語順の話で、日本語に自動詞/他動詞の対立が厳密でたくさんあるのはなぜかって考えてたのを思い出した。
英語にしろ中国語にしろ、語順が厳密でSVOのように主語と目的語が語順で峻別できる言語って
自動詞と他動詞が同じ形してても平気なんだよね。

門開了 : 門が開いた
我開了門 : 私が門を開けた

日本語でこいつを峻別しなければいけなかった理由ってぇのは、つまりSOVでかつ格助詞もなく、
語順すら厳密じゃなかったせいでSとOの区別がつかなかった時代の名残なんじゃないかと思う

「私」と「門」くらいだったら文脈で区別つくんだろうけど、
「AがBを殴った」と「BがAを殴った」の区別になると自由語順、格助詞なしでは何もわからん。

そういうのを防ぐために、SもOも三人称でマーカーがない場合は
「Aが殴られた」という文を使う傾向にあるっていうのが最近アイヌ語スレッドで話題になった話で、
日本語も格助詞がなかった時代は受身形や自発形を頻繁に使っていたんじゃないかと思う。