【2017年 大河ドラマ】 おんな城主 直虎 質問・解説スレ©2ch.net
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「おんな城主 直虎」を見ていまいちわからなかったことや疑問があったら質問ここで
柴咲コウさん主演!平成29年 大河ドラマ「おんな城主 直虎」
http://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/2000/225827.html
平成29年 大河ドラマ「おんな城主 直虎」出演者決定!
http://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/2000/245663.html
平成29年 大河ドラマ「おんな城主 直虎」新たな出演者発表!
http://www.nhk.or.jp/dramatopics-blog/2000/248811.html
【作】森下佳子
【主演】柴咲コウ
【制作統括】岡本幸江
【プロデューサー】松川博敬
【演出】渡辺一貴/福井充広
【時代考証】小和田哲男
【放送予定】2017年1月8日(日)から1年間
【制作スケジュール】2016年9月 クランクイン予定
【姉妹スレ】
NHK大河ドラマ「真田丸」質問解説スッドレ
http://mint.2ch.net/test/read.cgi/history/1454331623/l50 こんなに惹かれないスタートはないってくらい見るのつらかった おとわ役の女の子が可愛いかった。台本はあざとかったけど。
直虎ってあまり例のない女領主だったこと以外に何か面白い逸話でもあるの? 生死不明の許婚が帰ってきたものの早まって出家したせいで結ばれない宿命にモンモンするくらい。
第一回は面白かった。本スレは流れが速いのでここに書いておく。 直虎の子役の子 全然芝崎コウに似てないじゃん、もうちょっと似た子おらんかったんか?
丸1時間そこが気になって話が全然入ってこんかった
あと坊主役はちゃんと髪剃った役者使ってるから今回のは今までの大河に比べて大進歩!
例年の大河は必ずハゲヅラ被った人が出てくるからワラけてワラけて仕方なかったわけだがやっとその辺にも配慮するようになったね
遅いくらいだけど あの子は乗馬ができるから選ばれたと聞いて合点がいった。演技も上手だ。 >>70
もしかしてそうかなと思ったら、やはりそういう理由があったんね
演技もよかったし、馬に乗れるならこの先も時代劇に縁あるのかも 乗馬と髪の毛丸坊主にできる子であの子に決まったんだと あの顔が成長したら芝崎紅になるのか 無理があり過ぎだな >>69
頭の形が良ければ坊主にできるけど悪いとハゲヅラでキレイに丸くするんだよ ___ _
ヽo,´-'─ 、 ♪
r, "~~~~"ヽ
i. ,'ノレノレ!レ〉 ☆ 衆議院と参議院のそれぞれで、改憲議員が3分の2を超えております。☆
__ '!从.゚ ヮ゚ノル 総務省の、『憲法改正国民投票法』、でググって見てください。
ゝン〈(つY_i(つ 日本国憲法改正の国民投票を実施しましょう。お願い致します。☆
`,.く,§_,_,ゝ,
~i_ンイノ >>1
これちょっと面白い
井伊直虎の生涯をまとめてみた――大河ドラマ『おんな城主 直虎』を歴史研究家が解説 日刊SPA!
