>>606
それは芸術書道の領分だな。教育書道の後にやる。だから既に基礎は出来ている。
もちろん変体仮名や草書はすらすら読める。ここまでくると段位は問題にならない。
そのぶん先の見えない、分からない世界となる。目標やテーマは自分で決める。
作品制作や出品に意義が見出せなくなったら、また教育書道に戻ってみればよい。
これだって奥が深い。実用書道も含まれる。応用の側から基礎を見直すと面白い。
古典の必要ない世界がある。あまり古すぎて役に立たないものをやっても仕方がない。
そこを追求したのが大正以前の書道。今は古典に呪縛されすぎて作品が中毒する。
問題は、教育書道の本が昭和中期に次々と絶滅し、今では入手困難となった事。