儒教も当然入ってきている。
むしろ入ってきたのは仏教より儒教の方が早いんじゃね。
ただその入り方が、中国の学術文化と一緒にジワジワと浸透してきたために、
儒教だけをとり上げては論じにくい面がある。
この儒教もつきつめると天皇制とは相容れないんだよな。
天皇制というのは世襲でしょ。
儒教思想は帝王に徳がなければ世襲を許さないからな。
仏教のように具体的な抵抗の例をあげることはできないけど、
とにかく本質的には性が合わない。
そういうことはあったけど、聖徳太子の時代になると憲法にしても冠位にしても、
基本的には儒教だよな。
推古朝の政治は儒教の政治だったとさえ思えてくる。