正統表記を用ゐると云ふ縡の考察 [無断転載禁止]©2ch.net
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「經驗的自我は絶えず變轉して行くものであつて、其の外面的な現象はもとより、内面的な拐~現象も、すべて其の時代的樣相を帶びる。
その時代的樣相は、時と共に變化することを意味する。
併し其の變化する中に變化しないで、絶えず其の變化を指導して行くところの先驗的な自我が存在して居る。
之を「超時間的な實在我」といひ、自我永遠の理想といふのは此の實在我に即して見出されるのであるが、其の超時間といふのは、決して經驗を離れてといふことではない。
經驗と共に存するので、經驗といふことがなければ、先驗といふことも意味を成さない。
そして此の先驗的な自我は、絶えず經驗的自我として、時の流を通して新な開展を爲しつゝあるのである。
故に此の先驗的な自我は、經驗的自我に即してのみ見出される。
即ち過去に斯くあつたのみならず、現在に斯くあり、將來に斯くあるべき先驗的な自我は、其の經驗の歴史を通してのみ見られる。
自然科學の對象として物の本質を研究するには、其に時間的條件を挾むは無用のことであらう。
數千年前に存した水も、今日の水も其の時間的經過を除外して、單に水として研究が施される。
併し生命主體としての自我の研究は、歴史を離れて施し得ない。
一面からいへば自我が歴史を作るのであるが、他の一面からいへば、其の歴史の鏡に映してのみ、自我を觀ることが出來るのである。」
―― ――
「我等各個人には絶對の個性があつて、甲をして乙たらしめることも出來ず、乙をして甲たらしめることも出來ず、甲は甲たらしむべく、乙は乙たらしむべきである。
國家には個性があつて、甲國をして乙國たらしめることも出來ず、乙國をして甲國たらしめることも出來ない。
若し單に他國を模倣して、其の個性を無視することがあるならば、其の國家の存在の意義を沒卻して、自滅の道を取るものと云はなければならぬ。
今日やゝもすると歴史的な傳統を嫌つて、他の理想を求めようとするものがあるけれども、其は甚だしい錯誤である。
自我の生命そのものが傳統的な實在であり、一切の文化は傳統的に創造されるものであるから、傳統を離れては人閧フ何物もあり得ない。
過去の時代的形迹を以て今日の新生活を律しようとするやうなことは時代錯誤であつて、抽象的な空想を以て現實を律しようとするのと同じく、危險な結果を生ずるけれども、
其は傳統の形迹に拘れたものゝの弊である。
傳統其の者の拐~は創造的なものであつて、具體的な生命ある理想は、其以外に存しない。
今日傳統を嫌つて新理想を唱へてゐる者も、其の實、他民族、他國民の歴史的傳統の中に創造された理想を借用してゐるに過ぎない。
要するに他の傳統を以て、我が固有の傳統に變へようとするものに過ぎない。
是尊外卑内、外化自失の道をとつて行くものでなくして何であらうか。」
亙理章三カ著「建國の拐~と建國史觀」第二章「建國史の價値と其の研究上の注意」 かめい徽倖著「褌の拐~と褌史觀」第二章「褌史の價値と其の研究上の注意」 「我等各個人には絶對の個性があつて、甲をして乙たらしめることも出來ず、乙をして甲たらしめることも出來ず、甲は甲たらしむべく、乙は乙たらしむべきである。
褌には個性があつて、甲褌をして乙褌たらしめることも出來ず、乙褌をして甲褌たらしめることも出來ない。
若し單に他褌を模倣して、其の個性を無視することがあるならば、其の褌の存在の意義を沒卻して、自滅の道を取るものと云はなければならぬ。
今日やゝもすると歴史的な褌を嫌つて、他の理想を求めようとするものがあるけれども、其は甚だしい錯誤である。
自我の生命そのものが褌的な實在であり、一切の文化は褌的に創造されるものであるから、褌を離れては人閧フ何物もあり得ない。
過去の時代的形迹を以て今日の褌生活を律しようとするやうなことは時代錯誤であつて、抽象的な空想を以て現實を律しようとするのと同じく、危險な結果を生ずるけれども、
其は褌の形迹に拘れたものゝの弊である。
褌其の者の拐~は創造的なものであつて、具體的な生命ある理想は、其以外に存しない。
今日褌を嫌つて新理想を唱へてゐる者も、其の實、他褌族、他褌民の歴史的褌の中に創造された理想を借用してゐるに過ぎない。
要するに他の褌を以て、我が固有の褌に變へようとするものに過ぎない。
是尊外卑内、外化自失の道をとつて行くものでなくして何であらうか。」
かめい徽倖著「褌の拐~と褌史觀」第二章「褌史の價値と其の研究上の注意」 褌文法 口語篇・文語篇、著:かめい徽倖、褌談社褌術文庫 巨大な学術の掲示板群: アルファ・ラボ
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言語学 国語 方言 IT 電子 工学 など 戰後七十五年を七十四年と耄碌して仕舞ふの歟褌は。
亀井くゐかう・褌の本質 >>343
ジャンルを日本語に訳せない白痴が何か言ってる >>345
まじか笑
それは流石に日本語力が無さすぎるでしょ 「和多志」が「私」に取つて替られた説は一體何處から來たの歟。 351 名前:あぼ〜ん[NGWord:くゐかう] 投稿日:あぼ〜ん
↑何時も論破されて大變だな(笑)。 常に論破されて自分のHNをNG登録したのはお前自身。
褌に付着した汚い糞汚れをさっさと落とせよグロメンくゐかうよ。
ブサイクな阿呆面も整形してもらえよw
そんな金すら無いんだろうけど。 353 名前:あぼ〜ん[NGWord:くゐかう] 投稿日:あぼ〜ん
↑何時も論破されて大變だな(笑)。 常に論破されて自分のHNをNG登録したのはお前自身。
褌に付着した汚い糞汚れをさっさと落とせよグロメンくゐかうよ。
ブサイクな阿呆面も整形してもらえよw
そんな金すら無いんだろうけど。
糞通し野郎が。 355 名前:あぼ〜ん[NGWord:くゐかう] 投稿日:あぼ〜ん
↑何時も論破されて大變だな(笑)。 褌くゐかうがな。
鼻下の醜いホクロの除去手術はまだか?w 褌くゐかうがな。
自分のHNのかめいくゐかう、かめい徽倖
自分で常用し他人にゴリ押ししていた褌、ふんどし、フンドシ
論破され逃げまくってこれらをNGワードにしてる時点でお前は永遠の負け犬だ。
妄想で他人を論破した妄想に浸る事で現実逃避し己を慰めているのだろうが
現実逃避していても永遠に現実は変わらない。
ところで鼻下の醜いホクロの除去手術はまだか?ブサイクホクロのレイシスト糞通しマンよw 山田孝雄文學博士著『假名遣の歴史』、第六章囘顧、八十四頁に曰く。
「假名遣が標準を舊例に求めたるその根源如何といふに、蓋し、その混亂を生ぜざりし以前の時代の整頓せる状態を以て、
正當なるものと認めたるが故ならむ。
然らば、何が故に、然く古代の例を以て、假名遣の標準とするかといふに、これ實に文字の根本性質に基くものといふべし。
文字はいふまでもなく視覺に訴ふるものにして、平面的延長を有し、固定的のものなり。
音は聽覺に訴ふるものにして、流動的無形のものなり。
この故に文字にて記されたる語が一旦成形すれば、それに對する音が變化を生ずることありとも、之に對應して文字は變形することなし。
若し文字をして流れうつる聲音につれてたえず變化せしむべしとせば、文字を用ゐての定形的可視的言語は殆ど存せざるに至るべし。
この故に、一旦成立せる文字上の語形は、頗る保守的のものにして、その一綴のうちに一字を改めても、
われらの可視的言語は形を破潰せられたる感を超すに至るものなり。
これ外國語にても、無音の文字をその綴より容易に除くこと能はざる理由なり」 名前:あぼ〜ん[NGWord:褌] 投稿日:あぼ〜ん
↑私怨で板を荒す莫迦(笑)。 論破されて褌という語句をNGワードにする褌くゐかう最高にダセぇわw 私怨の意味も知らない褌くゐかうw
その程度の阿呆だから結婚相談所ですら相手に嫌われる。
自分の無力さを直視できず結婚相談所の所為だと必死に叩く。
哀れなオッサンだよなw 最早コピペを繰り返すだけの褌くゐかう哀れだなw
ノッツェを解約したところでブサイクな阿呆面も心の病も未解決。
結婚相手も見つからず淋しく褌オナニーするだけの人生w 私怨の意味も知らない褌くゐかうw
そしてノッツェで散財し嫁は釣れなかったとさ。
めでたしめでたしw リンク先に現代表記は其の表記の大部分が表記の慣習に非ずとは書いて無いな。
嘘吐き褌マン。 あれほど言語学板を跋扈していた旧字キチガイも遂に滅亡したのかと思うと感慨深いのう 452 名前:名無しは無慈悲な夜の女王 Mail:sage 投稿日:2021/03/01(月) 21:54:20.53 ID:TdzvE3qS
横からすまんが>420は「ペペ」じゃなくて「ぺぺ」じゃね?
