東日本と偽る新潟

新潟県の鉄道には「西とのつながり」を感ずる要素がとにかく多い。 
そしてそれは新潟県そのものが、そもそも東日本ではないということを意味している。
しかしなぜか、東京に住まう新潟出身者などは、この事実を認めたがらない。
新潟は「名誉東日本人」になりたがるという奇妙な地域性がある。

今でこそ東京と新潟は関越自動車道や上越新幹線で結ばれ、
直線距離は300kmもないが、歴史的にはそこには完全な断絶があった。
江戸幕府が整備した5街道を考えてほしい。
東海道は現在の東海道線、奥州街道および日光街道は東北本線、甲州街道と中山道は中央本線におおむね経路が一致するが、
日本海側に抜ける街道は1つもなかった。新潟と江戸は重要な移動経路ではなかったのである。
三国山脈という自然の壁によって関東地方と新潟県は断絶していたのだ。

東北地方は関東地方とともにまぎれもなく東日本だ。
しかし新潟県は、断じて東日本ではなく、東北でも関東でもないのである。
新潟はれっきとした北陸であり、その北陸は関西の要素を多く受けた中部地方だ。中部地方の中心都市といえば名古屋である。
本州は、東名阪という3大都市圏とその大都市を中心とする地方に分類可能だ。それぞれ東日本、中日本、西日本である。
新潟及び北陸は、限りなく関西の影響を受けた中日本なのだが、どういうわけか新潟県民自身は、その事実を認めたがらない謎の傾向がある。

新潟県民・出身者は何かにつけて、東京とのつながりを強調したがるのである。
関西の影響を受けているという事実を認めたがらない。
歴史的に見ても何らつながりのない東京と一緒になりたがるのに「名古屋と同じ中部地方」とみなされることに激しい嫌悪感を示す。
そのくせ彼らの方言、食文化などには西からの影響が多い。東日本と偽っていても、その「本質」はバレバレなのである。これが不思議でならない。

新潟はどのように考えても東日本ではない。
ないにもかかわらず、北陸・上越新幹線は、東北新幹線と一緒くたにされている。
歴史的に見ても東京とつながりが深い東北地方と比べても、はるかに過度な「東京コンプレックス」が目立つ。

私はこの新潟の東京志向、自分を東日本だと思い込んでしまう勘違いは克服するべき課題ではないかと考えている。
明治時代に日本で最も人口が多い地域は東京ではなく新潟だった。今では新潟は典型的な人口流出県だ。
他県・地方からの人財流入によって栄えているのが東京であるから、つまり東京在住の地方出身者に最も多いのは新潟県出身者ということになる。
誤った「東京至上主義」の呪縛が新潟県という地域の衰退を招い、
県民を流出させ、県全土が過疎に悩む新潟の持続可能性の問題につながっているのである。
逆に東京の側からすれば、根本的に違う文化圏の存在が同じだと思い込んですり寄って来られるのは気味のいいものではない。
もはや首都圏は江戸っ子よりも新潟出身者の方が多いくらいなので、彼らの論理に東京の常識も都合よく塗り替えられてしまうことだってある。
新潟県民の理想とするトカイ像と、東京出身者のありのままの地域性や理想とする東京のビジョンは大きな隔たりがある。
それは神奈川県民の私でも、長年見て育って理解してきたことである。

すべての新潟県民・出身者よ。気づくべきだ。
君たちの地元は東日本ではない。関東と同じではなく、れっきとした北陸地域であり、
名古屋を中心にまとまる中部地方の1つであり、その中でも西日本の側にあるのが、新潟なのだと。

新潟県民の東京至上主義は、
昭和バブル時代の出羽の守が欧米人の文化のサルマネやパクリに明け暮れて「名誉白人」になったつもりになったような痛々しささえある。
そういうみっともない感覚を克服し、よき郷土人になったらどうだ。田中角栄が墓の下で泣いているぞ。