの復旧は年明けを予定しているとの事。 >>625
そのサイト見たけど教育書道というには字の癖が強くないか?
時代だから仕方がないけど手本が顔法くさい
今の人には合わないと思うよ >>627
顔法がダメで何ならいいの? 巻菱湖風? 北魏風? 巻菱湖風? 北魏風?
さらに癖の強いのを出す人って・・・ 才能の塊みたいな若い人が書道の世界に入ったけど、失望してやめていくという例をいくつも見た
もうオワコンなんだよ >>632
その才能の塊とやらは他のジャンルで開花したのか? 『現代日本書法集成 上條信山』(尚学図書)P.6の記述(↓)。
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> 今から考えてみると、呉石先生の書は、根源は歐陽詢の九成宮醴泉銘にあったわけで、それをご
く平易に、一般化したもの、入門期の手本としては最適なものであった。当時は、鳴鶴や、一六の三
体千字文も流行していたが、風格や、味わいがあるにしても、少年時代の手本としては少々無理なと
ころがあった。呉石先生の千字文に出会ったことは、少年時代の私にとって大変な仕合わせであった。
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その西脇呉石が書いた大正7年(1918年)の「文部省国定教科書 書キ方手本乙種」は、こちらに例
が載っている(クリック拡大↓)。
http://bunkashodoukai.com/goseki.html 日展のサイトで作品見た
遠藤彊と岡野楠亭はなんかあるの? 書写と書道は戦後教育上の役割が違う上、教育書道の延長上に芸術書道がある。
戦前に書写はなく、国定手本時代は習字/書道。しかし戦後の書道は芸術科書道の扱い。
すると国語科書写と芸術科書道の間から、昔の教育書道がスッポリ抜け落ちた。
そこを民間が補った。教育書道で学校の書写に相当する部分は最低レベルの所だけ。
だから教育書道に草書や変体仮名などが含まれるとは想像しにくい環境となってくる。
尋常小学校の上に旧制中学校などの習字/書道があった。これも教育書道の一環。
そこの接続が円滑な書風としては、むしろ書写の方が歴史的には異常な手本/教科書。 要するに、草書や変体仮名を学べということでいいですね。 >>639
教育書道って具体的にどういうことですか? 団体名ではないですよね? >>647
『書道講座』(二玄社)巻頭より。西川寧。
>◇“書”の効用は特殊なものであるだけに、よく、実用の書・教育の書・芸術の書などとわけて説明する人が
あります。この分類は、実はたわいのない子供だましですが、わけて見ればそうもいえるのでしょう。
昭和中期は教育書道、実用書道、芸術書道にジャンルを分けて捉えるのが一般的だった。
具体的には芸術との接続段階までを含み、しかも基礎が芸術でないとは限らない。
芸術は技術。基礎も技術。応用もまた技術だが、表現に技術が隠れる度合いは増す。
この関係は「創作」と「自運」の違いと似ている。明治と大正は連続するが時代は違う。
分別基準が廃れると、教育書道は団体名に残るだけ。明治製菓や大正製薬みたいに。 ちと分かりにくい書き方になったかも、と反省した。以下は>>648の追記。
教育書道の基盤は古典も含めた実用書道。作品概念でなく教育概念ゆえ作品教育も可能。
だから実用が芸術で、その伝承過程を教育とみてよい。ただレベルの幅が広いだけ。
読めるという前提が崩壊してから、実用と芸術は分離した。元は同じものだった。
そうした意味では、何を教えるかではなく、どう教えるかが教育書道の担当領域となる。 >>648
>昭和中期は教育書道、実用書道、芸術書道にジャンルを分けて捉えるのが一般的だった。
これ↑ がわかりずらくて、「書写」「書道」にしたのでは?
それか、ただ単に指導者側(業界?) の用語としてなんとなく「教育書道、実用書道、芸術書道」と言う昭和の習慣があったのでは?
…一般的だったというのは無理があるように思えるがいかがなものか。 昭和中期頃は明治生まれの先生方が活躍していた時代かと思います。「書は芸術である!」という派手な人が増える中、奇抜な作品作りよりも正しい書を次世代に受け継いでいくことが大事、とした人達を「(芸術ではなく) 教育の人達」と言った。 >>652
敗戦後、書教育は軍国主義の咎で占領軍から睨まれ、武道と同様に禁止となった。
やがて書教育復活の運動が実り、選択科目となった。必修化は敗戦の約二十年後。
占領軍を説得するための方便が「書は芸術」で、書写は国語の領域に限られた。
それゆえ書写が教育書道の中でも極めて低レベルな範囲に留まるのは仕方がなかった。
昭和中期は書の芸術化が進み過ぎ、教育書道の範囲に収まらなくなってきた。
この意味で芸術書道と教育書道は別物となるし、実用書道も書写の範囲には収まらない。
ただし当時の日展には豊道春海や、戦前国定教科書筆者の鈴木翠軒と西脇呉石も居た。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています