永楽銭ってのは、永楽帝の時代に発行されてた古銭で、15世紀初頭のものだろうが。
永楽帝の在位期間は1403年 - 1424年だぞ。

それと、中国(明)から日本への銭の流入は、遣明船による公貿易より密貿易のほうが量的に多いだろ。



公貿易自体も15世紀のうちに滞ってしまうが、密貿易の方も、中国で買い入れて日本に持ち込む貿易品のうち、
利益率の高い主要商品のリストから、銭貨が脱落して儲からなくなったんで、16世紀初頭ぐらいから日本への銭貨の流入は止まったわけ

中国での銭貨の価値が上がったってのもあるんだろうが、中国の生糸の値段が下がって、これを輸入するのが美味しくなったかららしい

銭貨の輸入が途絶えてデフレで貨幣経済が混乱したことが元で、15世紀後半から撰銭令が出されはじめるわけだが、
混乱が早くに始まった西日本が早く、少し遅れて京都で撰銭令が出され、東国では16世紀に入ってから撰銭令が出たわけだな
関東なんかは16世紀も半ば近くなってから混乱が本格化しただろ、だから後北条氏の年貢が銭から米に切り替わったのは遅い

貨幣経済の発展が織田軍団の強さの秘訣とか、半世紀ちかく前の古い説かよ?