女系・傍系で何とか血統を維持してる大名
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余所から婿を迎えるのはいっこうに構わないけど跡取りが側室の子供というパターンが多すぎ
しかも明治以降の生まれでもそのパターンが出てくるなんて >>104
会津松平もそうだよな。
藩祖の血もへったくれもない相続が多すぎる。 九条家と二条家は確か相互に婿や養子を融通しあってて藤原鎌足の血統が残ってるんだっけ >>106
>藩祖の血もへったくれもない相続が多すぎる。
逆に言えば、戦国〜幕末まで継続し得た大大名で
徹頭徹尾 男系を貫徹しえたのは むしろ 少数派で・・・;
秋田・佐竹・・・義光流の名門!
仙台・伊達・・・幕末に 幕臣・山口家とか オイオイ^^な養子もあるが
なんとか 男系?
加賀・前田→→逆に、あわや女系で徳川将軍職になりかけた(^_^;)
安芸・浅野→→逆に、天保の改革の水野忠邦は血脈では浅野氏の男系である!
長州・毛利・・・江戸中期に 輝元−秀就直系が途絶えて
長府支藩から、秀元系の養子をもらう時に
女系継承の陰謀もあったらしいが^^
肥後・細川・・・ガラシャの血はとっくに断絶だが^^
薩摩・島津・・・ここは、直系し過ぎだよ!?
くらいしか無いんだろ!
上杉・・・吉良や秋月に乗っ取られ!
相馬・・・確か佐竹から養子が入って、清和源氏化す^^
蜂須賀・・・論外
筑前・黒田・・・幕末はグジャグジャ!
備前・池田は ??? 佐竹は室町時代に山内上杉家から養子を貰ってて血筋的には上杉。
逆に上杉は長尾やら吉良やら養子だらけで最終的には源氏になってる。 旧家といえども、名門といえども、こうやってどこの馬の骨ともわからん奴に乗っ取られるわけね。 女系でみた徳川宗家
徳川(一橋)治済ー徳川(田安)斉匡ー徳川(田安)慶頼ー徳川(宗家)家達ー徳川(宗家)家正ー松平豊子ー徳川(宗家)恒孝
徳川(一橋)治済ー徳川(宗家)家斉ー溶姫ー前田慶寧ー有栖川宮慰子妃ー徳川實枝子ー徳川(宗家別家)慶光ー徳川(宗家別家)慶朝 真田家累代に安部氏って居るけど、奥州安倍氏の何か関係あるの? 駿河にも安部氏(此方はあんべと呼ぶ)の一族とかじゃね 仙台真田家は本当に真田信繁(幸村)の子孫なのか??? 本家松代藩主の真田候が認めたと言う話もあるし
そうなんじゃないの
現在まで幸村の血が続いてるかは知らないが
上の話が本当なら間違いなく家として幸村の家系ということになる ヒラの仙台藩士の家系図なんてあてにならない>仙台真田家 真田家とか黒田家とか血筋が完全に赤の他人ってのは悲しいものがあるな >>17
仁科五郎系はずっと男系みたいなのを見た気がする
喜連川足利も女系だっけ? >>126
今の時代ホント家続させるのて大変だな
あれだけ栄えた池田家でも鳥取・岡山どちらも跡継ぎいないみたいだ
恒興輝政の男系子孫はゴロゴロいるが
養子迎えるにしても本家から血筋遠すぎるとほとんど他人だしな 戸籍上の養子じゃなくても、名跡を継いだ家督相続者ってことで
一族で認めてればいいんだろうけどね。そういう手続きを踏もう
っていう意義をみんなで認めあわなきゃいけない。そのコンセン
サスが今の時代に得られるのか…。ちょっと大変かもね。 名跡だけ継がせるもアリだけど
梨本家みたいに詐欺利用されたら困るしな 近衛家みると、日本の家って血とは違うのか・・・
昔の近衛さんは藤原鎌足の子孫なんだろうって思っていたが
要は「家」というものさえ続ければ無問題なのだろうか >>131
文麿の弟の家系も続いてるのに異姓の外孫を迎えたからね。
家の存続というよりも前当主の女系卑属を優先させたんでしょう。
前当主の妻が自分の子孫に継がせたいという意向だったと思う。
今はかなりの名門氏族も養子すら取らないで断絶ということも
多いし名族の存在意義って華族制度が廃止されてから本当に
薄くなったと思う。 >>132
前当主の妻の意向というか普通は弟や甥より娘や外孫に継がせたいと思うのではないかね 近衛家の場合は先代文隆の希望らしい。
抑留先のシベリアからの手紙に、
自分に万一のことがあったら護W(改名忠W=現当主。文隆の甥)を養子にするように、
とあったとのこと。 >>134
凄いな、抑留されていても実家の心配か。
近衛家は、細川から養子を貰ったから変則的ながら皇別摂家という奴のままなのね >>132
前のスレだったかで書かれていて納得したのだけど、同族の家臣を抱えてる家はそれらへの対処から容易に男系を途切れさせないが、
そうでない家は別の男系を跡継ぎにする事によって同族が反乱を起こしたり抵抗する心配がないから気を使わず女系でも近いところに継がせられるっていうのがあるんでしょうね。
近衛の場合は付き従う公家も諸大夫も地下官人もいなくなり氏長者を務める事もなくなったし、昭和初期には既に清和源氏でも問題無くなっていたのだろう。
小禄の藩士や百姓町人に男系に拘らない養子が多かったのも、同族への配慮が元から必要無い立場だったからか。 >>135
細川から用紙をもらったことによって完全に皇別摂家では無くなったと認識しているけど。 >>137
細川って臣籍降下した皇族の子孫じゃないのか? >>138
血統がしっかりしている公家と比べて武家の源平なんて、どこまで信憑性あるやら・・・・ 藤原氏の大始祖藤原不比等が天智天皇御落胤なので・・・・・ いや、中臣すなわち藤原は唐人だろ
政策とか見れば一目瞭然だろ >>140
ならなおさら渡来系唐人のしょうこだよね
秦氏や蘇我氏などの他の渡来系が朝廷を軽んじ、独断専行にたいし、
中臣鎌足は朝廷に従順な立場をとっていたため、
天智天皇は渡来系の中臣を存続させる意味で不比等えお養子にやったと説明がつく 何でも渡来系にしたがる奴って何なの?
朝鮮人史観はいい加減やめてくれ。ここは日本史板だ。 しかし、もし>>140の言う「不比等=落胤」説が正しかったとしたら、
大化の改新以降の日本の歴史は、全て天皇家の壮大な自作自演だった、
ってことになるんだよな・・・
途中一度だけ例外として、変な豊臣朝臣とかいう奴が出てきて、
あとその後に一度だけ「自称」皇胤が出てきたけど。 豊臣wwwめっちゃワロスww
なんかそういう視点で見ると第5の賜姓トヨトミがメッチャ受けるんだがw 身内でプロレスやってる所にガチで乗り込まれてもwww >>154
女系でいいんだったら俺だって徳川家の血をひいてる >>62
蜂須賀旧侯爵家は女性当主で実子がおらず、養子もとってないから絶家予定。
>>103
菊亭(今出川)家・・・閑院宮(鷹司経由)
広幡家・・・伊藤家(勲功男爵)
これも女性しかいないから断絶予定? 〉>>159
蜂須賀家の最後はどうなったか知ってますか?w
知ってたら教えてください。
特に財産関係 >>159
たしか菊亭家は、閑院宮−鷹司系の子孫である実賢の娘さんが民間に嫁ぎ(志賀姓)、
その御長女が菊亭家の養子に入った形だったかと思う。
そんでもってググってみたら、一昨年に「有馬晴信公没後400年記念祭」が挙行されたらしく、
そこに「菊亭家の子孫」として母娘3人で出席した模様。
ただ、その後発行された記念誌の目次を見ると、御長女らしき方の名前が福田姓になってた!
