同級生にホントにいたびっくりするような苗字
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オレの同級生には「三条」くんっっていうのがいたよ
あと知り合いの話では「松平」さんっていう同級生がいたらしい 数奇な運命を生きたラストエンペラー一族の血を引く人々が西宮に住んでいます。浩の生涯は女優の常盤貴子(上甲子園中学で嫮生の次男と同級)がテレビドラマで演じ、
http://www.nishi.or.jp/sp/contents/sp_0002629100020000700131.html
これには中学とある 蜂須賀くんは,おっとりした雰囲気のおぼっちゃまくんだった.
正田さんは,男まさりな人だった.
伊達くんとは,大学正門前の雀荘で卓を囲んだことがある.
井伊さんからは,共同論文を書かないかと誘はれたことがある(実現せず).
みんなすっかりご無沙汰だけれど,どうしてるかなあ. 同級生に「かにさわ」というのがいたのですが、「蟹沢」じゃなくて「蠍沢」のような字でした。
虫偏だったのは覚えていますが旁が思い出せません。「蠍」のような旁でした。
先生が連絡網をワープロで作った時は字が無くて平仮名で「かに沢」となっていました。
卒業アルバムも写植が無かったのか「蛸沢」となっていました。
ワープロにも写植にもない漢字でした。
どなたか「蟹沢」じゃない別の漢字の虫偏の「かに沢」をご存知ないでしょうか。 愛新覚羅ってどんな公家の名字よりはるかにかっけーな
どう考えてもボスキャラネームだもんな
綾小路とか普通に考えれば全然かっこよくねーし 確かに日本の名字はあまりかっこよくないね
李氏朝鮮とかなんかかっこいい。 >>206
どうもありがとうございます。
これだったかなぁ。
いま蠏沢で苗字検索してみましたが http://www2s.biglobe.ne.jp/~suzakihp/index40.html
該当0でした。
ちょっと素性の怪しい奴だったので気になっていたのです。
ありがとうございました。 塚本とか塚がつく苗字って部落民って本当?
俺の彼女塚越って言うんだよね。
直接聞こうか悩んでる。 >>210
塚越は塚を越した所って意味だから違うんじゃない?
塚本はそのまんまだけどさ。 現実にみな一般名字と同化してるから名字からじゃわからないよ
中には革島家という名門郷士もいるし。 >>216
出口さんはたまに見かけるけど入口さんは会ったことない TBSの世界遺産で音効担当な「牛腸」さんもそうなんだろか…
スタッフクレジットで見る度「この人、ぜってー渾名は『こてっちゃん』だな」と思ってた >>218
ごちょうさんだろ?
むかし知り合いにいたよ ビックリ苗字なんて必要ない
己の苗字は何処から来たのかが必要なのだ
田んぼの中にあるから田中でいいのか
バカな教職員の教えを真に受けるなど、教育の本質を失う事だ
己の子にそんな単純な名を付けるのか?
苗字は子孫に受け継がれるモノである。子の名より深く考えるのが当然である
苗字には間違いなく、そのルーツが示されている
君の名は、己の歴史を辿るツールなのだ
遡れ、そこに君のルーツがある
そこは、辿って辿って、日本のある場所に集約する
日本のルーツに至り、日本の源に至る。
日本の源は伊の地である
故に、生命の源を「いのち」「命」「伊の地」と言うのである
いい感じの思い込みだろう。命は神社そのものである
屋根(本殿)と鳥居と拝殿と鈴の形象が命
命のいのちは何処から来たのか、伊の地しか思い浮かばない >>192
俺の小学校の同級生にも生明(あざみ)という女がいた。 平群ってのがいたなあ。
古代豪族の末裔かとちょっと話題になった。 同級に居たのは島津さん、新納(にいろ)さん、北郷(ほんごう)さん 同級生に
田我部
秋田屋
越前屋
夜久
ならいた。 >>183
知り合いの高麗(こうらい)さんに由来を聞いたことがある。
南北朝にさかのぼる豪族の浦井家に歴代仕えてて、そして江戸時代の頃に
「小浦井」という名字を頂き、土地をもらって独立。
ところが幕末の頃にその浦井家はお家断絶。
明治になって戸籍を作るとき「小浦井」ではなく「高麗」という字にした、
と伝わっているとか。 女優の安めぐみ、一時期「在日三世?」とサイトで書かれ、
今もYAHOO!質問箱から消えていない。
これに反応したのか、その頃「実は、茨城の田舎に云々」発言をTVでしばしば言っていた。
で、ルーツは茨城県の久慈川左岸の純農村。
実家の葬式に参列したときは強烈なオーラを放っていたという。
安家は20戸ほどある。
佐竹時代には家臣も出していたらしい。 高麗(こま)さんは知り合いにいる。
埼玉県民なので恐らく先祖は高句麗滅亡移民なんでしょう。
スゲェ金持ちだったなぁ、、、 はっはっは、面白い意見
ということは、生まれたときから既に将来の旦那の姓だったということかw 俺の名字はなかなか珍しい苗字だなルーツまったくわからんけど >>236
現代で20戸しかないような家系が、佐竹家臣に出れてたわけない。 ""満州事変""
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確か西武線に高麗っていう駅があるから、地名由来じゃないかな
地名の由来は渡来人かもだけど >>242
その理屈はよくわからん
もちょっと細かく説明して 及位(のぞき)君ってのがいたな。
いわれがあって、甑山というピークが2つある急な山が秋田と山形の境にある。この2つの山のうち男甑山の山頂付近には男性性器に似た岩がある。
で、女甑山の崖には赤穴と言われる穴があり、ロープを使ってその穴を見ると修行が達成できたとして位に至る。
これから甑山の赤穴をのぞいた人が位に至るということでこの名字が出来たそうふぁ。 武家の場合、嫡子が家を継いで、庶子は他家に養子に出されるか、
御一門とか御家門などとして本家の家臣の家を新たに作るか
前者が圧倒的に多くて後者はほとんどない
なので代々続いてもそれほど家の数そのものは増えない
たとえば織田信長の子孫の家系は幕末時点でたぶん3家くらいしか
ないはず
なので権力や勢力がある家だから数が多いはず、というのはおかしいのでは
明治になってから約150年、5世代くらいだから、幕末時点で3〜4家だったなら
現在20家くらいでも多いほうだろう >>245
地名の高麗は高句麗の遺民が移り住んだことに由来する。 >>245
高句麗滅亡時に大量移民を埼玉日高に受け入れた記録が残ってるから、先祖は高句麗人なんでしょう。 因みに高句麗人は扶余族とされているから、現代の半島人とは繋がりはない。
百済も扶余らしいから、現半島人と繋がってるのは新羅なんでしょう。 何も説明しないでただバーカ、バーカだけ言っててもだれも納得しない >>236 これか
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1183670851
>安めぐみさんの(安)は日本人の苗字には使いません、在日の方々使う苗字ですね、
よくこんな決めつけができるな。
茨城県北部では安(やす)姓はめずらしくもなんともないのだが。 http://www2s.biglobe.ne.jp/~suzakihp/index40.html
ここで検索すると全国で883世帯と出るね うちも本家の姓を名乗ってるのは市内で数軒だけ
戦前までは長子以外は養子に出されていた
別段珍しい事でもないと思うが 高屋敷 たかやしき
勢子 せいし
珍田 ちんだ
みんなどうしてるかな >>252
現在の韓国の首都ソウルは、旧百済地域。
天皇皇族が王を勤めたのが新羅。 現在の半島は、北と南だが
百済・新羅の時代は、東と西に分れた国。
西が、百済、東が新羅。 同級生じゃないけど、近所に五阿弥さんとか針金さんとか居る >>20
毛利の前に武田が300年も支配してたので、
武田姓が多いです 安さん クラスに数人いた
ちな 茨城県水戸市の隣ひたちなか市
旧家農家の土地持ちが多い印象 >>266で思い出した
牛暢(ぎゅうちょう)さん
栃木県にいた中学時代の同級生 牛腸(ごちょう)さんなら知ってる
一説には牛がつくのは屠殺を生業にしてきた
○○の苗字とも言われてるけど真偽は不明 越後屋ってやつがいた。
悪徳商人じゃなかったけど。 >>269
猪飼野かいな
>>268
一説にはとか、適当なこと言うなボケ 熊谷さんと宮井さんから1文字づつもらって
「谷井」という姓を新しく起こしたってきいたが 坐光寺さんてカワイイ女の子がいたな。
元気だろうか。 >>249武士云々じゃなくて農村だから戦国期の地侍・土豪になるわけだが
その時代年貢のほかに有力者なら軍役も負担するわけ、軍役を負担する
ぐらいの力のある土豪なら当時で一族で20戸100名ぐらいいないと
負担に耐え切れないはず。当時そのくらい規模のある有力者の家系なら
現代では郡内に数百軒レベルで一族が存在する 子供の頃に通ってた日曜学校の牧師さんが「ちょうそかべ」先生だった。
ただ、長曽我部なのか長宗我部なのかは覚えてない。 乙骨さん。
怪しい苗字とおもたが、なんと旗本だった。
以外に変なかこわるい苗字で由緒ある家多いよな地方は。 まーだ6000年前の日本で小麦作をしていた事も知らない馬鹿がいるの?
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。中国よりも先になwwww
縄文時代前期とされる岡山県灘崎町、彦崎貝塚の約6000年前の地層から、
稲の細胞化石「プラント・オパール」=写真=が出土したと、同町教委が18日、発表した。
同時期としては朝寝鼻貝塚(岡山市)に次いで2例目だが、今回は化石が大量で、
小麦などのプラント・オパールも見つかり、町教委は「縄文前期の本格的農耕生活が
初めて裏付けられる資料」としている。
http://inoues.net/science/wan.html
今回は化石が大量で、 小麦 などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、 小麦 などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、 小麦 などのプラント・オパールも見つかり
今回は化石が大量で、 小麦 などのプラント・オパールも見つかり まーだ6000年前の日本で小麦作をしていた事も知らない馬鹿がいるの?
6000年前に日本はもう小麦作をしていたんですよ。中国よりも先になwwww
岡山市の縄文時代の貝塚「朝寝鼻(あさねばな)」を調査している岡山理科大の
考古学チームが1999年4月21日、「縄文前期の土壌から稲の細胞に含まれる
プラントオパールが見つかった」と、発表。約6000年前に「米作り」が
行なわれていたとする発見で、稲作の歴史が縄文前期にまでさかのぼることになった。
このプラントオパールはイネ科の葉の細胞内に含まれるケイ酸体の粒子で、同貝塚の
下層(深さ2メートルの土壌)からのサンプルを採り調査したところ、356点の
サンプルから10点、形状からジャポニカ(短粒種)とみられる稲のプラントオパール
が検出された。また、稲のほか小麦とハトムギのプラントオパールも見つかった。
http://www.local.co.jp/news-drift/agri-99kome.html
稲のほか 小麦 とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか 小麦 とハトムギのプラントオパールも見つかった
稲のほか 小麦 とハトムギのプラントオパールも見つかった >>28
豊臣いるよ。
小学生のときに豊臣って名字の奴がいた。 >縄文・弥生時代のイネの伝播ルートについては「朝鮮半島を経由して日本に伝わった」で合ってます。
>水稲の伝播ルートには、現在大きく分けて3つの説があります。
>そしていずれのルートも朝鮮半島を経由する点で一致しています。
>伝播の時期については、概ね紀元前9世紀頃という意見が主流になっています。
>それから「日本から朝鮮半島に稲作が伝わった」という説は、ネット上でしか出てこないと思います。
>考古学研究者が書いた書籍で、こうした事例を載せたケースはありません。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11139974921
>考古学研究者が書いた書籍で、こうした事例を載せたケースはありません。 わが町に実在する苗字だがどう読むのかわからない
新歩一 息子の同級生でいたな
うしろかな
同僚の結婚披露宴に来ていた
まきまき 藤原さんや橘さん、平さんはみるけど。
源さんってなかなかみないよな。
どこにいんだ?
というか何故、源さんだけ?
清原さんや安倍さんだっているのに もしかすると、源頼朝しか源さん名乗れないっていう鎌倉時代の風習が近代まで残ってたのか? >>292
足利尊氏も新田義貞も源を名乗ったんだが 変わった名字といえば浄土さんに行徳さんという子がいたっけ。
あと隣のクラスだけど新ヶ谷さん(何でも母方の親戚だったらしい)
そういえば中学の先生に「椿原」と書いて「ちんばら」と読む先生がいた。
おかげで私は女なのに名前を男読みされて
「あ!ごめん。女の子の席に男の子がいるはずないよね」
と大変不愉快な思いをしたことがある >>297
んなわけあるか。
大概が明治申請だろ
とくに源はガチだろ いきなりおまえらは徳川名乗るだろうが 明治時代の人はだから自分の門地には良い意味で厳格。
ある程度縁がないと名乗らない。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています