幼い頃の記憶がよみがえった。昭和30年代後半のこと、小学校1・2年だったと思う。
すでに食糧危機は脱していたがゼイタク品は乏しい世情だった。そんな折、母親がインスタント珈琲を2本
買ってきてくれた。1本は上島珈琲(今のUCC)、もう1本はネスカフェ。両方を飲み比べてして見ようという
趣旨だったと思う。

幼稚園に通っていた弟を含めた親子3人で試飲した。どちらが美味しい?と聞かれたわしは、ネスカフェの方が
美味しいと答えた。ネスカフェは、いわゆるブレンド珈琲で万人向きの味がしたのだ。上島珈琲は少しクセがあった。
今思えばブラジルのボルボン種ではなかったかと思う。味わい深さとコクがあったのだが子供には荷が重かった。

母親は、上島珈琲が断然美味いと言った。その後、弟に感想を求めると、上島がオツな味がすると答えた。
弟は生意気坊主で、大人が美味いというモノを美味いと言う癖があった。赤いホッペで口をトガらせながら
食通ぶるスガタが懐かしい。よく母親に“お母さん、味噌は岡崎の八丁味噌を使ってください”などと言っていた。
そこで、押し売りに買わされた怪しげな味噌をナメさせたら“やっぱり、八丁味噌は違うなあ!”とウナッテいた。

今の上島珈琲、UCC珈琲はブレンド珈琲で、可も無く不可もなく、という味がする。あのボルボン種は収穫性の
問題やらで余り栽培されなくなったのだろう。ボルボンの生豆から自家焙煎しても十分にボルボンの味がしない
ロットもある。現地でも雑交配が進んでいるらしいから。寂しい話である。

最近は歳をとったせいか、少し気弱になった。電車の窓から沿線の家並みを見ていると、
蛍光灯のアカリの下で、母親と子供が和やかに食事をしている場面がチラッと見えたりする。すると、何の理由も無く
目頭が熱くなり、不覚にも涙が出てしまうこともある。何故涙が出るのか、自分でも分からなかったんだが、
ひょっとすると、自分の過ぎ去った記憶を思い出しているのかも知れないな。