>>950
三貴人は筑紫の日向の小戸の生まれだったはず。
そこから壱岐対馬へ渡ったのだろう。
本来の倭王の王統は、筑紫の大山祇綿津見の兄弟だったはず。
邇邇芸は大山祇の娘を娶っており、女系では相続が成立している。