仔細は分からないので、近いうちにこの記念誌を閲覧してみようと思います。 >1->>161
女系・傍系で何とか血統を維持してる、って天皇じゃないんだから、頼むよ。 そもそも異姓の養子に祭祀を継がせるって畜生の行いじゃない? >>160
海外移住していたけど数年前に帰国して、どうなったやら。財産など元々ないものがどうにもならないでしょ。 >>162
直系で維持できている家系などないでしょう。 >>163
家名を残す事こそが先祖の名を残し守り伝えることになりますから 天皇が高額納税者であった蜂須賀侯爵に「先祖が山賊の蜂須賀は金儲けが聞くぞ」とか言って周囲を笑わせたという。
いわれた蜂須賀侯爵は真っ青になったんじゃないだろか。 真っ青ではなく真っ赤っかで家系図書き換えに奔走したんじゃなかったっけ? >>169
たばこくすねた話は知ってるがそれは聞いた事がないな。
余程嫌っていたのか、或いはたばこの件の後で完全に見下していたか。 だから、どこの日本人も千年前の天皇や数千前の列島人の血を女系・傍系で何とか血統を維持してるだろっての、系図はないけど。
いくら元大名でも男系で珍しく繋げても天皇じゃないんだから意味ないし、まして女系・傍系で何とか繋げてどうだっつーの? >>172
ってか当の蜂須賀公にそんな意識本当にあったかね?
徳川からきた養子の二代目か三代目でしょ?
蜂須賀の家の歴史なんかもよく知らないかもしれないし
家老に子供時から聞かされてきたとは思うけど
意識的には徳川と蜂須賀
どっちの感覚でいたのかなとは気になる。
末期養子で関係ない家からきた養子本人なんて特に家の意識なんかなさそうであるのはその家の家臣団だけってイメージあるな
とくに将軍家からの押し付け養子さんなんてなんとも思わんか松平でもないんかい!って内心思った人もいるんじゃねーかなってふとおもった。 養子に着て徳川も糞もないだろ
ただ養子に来た家の家風が賊風なら養子でも確実に染まるだろ
稲田騒動始末とか、もうブイシネマの世界の家風だろw
結局どこまでいっても家中のDNAはかわらないんだろ そもそも蜂須賀小六の時代に、川面衆という川賊の棟梁だったのが蜂須賀家
その家臣団なんて、もう言わずもがな。 >>163
臣下の姓は両系なんよ。
名族の橘だって、最初は、女官の縣犬養三千代の一代賜姓だったわけだし。
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/⌒〈:::::::::::::::::::::::::::::::::::イ::::::::/ `ー‐' * 微妙にスレ違いですが、有馬晴信公400年記念祭の記念誌&DVDを閲覧してきましたんで、
訂正かたがた一応ご報告しときます。
まず、出席された娘さん2人ですが、4人姉妹の次女と四女とのことでした。
ただし、次女の方が菊亭家の養女となったその人であることには違いありません。
菊亭家の一人娘だった母上が志賀家に嫁ぎますが、第2子には菊亭の家名をつがせる約束があったらしく、
そのとおり母方実家の養女となり1歳の時から菊亭姓を名乗っていたそうです。
その菊亭さんが福田姓になってた! というのは、まあ予想どおり結婚されたため。
ということは、完全に「菊亭家」は断絶となってしまった模様???(はっきり「断絶」などとは書かれてませんでしたが) 上杉家(上杉謙信)
そもそも二代目からして女系になっているけど、その後もね 今時、男系にこだわるのは天皇家だけで十分でしょ?
そもそも、蜂須賀家の例から言っても世間ってのは
このスレの住人みたいに男系に対して拘ってないよ。
この知恵ノート読んでくれよ。
http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n283034 >>183
そもそも上杉謙信(長尾景虎)自体が上杉憲政の猶子で
男系どころか女系でも繋がってない。次代が又従兄弟だし、
上杉謙信は本気で北条三郎(景虎)を後継者の一人と考えてた。
その後も吉良上野介の息子やら肥後相良家からの養子やらだし
上杉家なんてもはや血統はほとんど意味がない家系。
しかし、その家系に拘らない家風が名君、上杉鷹山を生んだのだが。 いや、鷹山は肥後人吉の相良家じゃなくて日向高鍋の秋月氏出身だし、
女系で吉良系上杉綱憲の血をひいてたから婿養子に迎えられた。
そして、養父の実子治広に藩主位を譲って隠居したから、
綱憲以降の上杉氏は、鷹山一代を除いて、ずっと吉良の男系子孫だ。
まあ、長尾やらホモ謙信やらの血筋より、室町名門の吉良の血筋で浄化され、
それがずっと続いてるんだから、よしとしろよ。 上杉氏ってもともと藤原北家勧修寺流の公家なんだよな
足利尊氏の母方であったために関東管領として重宝された
吉良は清和源氏足利支流だからやはり当初の上杉とは切れている 謙信も男系では上杉っていう説があって、それとは別に女系で上杉と繋がっていて、
女系に関しては景勝も同様なので、米沢上杉は謙信以降ずっと上杉重房の女系子孫だよ。 江戸時代に養子縁組多いから血筋を語っても仕方ないぞ
佐竹氏なんて上杉氏からの養子入りだしな 上条氏は畠山氏だから源氏になってるし
この辺は随分と交換が多いわ 188
上杉氏は女系で江戸時代に扇谷上杉氏につなげたんだわ
吉良氏だのなんだのは関係ない つまり
佐竹氏=山内上杉氏
上杉氏=女系の扇谷上杉氏 >>188
謙信は男系でも女系でも上杉ではない
ただし吉良義央が女系で扇谷上杉氏の血を少し引いているため
(義央の祖母・曾祖母がいずれも今川氏出身。
今川氏には扇谷上杉氏の血が女系で入っている)
江戸時代の上杉綱憲以降は扇谷上杉氏の血が入っている 源義光の血筋残してる旧大名って現在だと小笠原宗家ぐらいかな?
南部や津軽はどこか違う家から養子入ってるし 松前も津軽同様に南部庶流が系図を書き換えたのなら繋がっている事になる。
柳沢も繋がってるね。 このスレを読んでると、
なんだか「男系じゃないと意味がない」
「男系>>>>>>女系>>>少しは血縁の繋がった相続>>>>>>血縁の繋がらない相続」
みたいに言ってる奴らが多いな。
そういうの「お遊び」で言ってるんならいいけど。
真剣に言ってるんならちょっと痛いぞ。 家系なんてのはその家の人間が決めることであって他人がどうこう言うことではない。
蜂須賀家みたいに親戚がいるのに血の繋がらない徳川家から養子もらったっていいじゃんか。
>>184にも書いてある通り
祖先から見て「例え血の繋がらない養子相続でも本家は本家」
「男系血統できっちり相続されている分家でも庶家は庶家」なんだよ。
どこかの村の名家の庶家の男が「本家では娘に婿迎えているけど、俺は偉大な初代ご先祖様の男系子孫なのになんで本家を継げないんだ? なんで本家より下扱いなんだ?」
とか言いだしてもはじまらないよ。 >>196
まあ、しかし、血縁相続が基本であることを考えればそれも仕方がない
お前が実親からの相続を拒否し血の繋がらない赤の他人に全財産を相続させる気でいるなら
「血縁者を退けて赤の他人が継いで何が悪い!」と言えるわけだが >>198
だから、それは他人の問題だろう。
天皇家はともかくとして、
それ以外の名家がどんな相続しようと彼らの勝手であり、
他人がどうこういう資格がない。 でもまあ。確かに子供がいるなら子供に相続させるのが普通だけど、
昨今の少子化や独身者も増加してるしね。
時代の変化って奴だ。
あと、確かにたとえ実子がいても相続させたくない場合もあるらしい。
だとえば上祐史浩は一人息子で父親が資産家らしいが
父親が「あいつに財産を絶対に渡したくない」と言ってる。
実子でも犯罪者になったり様々な理由で勘当された場合は相続権なんて失うよ。 でもやっぱ血統が途切れちまうのはちょっと思うところがあるんだよな >>199
現実に、天皇家以外の名家だって、相続の優先順位は
男系>>>>>>女系>>>少しは血縁の繋がった相続>>>>>>血縁の繋がらない相続
だったからな
一切血縁のないところから連れてこられるのは最終手段だった まあよくあるのは、「血縁の繋がらない」人物に、現当主かこれまでの当主の娘の婿として継がせるパターンだよな。
一応、女系を意識はしているのだけど、娘は次期当主を産めずに側室の子が後を継ぎ、全く血縁の繋がらない相続になる。 >>203
娘婿に跡を継がせ、側室腹の庶子を正室の養子にして次世代を継がせるのは
まあ、普通だろう
江戸時代になると娘婿ですらない何の関係もない奴が
平気で養子としてやってきて土地や財産を相続している ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています