歴史学者「磯田道史」を語るスレ [転載禁止]©2ch.net
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今メディアで引っ張りダコの若手研究者。専門は近世・近代の日本。静岡文化芸術大学教授。
文化政策学部 教員紹介 > 磯田 道史
http://www.suac.ac.jp/education/teacher/culture/isoda.htm
代表著書
武士の家計簿 「加賀藩御算用者」の幕末維新
近世大名家臣団の社会構造
無私の日本人
現在のレギュラー番組と連載
英雄たちの選択 NHK BSプレミアム
http://www4.nhk.or.jp/heroes/
安住紳一郎の日曜天国 TBSラジオ ※毎年10月頃に出演
http://www.tbsradio.jp/nichiten/index.xml
磯田道史のちょっと家康(いえやす)み 広報はままつ
http://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/koho2/pr/kouhou_all/1410/ieyasumi.html
磯田道史の古今をちこち 読売新聞 >>469
慶応たぁ東大の方が無能なIQ秀才エリートが多いげなじゃなぁか。
岡山県人で慶応出身の作家柴田錬三郎氏も、母校を訪れた時、
「私は、となりに立っている後輩の、中国文学の教授をしているM君に、
「いま、文学部の入試の倍率は、どれくらいだね?」
と、訊いた。
M君は、ばかばかしげに、
「十八倍ですよ。六百人を入れるのに対して一万一千人が、受験するんです。」
と、こたえた。
「大勉強をした大秀才を、ほとんど無試験同様で、塾(慶応義塾)に入った君が、教えるわけか」
「そういうことです」
「六百人の大秀才を教えるのは、しんどいだろうね。」
「なに、六百人のうち九割は、個性のない、文学とは無縁のボンクラだから気楽なもんですよ」」
とか、
「今をときめく人気者の狐狸庵先生(遠藤周作)も、日大を落ちて、やっと慶応に入った、
と称している。
私が慶応大学の文学部に入ったのは、入試に数学がなかったからである。
数学などは、中学一年生頃からチンプンカンプンで押し通して、幾何、代数、微分、積分すべて
解らずじまいであった。
尤も、私が入った昭和初年には、慶応の文学部など、入試はあってもなきがごとく、
受けて落ちる方がどうかしている、といったあんばいであった。
愚劣とはいわぬまでも、人間性とは全く無関係な問題集とやらで、無我夢中で、記憶力を
習練し、それに成功した青二才が、天下の秀才として、めでたく、 東大あたりを卒業する
わけである。」と。 >>469
わしの身内親戚筋も、戦前は慶応義塾やライバル大学、京都の私立大学じゃの行った人も
おるけぇのう。
戦前の私立大学の文科系は学業成績が悪うても合格出来たもんよ。
戦後になると、わしの身内親戚筋も学力偏差値の低い大学へ行くように成ったよ。
戦前は道楽で大学行くもんじゃったが、戦後は出世欲じゃの下司な動機で大学へ
行くもんが増えて、わけのわからん試験で選びよんじゃけぇ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています