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歴史学者「磯田道史」を語るスレ [転載禁止]©2ch.net
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0001日本@名無史さん
垢版 |
2015/08/29(土) 21:59:05.63
今メディアで引っ張りダコの若手研究者。専門は近世・近代の日本。静岡文化芸術大学教授。

文化政策学部 教員紹介 > 磯田 道史
http://www.suac.ac.jp/education/teacher/culture/isoda.htm

代表著書
武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新
近世大名家臣団の社会構造
無私の日本人

現在のレギュラー番組と連載
英雄たちの選択 NHK BSプレミアム
http://www4.nhk.or.jp/heroes/
安住紳一郎の日曜天国 TBSラジオ ※毎年10月頃に出演
http://www.tbsradio.jp/nichiten/index.xml
磯田道史のちょっと家康(いえやす)み 広報はままつ
http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/koho2/pr/kouhou_all/1410/ieyasumi.html
磯田道史の古今をちこち 読売新聞
0313白馬青牛 ◆sKm0uQPecU
垢版 |
2017/01/19(木) 01:11:25.30
>>301
歴史考察としては氏家幹人の方が磯田道史たぁ事実をゆうてじゃし。
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/history/1476204662/?v=pc
17 : 白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2016/10/14(金) 00:31:56.94
276 :白馬青牛 ◆sKm0uQPecU :2013/10/30(水) 00:11:48.41
 現実に竹刀遊戯の剣豪じゃ役に立たんよ。江戸期のお役人化した武士より多くの場合まだしも
町人の方が強いんが当たり前じゃないか。 現代の官僚お役人の子倅らが路上で喧嘩しても結果は
見えとろうに(笑) 。
http://www.chikumashobo.co.jp/pr_chikuma/0710/071004.jsp
花は桜木、男は任侠
「天下泰平が続いて老人さえ実戦経験がない当世では、武士といっても筋骨軟弱で、武術も格好
ばかり。「ぬぐひ板の上にて、なまめかしきかけ声かけて打合は、さながら素肌の勝負と思はる」。
気合いの入らない声で 剣術の稽古をする姿は、まるで「素肌の勝負」。防具を着けず恐る恐る
打ち合うチャンバラごっこのようだという。
「嗚呼【ああ】双刀の士、竟【つい】に息杖一本の雲助に及ばざる乎」の一文。大小を差した
武士が、杖一本を手にした無頼の雲助に敵わない。 残念ながらそれが現実だというのである。
戦うことが使命(存在意義)でありながら戦えなくなった武士と、それをせせら笑うように
台頭してきた 無頼・遊侠と呼ばれる武闘派の男たち。身分でも支配被支配の関係でもない「男」
(戦士)の土俵で繰り広げられた両者の競合と共存が、江戸から今日に至るわが国の男社会に
及ぼした影響を考察しようと 試みたのが、『サムライとヤクザ』である。
 史料の中から、「人は武士? まあいいさ。でも男は任侠だぜ」という声が聞こえてきた。 }
 体を鍛えても拳銃で撃たれたらそれで終わりじゃし、 飛び道具じゃ無うても、武器を生活の
道具に使うとる猪槍を使う猟師や漁師の方が使い馴れとるわ。 喧嘩は一発で勝敗が決まるもん
じゃけぇ、体を鍛える体力じゃの反射神経とかも関係無ぁわ。
0314白馬青牛 ◆sKm0uQPecU
垢版 |
2017/01/19(木) 01:16:59.62
>>301
>>313のこっちものう。
93 : 白馬青牛 ◆sKm0uQPecU 2016/10/25(火) 00:18:30.06
 まあ、長州はボコボコにゃされんじゃろう。殊に広島湾側の岩国藩長州最強じゃし、
戦闘力があるけぇのう。岩国藩の被差別民軍もおるし。
http://peoplestar.web.fc2.com/list/data/4992-4.htm
{数十倍の幕府軍を打ち破る
…とくに緒戦で重視された苦の坂の斗いで、遊撃軍の先頭にたって、勝ち戦に大きく貢献したのは、
玖珂の久原(現高森町)の未解放部落住民の部隊・維新団である。石川小五郎は「維新団の
働驚眼事に御座候」と報告している。
国の未来を思う若者
 維新団が小瀬川のたたかいでは、一番先頭にたった。維新団は小瀬川をわたって、戦略要地で
ある苦の坂の攻略にむかう。この高所をおさえた側が有利になるからだ。苦の坂のいちばん
けわしいところは、「ようちょうの」「ウサギ道」であって、道なき道である。
 そこを幕府軍の方は、鎧兜(よろいかぶと)に身をかためてとおろうとするから、なかなか
とおれない。長州側の諸隊は、軽装で神出鬼没である。陣笠なども紙のこよりを編んで渋で
かためたものだから、軽いし、せまいところもまげてとおれる。こうして道なき道をとおって、
幕府軍にさきんじて頂上を占拠し、山の上から下をくる幕府軍を砲撃、銃撃したため、幕府軍は
総崩れとなったのだ。
 …当時の武士は無能であった。下のほうが力があった。国を思う気持ちもつよかった。
国家存亡のときにあたって自分の力をつくすという気迫、気概があった。そうしたきもちが、
明治維新をおこしたのだ。}
まあ、>17-18のように、お役人武士は戦闘じゃ役に立たんけぇのう。
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