「おぺぺ」って女体のとある部分を指す方言っぽい響きに聞こえるんだが
453 名前:名無しは無慈悲な夜の女王 Mail:sage 投稿日:2021/03/01(月) 22:15:36.02 ID:3cbrkqd9
>>452
>「ペペ」じゃなくて「ぺぺ」じゃね?
マジか、後ろの「ペペ」で前の「ぺぺ」じゃねえんだ?
違いがわかる男ってすげえよ
454 名前:名無しは無慈悲な夜の女王 Mail:sage 投稿日:2021/03/01(月) 22:26:13.57 ID:ffDkaJar
>>453
調べてみると件のライターは森三助(粋筆のぞき日記)
オペペは正に女陰のことだろう
ケツヌリコーン等様々な造語でエロを追求している模様
455 名前:名無しは無慈悲な夜の女王 Mail:sage 投稿日:2021/03/02(火) 00:19:57.59 ID:dv6N2sSK
>453 >454
そろそろ恥ずかしいぞ無知無知くんw
456 名前:名無しは無慈悲な夜の女王 Mail:sage 投稿日:2021/03/02(火) 00:46:31.25 ID:dv6N2sSK
なんか>453はツッコミ役なのに巻き込んじゃってるなすまん
しったかぶる452
↓
突っ込む453
↓
ツッコミに対する再反論にはなってない454 480 名前:名無しは無慈悲な夜の女王 Mail:sage 投稿日:2021/03/02(火) 19:46:10.86 ID:tnIZ+FKk
>>453>>456
「ペペ(片仮名)」じゃなくて「ぺぺ(平仮名)」じゃね?
だとくどいかと思って省略したんだが
ペぺペぺペぺペぺペぺ
君等のブラウザだと見分けが付かんのか? 褌文法 口褌語篇・文褌語篇
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著:かめい徽倖 >>382
正字正假名つて宜いよねえ(*^_^*) >>384
正字正假名つて宜いよねえ(*^_^*) 褌文法 口褌語篇・文褌語篇
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新字新假名つて頭が惡さうですよね(*^_^*) 褌文法 口褌語篇・文褌語篇
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1 :風吹けば名無し:2011/01/16(日) 23:56:29.40 ID:mP+MZG1G
うんごぶりぶりんこ!!!!ドビュビュビュビュドバババババブッ!!!
ドリュルリュルウリュリィブブブブブブッッ!!!!あへあへうんこまん!!!ぶりっちょ!!!
ケツの穴からドババババババババッバwwwwwwwwwwwwWWWW
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なお、まにあわんもよう 褌文法 口褌語篇・文褌語篇
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著:かめい くゐかう
instagram.com/kuwikau/ 正字正仮名など歴史的仮名遣いと同等の誇大広告の類だよ
まず正字といういかにも「これが正しいのだ」という腐った根性を治したまえ
漢字など異体字が腐るほどあるものから一つの時代の一つの字を
「これが正しい」などと語るのはまともな学識を持った人間の所業ではない
歴史的仮名遣いも一度も歴史的だったことがない分際で「歴史的」など笑止千万
語源的仮名遣いとでも名を改めたらどうなのかね
それを「正仮名」などと言うは厚顔無恥にもほどがあろう
あげく現代仮名遣いを見下すさまといったら目も当てられない
よっぽどの年よりでもなければ現代仮名遣いで言葉を学ぶであろうに
その恩恵さえ無視しているのだからな >>409
「正」とは「正統」と云ふ意味さ(笑)。 その正統性がそもそも疑わしいのだよ
推量の「う」を「よう」などと書いている
代表的なものが「受けよう」だな
語源は「受けむ」が変化した「受けう」だ
「受けう」が「うきょう」を経て「受け-よう」になったのだが
本来的には「受け-えう」と書くところだ
読みは葉(えふ)と同じで「よう」である
これを「見よう」「しよう」(それぞれ語源は「見う」「せう」)とまとめて
「よう」という推量の助詞があるなどと捏造したのだ
これでは「今日(けふ)」を「今日(きょう)」と書くのと変わらないではないか 他にも「しまつた」なども「しまふた」と書くべきであろう
歴史や語源を大事にすると言いながら中途半端に表音化する意味がわからない
「たつとぶ」も「たふとぶ」であろうに
仮名の読みと文字が一致しない致命的な欠陥を「歴史だから」と許容するのに
いかにも中途半端なのだ そしてよく英語も歴史的仮名遣いであるという愚か者がいるが
これは大間違いである
現在の英語は近世のフランス語とラテン語の影響を強く受けているし
古い時代に存在した複雑な格変化をしなくなっている
歴史的などと言って先祖帰りするようなことはしていない
knightの語源をたどってcnihtが本来の形であるなどと言ったりしないし
islandは一時の誤った綴りのままで現在まで残っている
そして単語と発音が一致しないという致命的な欠陥を負っている
そのためにいちいち発音を調べる必要があるのだ
designatedなど初見で正しく読める者がいるとは思えない
これが英語を学習する上で最もクソなところである
日本の歴史的仮名遣いも似たようなものだ
読み仮名がまともに役割を果たさないのである
英語にフォニックスの補助が必要なように歴史的仮名遣いにも読み仮名が必要なのだ
漢字の読み仮名に歴史的仮名遣いを当てて
さらに歴史的仮名遣いに読み仮名を当てるのは正直に言って無駄な労力である もう一つ歴史的じゃない歴史的仮名遣いがあった
「どうしやうもない」だ
「どう仕様もない」と書くから「どうしやう」だと愚にもつかぬことを言う者がいるが
これは単なる当て字で本来は「せむかたなき」や「せむなき」と語源を同じくする
すなわち「どうせうもない」が元の形なのだ
これを「しやう」と書いてよいなら他の「よう」も「しやう」と書いてよいではないか
元より推量の「う」は例えば「有らう」「わからう」「待たう」などのように「あ-う」の形になる
文法的にこれの類型と考えるならば推量の「しよう」も「しやう」で良いだろう
歴史的が聞いてあきれる
まして正仮名などと恥を知ったらどうなのか >>411
> その正統性がそもそも疑わしいのだよ
「まず正字といういかにも「これが正しいのだ」という腐った根性を治したまえ」から主張を變へるなよ(笑)。 >>414
> これは単なる当て字で本来は「せむかたなき」や「せむなき」と語源を同じくする
「詮」とは「せむ」ではなく「せん」。 >>416
「せむ→せん」と変化して詮の字を当てた
歴史的には「せむ」の方が古い
そのくらいのことは当然の知識だろうに
それでどのあたりが「正統」なのかね? ちなみに「詮」に「やり方」「方法」という意味があるのは日本だけ
https://kanji.jitenon.jp/kanjie/2040.html
元から「詮」にそういう意味があったのではなくただの当て字
「ろくでなし」の「碌」(本来は「陸」)と似たようなもの 「せむかたなし」は源氏物語(1000年代)
「せんかたなし」は徒然草(1300年代)
意味はどちらも同じ
どちらにもまだ「詮」の字は当てられていない >>411
四段活用は「う」、其の他は「よう」とするのは江戸辯、東京語を由來とするもの。
「絶える」「受ける」の江戸辯、東京語を由來とするもの。
「受けう」と云ふのは出雲地方の方言で、凡て「う」で表す。
口語の標準を何に定めるかと次元の話である。 >>412-414
其が單に御前個人の言語觀、信念つて丈だらう(笑)。
「歴史的」とは其迄の變化を全く許容しないと云ふ意味では無いのだが(笑)。 >>420
言葉の変化には段階があって
いきなり「よう」なんて発音がポッと出たりはしない
出雲弁に限らず推量の「う」は「む」を語源として
そこからさらに変化していくものだ
動詞の語幹部分の語尾が「い」「え」で終わるものが音便化して
例えば「みう」が「みょう」「みいう」ないし「みえう」などとなり
最終的に「みよう」という発音になったのであって
江戸時代の出雲に古い表記が残っていたとしてそれとは無関係だよ
江戸・東京に基準を置くのはよいが当時は
「見やう」「しやう」などと書いていたものも多い
「ます」の推量「ましょう」は歴史的仮名遣いで「ませう」と書くが
語源とされる「まゐらす」とも結びつかない
これも謎の存在で表記のルールに従うなら「まさう」じゃないのか?
多数が「ませう」と書いていたから大した意味もなく「ませう」にした?
「でせう」も「でさ(ふら)う」の変化ならば「でさう」と書くはずだが
既に変わってしまったものはしかたがないとするなら
明治に作られたルールに拘る必要もないではないか 「さう」を「しょう」と読むルールがないから
ルールにない読み方はできないだけ
手斧(ちょうな)が「てをな」でなく「てうな」になるのも同じ
歴史とは関係なく読み方のルールが先にある >>422
れきし‐てき【歴史的】
?形動?
@ 過去にその事実が存在するさま。確かな過去の事実であるさま。歴史に関係しているさま。史的。
A 時代による変遷およびその過程を重視する立場であるさま。
B 遠い過去から続いているさま。古い昔から伝わっているさま。伝統的。
C 歴史として特記すべき価値のあるさま。将来、歴史に残るような記念すべきさま。画期的。
其の指摘自體が全くめちやくちやなのだけど(笑)。
> 言葉の変化には段階があって
> いきなり「よう」なんて発音がポッと出たりはしない
> 出雲弁に限らず推量の「う」は「む」を語源として
> そこからさらに変化していくものだ
> 動詞の語幹部分の語尾が「い」「え」で終わるものが音便化して
> 例えば「みう」が「みょう」「みいう」ないし「みえう」などとなり
> 最終的に「みよう」という発音になったのであって
> 江戸時代の出雲に古い表記が残っていたとしてそれとは無関係だよ
大きく分けて關西語と關東語とで分け、其の音韻の變化を論ずるに當つて、雙方共に原繩文語から派生したのは闊痰ネいとしても、關東では關東なり東北には東北なりの音韻變化を遂げてゐるのであつて、其の變化の仕方は必ずしも全國一律ではないし、
關西語から關東語と云ふ變化の順を追つてゐる訣でもない。
勿論中にはさう云ふ語が無い訣ではないだらうが……。
口語を論ずるには文語とは亦別の觀點が必要になる。
固より標準口語を採用するに當つては江戸辯、東京語を基礎としたのであつて、一二段を「よう」とするのは比較的新しい假名遣。
「御座(ござ)います」は「おはします」から固より派生し、「御座します」と云ふ漢字表記が生まれ、「御座(ござ)ります」となり、
最終的には「御座(ござ)います」と變化をし現在に至る。
「厶(ござ)る」「ありんす」「げす」「ごす」等々も元は此の「おはします」から派生した口語である。
かう云ふ變化をも顧みずに、或一時點の變化前の表記に集約させようと云ふのは其こそ偏狹と云ふ者である。
固より「ませう」を「ましょう」、「でせう」を「でしょう」、「しう」を「しゅう」、「をとつひ・をとゝひ」を「おととい・おとつい」と云ふ表記法は文法も語法も語幹も語根も轉呼音も全く無視した表記であるので、
端から全く話にならぬのである(笑)。 >>423
> 「さう」を「しょう」と読むルールがないから
恐らく世界の言語に於て、そんな轉呼の仕方はしないだらう(笑)。 >>426
「さう」なら普通に「そう」と轉呼する筈で、「ショー」と云ふ轉呼の仕方はしない筈。 「そうじゃない」より「そうぢゃない」の方が「そうではない」などとの
つながりが分かるという点で理にかなっている、といったことは
あるんぢゃない? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています