杉本つとむ『日本文字史の研究』1998年
中・近世には俗字、異体字こそもっとも有効なコミュニケーションの道具として駆使されたわけである。
一方では学者による熱心な〈漢字〉や異体字の研究もすすめられた。
しかしこうした伝統をもつ有益な俗字や略字が、明治維新とそれ以降の国語教育、国策によって、すなわち再び旧態の正字にもどすという時代錯誤によって、
それまでになく国民に漢字への負担をまし、文字のもつ社会的意味、漢字と真字の根本的相違をも考える場をみうしなわせたのである。
もちろん、文部省などの国家権力により、教育の場で強力に規制はしても、まだ、江戸期の伝統は十九世紀いっぱいは残存して板と思われる。
しかし、真に生活のための真字の復活は敗戦によりもたらされた。
敗戦によってー時代ももはや縦文化から横文化、仮字の有効性を認識する時代となりー、異体字、俗字、略字が主役をしめるようになってきたわけである。
漢字を多くしっていることが重要なのではない。
真字をいかに有効にかつ表現豊かに駆使するかが問われ、表現力、道具としての文字の自由でのびのびとした用法を認識して活用することこそ要請される時代となったのである。
あらためて異体字、俗字を生み、育てた中・近世の文字社会を再検討すべきである。