http://netallica.yahoo.co.jp/news/20170101-81954015-aspa >>72
お歯黒大名のイメージが固まっているからなぁ. >>1,2,3
新大河『直虎』に東大教授「直虎が本当に女性だった可能性は高いでしょう」 週刊女性 2017/1/14
http://www.jprime.jp/articles/-/8805
ついに、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』がスタート! とはいえ、歴史上ではあまり知られていない人物だけに「一体、井伊直虎って何をした人なの?」なんてギモンを抱く人もいるはず。
そこで、東京大学史料編纂所教授で、2012年の大河『平清盛』で時代考証を担当した本郷和人先生に、聞きました。
「直虎という人物は、非常に謎に包まれた人物です。
私が勤めている史料編纂所には、歴史上の人物の名前が記載されている書物や古文書を管理するデータベースがあるのですが、井伊直虎と検索をかけると2件しかヒットしません。
私が時代考証を担当した『平清盛』に比べると、かなり大胆に脚色しても許されるはずではないかと(笑)。
実は、井伊直虎が女性だったという物証はありません。
江戸幕府が開かれてから約150年後に突然、井伊家が“直虎は女だった”と言いだしたことが、今日まで“直虎=女性”という認識として生き続けています。
まだまだ女性のステータスが低かった時代に、大老職を歴任する名門・井伊家が、そのような爆弾発言をするメリットはないですから、直虎は本当に女性だった可能性は高いでしょう。 >>1,2,3
>>82の人
<プロフィール>
ほんごう・かずと◎1960年、東京都生まれ。東京大学文学部・同大学院で日本中世史を学ぶ。
日本中世政治史、中世古文書学、中世寺院史を専門とする。
東京大学史料編纂所の助手・助教授などを経て現職。2012年のNHK大河ドラマ『平清盛』で時代考証を担当。
現在はテレビをはじめ、各種メディアでも活躍中。近著に『戦国夜話』(新潮新書刊)がある。 >>72
本スレから
677 日曜8時の名無しさん sage 2017/01/15(日) 23:43:27.46 ID:LUg8MLrw
>>599
今ちょっと調べたら『武功雑記』『集覧桶廻聞記』『翁物語』が出典で
「義元は総髪で、口に鉄漿(おはぐろ)をつけて公家衆のまねをした」という話があるらしい
ただ戦国時代に身分の高い武士が引眉白粉鉄漿するのは普通のことだったので
そういう風習が無くなった江戸時代以降の人々から見ると
こういう化粧をするのが異様な人物に見えたということかもしれない 義元みたいな名族の生まれじゃなくても武将たちは首を取られた時のために身だしなみに気を遣って化粧したり香を焚き染めたりする
首化粧といって、討ち取ってきた首を差し出して実検する前に洗って髪結わえて白粉とか鉄漿塗ったりして身分高そうな首に見せることもあった 北条はそうするようにという家の決まりがあったらしい >>1,2,3
浜松が「直木賞の舞台」になりました!
直木賞の恩田陸さん「蜜蜂と遠雷」 浜松が舞台
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20170120/CK2017012002000091.html
第百五十六回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が十九日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞は山下澄人さん(50)の「しんせかい」(新潮七月号)に、直木賞は恩田陸さん(52)の「蜜蜂と遠雷」(幻冬舎)に決まった。
◆国際コンクールの緊張、熱気伝わる
若きピアニストたちの葛藤と成長を描き、直木賞に選ばれた恩田陸さんの小説「蜜蜂と遠雷」は、浜松市で一九九一年から三年ごとに開かれる浜松国際ピアノコンクールがモデル。
事務局に関わってきた市文化振興財団の職員たちは「より多くの人がコンクールの醍醐味(だいごみ)を知るきっかけになる」と、来年十一月の第十回を前に届いた吉報を喜んだ。
「出演者やクラシック愛好家だけのための世界と思われがちな音楽コンクールの魅力が、一般の人にも伝わるように光を当ててもらった作品」。
(続く) 次郎法師とは直政の幼名。当主であったが、幼年のため家臣団、養母(直盛の娘)
等が補佐するも収まらず。今川よりの徳政令要求にも結論でず。業を煮やした今川
が、井伊の親戚である関口に何とかするよう要請。関口は息子を井伊次郎とし当主
するべく送り込み、徳政令を実施。その後の内乱、武田の侵攻により井伊次郎は死
亡。徳川の支配下になり、直政は家康に出仕。直盛の娘はその間後見として、相当
の手腕を発揮。それが記憶に残り、いつのまにか次郎法師と混同されたもの。 龍王丸に蹴鞠で勝って嫁になりたいと
言ってた娘が将来の築山殿? >>89
せやで
息子巻き込んで将来謀反起こしてあっさり処刑される築山殿ww >>1,2,3,4,5
「大河ドラマ」時代考証者が「男性説」に反論…「直虎が女性だった」と断言できる根拠 (2017/1/29 11:30)
https://dot.asahi.com/dot/2017012600151.html
https://cdn.images-dot.com/S2000/upload/2017012600151_1.jpg
「直虎」の時代考証を担当する静岡大名誉教授の小和田哲男氏に、見解をうかがってみた。
・史料は聞き書きなので、江戸時代の井伊家の家臣にこうした伝承があったといったことは分かっても、信憑性は薄い。
・仮に、新野左馬助親矩のおいが井伊次郎を名乗ったとしても、新史料で「井伊次郎=直虎」という記述はない。
・井伊氏の惣領の仮名(けみょう)は代々、「次郎」で、だからこそ、龍潭寺(りょうたんじ)の南渓和尚も、惣領直盛の一人娘の出家に際し、次郎法師という名を与えた。次郎法師がいるのに、別の人間が次郎を名乗るとは考えにくい。
新たに見つかった史料が1735年(享保20年)に編集されたものである点から小和田氏は、「江戸時代の人にとっては“おんな城主”の存在を考えにくかったのでは?
大名の無嗣断絶の例が多く“家督は男が継ぐ”という先入観があり、このような伝承ができたとも考えられる」と指摘する。
そのうえで、あらためて「次郎法師(直虎)が一時的にではあれ、井伊谷を支配していたことは次郎法師の印判状(『龍潭寺文書』)の存在によって明らか」と、「直虎=おんな城主」説を力説。
【関連記事】
「おんな城主直虎」は男性?磯田道史さん講演 2017年01月28日 19時03分
http://www.yomiuri.co.jp/culture/20170127-OYT1T50024.html
直虎と直政について講演する磯田さん(彦根市で)
http://livedoor.blogimg.jp/yujitono39/imgs/c/b/cb75f1c9.jpg
磯田さんは、放映が始まったNHKの大河ドラマ「おんな城主直虎」誕生の経緯も絡めながら、彦根藩祖・井伊直政とその養母・直虎について古文書の内容も踏まえつつ、説明した。
講演の冒頭では、昨年末に直虎が「女性」ではなく「男性」だったという説が公表されたことに触れた。
その中で「女城主になった井伊家の次郎法師という尼僧は確実にいた」と指摘。 本郷和人歴史キュレーションによれば、直虎が男どころか次郎法師も男の可能性あり。
ttp://bushoojapan.com/hon/2017/01/24/92949 この連載の第3回で、NHKの『英雄たちの選択』での筆跡鑑定について「正気を疑った」って本郷さんが言ってる。
司会の磯田くんや、ゲストの今川氏専門の研究者、どうすんの? >>92-94
>>1,2,3
新大河『直虎』に東大教授「直虎が本当に女性だった可能性は高いでしょう」 週刊女性 2017/1/14
http://www.jprime.jp/articles/-/8805
ついに、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』がスタート! とはいえ、歴史上ではあまり知られていない人物だけに「一体、井伊直虎って何をした人なの?」なんてギモンを抱く人もいるはず。
そこで、東京大学史料編纂所教授で、2012年の大河『平清盛』で時代考証を担当した本郷和人先生に、聞きました。
「直虎という人物は、非常に謎に包まれた人物です。
私が勤めている史料編纂所には、歴史上の人物の名前が記載されている書物や古文書を管理するデータベースがあるのですが、井伊直虎と検索をかけると2件しかヒットしません。
私が時代考証を担当した『平清盛』に比べると、かなり大胆に脚色しても許されるはずではないかと(笑)。
実は、井伊直虎が女性だったという物証はありません。
江戸幕府が開かれてから約150年後に突然、井伊家が“直虎は女だった”と言いだしたことが、今日まで“直虎=女性”という認識として生き続けています。
まだまだ女性のステータスが低かった時代に、大老職を歴任する名門・井伊家が、そのような爆弾発言をするメリットはないですから、直虎は本当に女性だった可能性は高いでしょう。 >>95
えー、しようがねえなあ、本郷さんも
テレビ出すぎだ
でも>>95より>>92の方がオレとしてはうなずけるなあ 井伊家伝記(1730年成立)は井伊家家老の依頼を受けて書かれたものらしいが、
そうなると内容について当然井伊家側のチェックが入るものと思われる。
もし直虎が女地頭であることが何の根拠もない著者の創作であれば、
さすがに井伊家側からクレームが付くんじゃないかな。
少なくとも井伊家側に直虎が女当主であったことを受け入れるだけのなんらかの下地、
例えば口伝なり伝承なりがあったと考えるのが自然だろう。
逆に、新説の根拠である守安公書記(1735年成立 ただし1640年頃の人物の覚書をまとめたもの)
に書かれていることが井伊家にとって確実な事実と考えられていたなら、
井伊家伝記が受け入れられる余地はなかったのでは。
むしろ守安公書記の方が直虎が男であったと創作しているように思える。 井伊家伝記についての考え方はこれが詳しい。
ttp://imanchiyo.hatenablog.com/entry/2016/08/07/103612
>そうなると内容について当然井伊家側のチェックが入るものと思われる。
思われない。だれも知らないんだから書き放題。そうだったんですかと言うだけ。
直盛の娘は後見として、相当の手腕を発揮したのは間違いないと思う。
それが記憶に残り、いつのまにか次郎法師と混同されたんじゃないかな。 まあ、あの難しい時代に今川から徳川に乗り換えたのだから
かなりよく見切ったといっていい。 >>99
誰も知らないからって井伊家にとってあまり名誉とも思えないことを
何の根拠もなく書かれたら文句を言いたくなると思うけどね。
それと、あなたの言う次郎法師は守安公書記に書かれている井伊次郎のことで、
その井伊次郎と直盛の娘が混同されたってことかな?
藩祖直政の養母が男と混同されることなんてあるかな? 俺の言ってるは次郎法師。
ttp://imanchiyo.hatenablog.com/entry/2016/08/07/103612
ttp://bushoojapan.com/hon/2017/01/24/92949
に書いてあるように、次郎法師は男じゃないかな。
法師とは他人から見てお坊さんという意味で、西行法師のように僧名は西行。
自分の名前に様つけることはないと思う。誰か男性の幼名だと納得がいく。
過去のことは、事績と名前だけが残り、それがいつの間にかごっちゃになることはよくあること。
本郷教授が次郎法師は、直盛の息子といっている。直政といっている人もいるらしい。
いずれにしろ、少ない信頼の置けない資料から推測するしかないので、どうとでも考えれる。 小野のなんとかは何で月代をあんな細く剃ってるんでっか? >>1,2,3
井伊美術館の「怪しい館長」が唱えている「井伊直虎は男説」 デイリー新潮 2/5(日) 5:58
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20170205-00517335-shincho-soci
直虎は「男」だったと発表したのが京都の美術館館長だ。
井伊家ゆかりの人物ということもあって、朝日新聞を始めマスコミも飛びついたが、商売のための話題作りという声が――。
京都市東山区の八坂神社からほど近い住宅街、その一角に古びた門が構えられているが、チケット売り場も見当たらない。
美術館を知る関係者によると、意外な素顔を教えてくれる。
「いや、井伊さんは後裔といっても血がつながっているわけじゃありません。昔は別の名前で、井伊家の分家の末裔と養子縁組して、“井伊”を名乗るようになった。
美術館は12年前に始めたのですが、もともとの本職は甲冑をメインに扱う古美術商ですよ」
しかも、商売のことになると、とたんに評判は怪しくなる。
「井伊さんは、どこからか甲冑を仕入れて来て随分高く売る。しかも、あそこのスタッフは、甲冑の手入れをやらされるのですが、それが修復のレベルじゃない。
最初は鎧のほつれを直すところから始まって、だんだん井伊さんの“直し”のリクエストがエスカレートするのです」 >>1,2,3
続きより
■金箔を貼りつけた
古びた木の箱に、もっともらしい書き付けを貼りつけて兜を入れていたという証言もある。
なかでも怪しいと言われているのが“伝徳川家康”の兜。
この兜は、昨年4月30日に放送された「嵐にしやがれ」(日テレ系)にも登場し、メンバーの二宮和也が被って喜んでいるシーンが放送された。
宣伝効果は抜群である。
「あれはもともと地味な兜でした。それをスタッフに命じて金箔を全面に貼りつけ、家康の兜と称していたのです」(同)
そこで当の井伊館長に聞いてみると、
「そんなん全部ウソですわ。うちがよう甲冑を売るもんやさかい、他の業者がやっかみで言うとるんに決まってます。
家康の兜だってベースになっている兜はしっかり本物です。
金箔は剥がれてしまうから、修復としてうちが直しましたけど、それはどこでもやってることです。皆にニセモノに気を付けろと言うてんのは、むしろ私の方ですよ」
「直虎=男説」についても新たな史料があると井伊氏は言うのだが、「金箔」を貼りつけたような新説は、むしろ怪しさが増す。
ワイド特集「大寒のただ中にある身の廻り」より 「週刊新潮」2017年2月2日号 掲載
【同日の関連記事】
磯田さん、京都で歴史とドラマ語る 京都新聞 2/5(日) 11:50
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170205-00000007-kyt-cul
映画やドラマと、歴史学について話す磯田さん(京都市下京区・佛教大四条センター)
https://amd.c.yimg.jp/amd/20170205-00000007-kyt-000-1-view.jpg
大河ドラマ「おんな城主直虎」の主人公井伊直虎が女性ではなく別人の男性とする昨年末の新史料にも言及。筆跡などから「女城主となった次郎法師は確実にいた」と話した。 上記の件、俺も昨日見つけて、本郷先生のブログに書いたんだけど、今日見たら消されていた。
人格疑うよなあ。 上の件、言葉不足で誤解を招くといけないので正確に書いときます。
http://imanchiyo.hatenablog.com/entry/2016/07/29/174917
ここで、こんなこと言ってますけど
>本郷和人先生、この記事をパクっていませんよね
この人自身、名乗っていないんですけどね。
とここに
http://bushoojapan.com/hon/2017/02/01/93587
コメントを昨日書き込んだところ、今日見たら消されていた。
という事です。
後ろ暗いことがなければ消すことはないんじゃないかと、勘ぐっています。 今日更新しましたね。ここ、
http://bushoojapan.com/category/hon
これを読む限り、前回の俺のコメント削除したのが残念ですね。
こう言ってるサイトが有るよと書いただけなんですが、疑いを招く行動でした。
直虎は男なのは殆ど間違いないと思います。 正嫡の男子だったら、なぜ直虎は積極的に子孫を得ようとしなかったのだ?
上杉謙信と同じ理由か? 質問の意図がわからないのだが。その質問は、男か女かに関係ないだろう。
あえて答えると、直虎は若くして死んだんだろう。だから、直政が継いだ。 最も俺は、本郷説の次郎法師が次郎直虎になったには賛成しないけど。
88が俺の推測。 http://bushoojapan.com/hon/2017/02/17/94778
結局本郷先生は、自分で考え出したのか、ほかの人の説を参考にしたのかを
あきらかにされてないです。
他の人の説を引用するのは研究では当たり前のことだから、
参考にしたならそう言えばいいのに。
>>112
いや、関係ある
この時代出産はリスクが高い
直虎が女で、井伊家の存亡に関わる重要人物なら
僧籍のままで出産を避ける、という行動をとってもおかしくない >>1,2,3
昨日の記事
【静岡 古城をゆく】井伊氏のルーツ(浜松市・井伊谷)
産経新聞 2/19(日)
このところ、NHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」の人気はうなぎ上りであるが、もともと史料が乏しいこともあって、井伊直虎は謎多き人物である。
ドラマの時代考証を担当する小和田哲男氏は、井伊惣領家の仮名は代々「次郎」を名乗り、龍潭寺(りょうたんじ)の南渓和尚も次郎法師の名を与えていることから、別人が次郎を名乗ることはあり得ないと主張。
さらに、今川氏輝・義元兄弟の母である寿桂尼(じゅけいに)を例に、後継者が幼かったり病弱だったりした際の“中継ぎ″であった可能性を指摘している。
同じくドラマの時代考証を担当する大石泰史氏は、井伊家の生き残りをかけた“当主代行者”という表現で、その功績を高く評価している。
http://www.sankei.com/region/news/170219/rgn1702190002-n1.html >>1,2,3
こんなところに鳥居!?弁天島のシンボル!赤鳥居が大人気のワケとは?(静岡) 2017/2/20 11:45 じゃらんニュース
季節や天気、潮の満ち引きなどによってさまざまに違う表情を見せてくれる赤鳥居は、観光にぴったりなだけでなく、絶好のマリンレジャーポイントでもあります。
赤鳥居のある「いかり瀬」へは、弁天島海浜公園から渡し船で渡ることができます。気軽に遊びに行ってみよう!
https://iwiz-cmspf.c.yimg.jp/im_siggqdhrwdTMnYMq216lNEG_NA---x450/c/cmspf/47/84/41/34/75bbd498032ba1a8e83577af3d8f7296.jpg
4月〜8月末までの温暖な時期は、弁天島海浜公園発着の渡し船に乗って、赤鳥居の立つ弁天島の天然の干潟、「いかり瀬」へ磯遊びに行くことができます。
船の所要時間は数分という近さなので、とってもお手軽。
干潮時に現れる潮だまりには、取り残されたカニや小魚、ヒトデやクラゲ、ゴカイなどの生き物がいっぱい!
まるで無人島に上陸したようなワクワク感が感じられる、ちょっとした非日常体験ができますよ!
https://iwiz-cmspf.c.yimg.jp/c/cmspf/08/98/12/77/7e97c62fdaaac6da26fe72978c699b48.jpg
弁天島海浜公園の船着き場発着の渡し船「浜名湖湖上遊覧」は、赤鳥居のある「いかり瀬」に渡るだけではなく、希望に応じて南浜名湖の遊覧もしてくれます。
遊覧の所要時間は30〜40分。船の上から雄大な南太平洋や、赤鳥居のサンセットを見ることができます。
小ぶりな船だから、今切口や舞阪漁港、新幹線の鉄橋下といった、普段は目にすることのできない景色を楽しめるそう。
渡し船が定期運行しているのは、毎年4月1日〜8月31日の期間(料金・大人1000円、4歳〜小学生まで500円)。3月や9月も、寒すぎなければ予約で対応してくれるとのこと。
https://iwiz-cmspf.c.yimg.jp/c/cmspf/94/17/24/35/a6c7591866538ab2c68bc8fc59f569ec.jpg
弁天島海浜公園では、地元海産物を販売する朝市や浜小屋で浜名湖の牡蠣やしらすを味わえるなどの趣向が楽しい「浜小屋マルシェ」など、年間を通じてさまざまなイベントも企画されています。
https://iwiz-cmspf.c.yimg.jp/c/cmspf/61/74/38/54/f0c9a9f3f81d4af811dfb2111ce83d9b.jpg facebookに井伊家の末裔、小野家の末裔が居てびっくりした。
残るもんなんだな。
古物商みたいな偽物井伊も居るけど。 >>119
小野って根絶やしにされるわけじゃないのか
てっきりそうなんだとばかり >>120
弟はあさって桶狭間で死んじゃうけど、
その子供達は井伊家に忠義立てして生きて行くそう。 >>121
なるほど
処分されるのは兄一家だけなんだね セントレア別にあっても構わんけど。
他に埋め立てもあるだろうし、地図は分かれば大体でいい。 このドラマでは◯◯守を 「いずみ♪」とか「たじま」とか呼ぶんだなw でも、海岸線って、セントレアに限らず、16世紀と現代ではかなり違うと思うけど。
本気で駄目出ししたらキリが無いんだろうな。 >>125
まあ、私称だからそっちの方が正しいといえる トレンディ過ぎ マジゆとりと腐女子向け
これで50話もつんか? >>130
もう1クール終わるぞ。
むしろ足りないんじゃないか? >>130
別に50話ぴったりにする決まりごとはないよね。 >>131
最初にPが企画書を通す段階で50話の割り振り
(何話から何話でどこまで描くか)を提示するから
脚本家はその割り振りに従って脚本を書く
大河放送前から何話でどのあたりを描くというのは決まっている
>>132
12月に坂の上の雲を放送していた3年間は50話なかった
しかし企画の段階で話数は決まっているから
急に話数を減らそうということにはならない
増やすこともない
(大河ではないが過去に史上最高視聴率50%越えした伝説の朝ドラ「おしん」で
半年だけ放送のはずがあまりに好調につき橋田寿賀子にもう半年頼んで話を延長
一年間の放送になったことはある) 悪いひとたちがやって来て
みんなを殺した
理由なんて簡単さ
そこに弱いひとたちがいたから
女達は犯され
老人と子供は燃やされた
悪いひとたちはその土地に
家を建てて子供を生んだ
そして街ができ
悪いひとたちの子孫は増え続けた
朝鮮進駐軍 関東大震災 日本人虐殺
https://goo.gl/1ntWvZ
https://youtu.be/D0vgxFC04JQ 質問。
何でNHKって、こんなマイナー人物出してきてまで
2回に一度、女を主人公にしないと気が済まないんですか?
アホなんですか?バカなんですか?死ぬんですか? 昔みたいに純粋に国盗り物語を楽しむ太閤記的な物は
今は作れないだろうなww >>135
マイナーと思ってるのは自分だけじゃないの?
歴史板や、ゲーム板行くと、100%知ってるんだからw 今までの大河ドラマで一番マイナーな主人公だったのは三姉妹と獅子の時代かな。 2 名前:人間七七四年
テメエらポーラ名作劇場で放送してた『幻花』を憶えて居ねえのかい?
足利義政を山口崇、日野富子を夏純子、今参局を藤村志保、裏松重子を三益愛子が
好演してたテレビ・ドマラだゼッ!
昭和の歴史ドマラにしちゃあ面白えほうだったのサッ!
原作が瀬戸内晴美、現・寂聴尼だからナッ!
ソイツを見てから云々しやがれーイッ!
分かったナッ!
! >>138
ゲームヲタに有名だからって、日本史的にマイナーなことに変りはないんだが?
「100%知ってる」ならメジャーなのか?
多少とも教養のある人なら100%、河合曽良の名を知っていると思うが、そしたら、
こいつは日本文学史上の重要人物だ、とか言いたいのか?あなたは。
つーか、碌に資料も残ってない直虎なんて人物が、
日本史的に見てマイナーな人物だなんて、そんな当り前のことにさえ
なぜか反論してくるアホが沸いてくるとは、正直思わなかった・・・orz 河合曽良主人公にした大河出てきたら
逆にお!って思うねw >>141
>多少とも教養のある人なら100%、河合曽良の名を知っていると思うが、そしたら、
>こいつは日本文学史上の重要人物だ、とか言いたいのか?あなたは。
曽良の日記と「奥の細道」を突き合わせることで「奥の細道」が単なる紀行文学ではなく、
大いに創作が入ってることが判るんだから重要だろう。 ねらーって自分に事前知識の無いものが目の前に広げられると、ものすごいヒステリーおこす。
って心理学板で読んだが、ちょっと納得。 歴ゲーは好きだけど岩村城とか曳馬城のが知られてるように感じるな
アンケートとったわけでもないし、大河向きかどうかも分からんけど >>143
水戸黄門がやたら横暴で我儘で、勝てなさそうなチャンバラを「無理っすよ」と尻込みする助さん格さんに全部任せて代官に喧嘩売りにいく、とか? 【静岡古城をゆく】鯉山砦(浜松市) 今川氏の三河支配の軍事的要地
産経新聞 4/2(日) 7:55配信
南北朝時代、千頭峯城が南朝方の井伊氏支城の一つであったのかは検討の余地があるが、同城南1キロ地点の鯉山には鯉山砦(とりで)が存在する。
史資料はまったく伝えず謎の山城であるが、『静岡県の中世城館跡』では、浜名神戸庄中之郷の要衝を望んだ要害で、南麓には行基開基の古刹(こさつ)金剛寺が所在し、千頭峯城の目の砦(支城・出城)と推定している。
同寺は正平8(1353)年、地頭の浜名清政(金剛寺殿)が菩提寺(ぼだいじ)としたところで、永禄元(1558)年に今川氏真、
天正元(1573)年には徳川家康から寺領安堵(あんど)と諸役・不入を定められており、どうも鯉山は戦時には今川氏(その後は徳川氏)の管轄下にあったようだ。
鯉山砦は、三ケ日町市街地の北背後に占地し、ここからは猪鼻湖・浜名湖の湖畔に存在する日々沢城(浜松市北区)、佐久城(同)、尾奈砦(同)、宇津山城(湖西市)、堀江城(浜松市西区)などがほとんど見渡せ、・・・・
http://www.sankei.com/region/news/170402/rgn1704020033-n1.html ドラマで描かれている今川による井伊家いじめが脚色があるにしても
事実だったらその行為に何の意味があるのだろう?
配下の他の国人領主達の離反を招くだけではなかろうか。
小野の井伊野谷乗っ取りがこれから控えているんだけど、それだけが
が目的なら敵を増やすだけのことだし。 >>149
ぜーったいに裏切るなよって締め上げじゃないの?
甘く見られたら今川も困るわけだしそんなに変かな >>149
お前さんは恐怖政治について調べてみるといい。
でも実際求心力を失ったから武田や松平などに調略されまくる。 >>1
【新装開店】 「大河館」 展示一新します! 浜松、「城主」直虎の衣装など公開します! (2017/4/27 08:23)
http://www.at-s.com/news/article/culture/shizuoka/353473.html
浜松市は29日、同市が舞台の大河ドラマ「おんな城主 直虎」の世界観を伝える大河ドラマ館(北区細江町)の展示物をリニューアルする。
これまでは主人公直虎の幼少期から次郎法師と名乗っていた時代までの展示物が中心だった。リニューアル後は「おんな城主」となった柴咲コウさん演じる直虎をはじめ、三浦春馬さんが好演した井伊直親、高橋一生さん演じる小野政次などの衣装を公開する。
南渓(なんけい)和尚役の小林薫さんが劇中に抱き、ファンから「にゃんけい」と呼ばれている猫のパネル、ドラマのタイトルバックに使われている掛け軸なども登場する。
5月28日にもリニューアルし、直虎を支える登場人物らの衣装などを展示する。
同29日からはバーチャルリアリティー(VR)画像でドラマ館周辺の気賀の町、港を紹介する。 >>1追加
GW直前に、超お得情報、キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
■ 天浜線と遊覧船一日乗り放題! 5月1日から切符販売〜 (2017/4/28 08:48)
http://www.at-s.com/news/article/topics/shizuoka/353872.html
5月1日から、鉄道と舟運をセットにした一日フリー切符「すいすいコトコトなおいいね!」の販売を始める。
同市北区の天浜線気賀駅で27日、販売の発表式が開かれた。
切符は天浜線全線と、水上交通なおとらを含む浜名湖遊覧船の周遊コースが一日乗り放題になる。
通常の利用料金よりお得な価格設定になっている。
遠州信金が発行する、天浜線沿線や西区舘山寺町の飲食店などで使える「えんちゃんクーポン」もついてくる。
販売は2018年1月14日まで。大人2200円、小学生以下1100円。天浜線の有人駅などで購入できる。
■ 直虎路線バス あすから土日祝に増便!
井伊直虎ゆかりの龍潭寺(浜松市北区引佐町)と天竜浜名湖鉄道気賀駅(同区細江町)などを結ぶ期間限定の路線バス。
同社は4月29日以降の土・日曜と祝日に6往復を増便し、1日13往復の運行態勢にする。
バスは大河ドラマの放送に合わせて1月15日から1年間限定で運行を開始。
大河ドラマ館(同区細江町)―気賀駅前―龍潭寺(3・4キロ)を結んでいる。
今回の増便で運行はほぼ30分間隔になる。
気賀駅での列車との接続を考慮し、龍潭寺の発車時刻も変更する。
■ 静岡の浜松でおすすめのところ
http://hanabi.2ch.net/test/read.cgi/travel/1458656509/ >>1GW前なので追加
直虎の時代、 アプリで再現! (2017/4/28 08:58)
http://www.at-s.com/news/article/local/west/353886.html
スマートフォン用アプリで再現した戦国時代の井伊谷城周辺
http://www.at-s.com/news/images/n36/353886/IP170427TAN000056000_1.jpg
井伊直虎ゆかりの史跡をバーチャルリアリティー(VR)で再現したスマートフォン用アプリ「まるっと直虎観光VR」をつくった。
特定の史跡を訪れアプリを起動すると、スマホの画面に直虎が生きた時代の史跡の様子が再現され、バーチャル観光を楽しめる!
アプリでVR画像を楽しめるのは井伊氏が本拠地としていた同市北区引佐町の井伊谷城跡、菩提(ぼだい)寺の龍潭寺、井伊家居館跡の3カ所。
史跡内でアプリを立ち上げスマホをかざすと、現実にはない昔の建物や風景が広がり、戦国の井伊谷を体感できる。
市文化財課が協力し、古い地図や絵図、市で行った測量調査の結果を参考に戦国時代の史跡を再現した。
スタンプラリー機能もあり、所定の市内68カ所の観光スポットでスタンプを集めると、対象店舗でプレゼントがもらえる。
市はアプリをダウンロードできる専用コードが書かれたチラシを観光施設に随時配布する。 >>1
■9日前に発表された動画
【 「井の国 浜松 直虎さんぽ」No.2 】
https://www.youtube.com/watch?v=SJKUy7OGYjc
中間辺りで言ってるが、井伊家1000年の歴史の始まりは、
「浜松市西区村櫛町」にかつてあった、「志津城跡」に住んでいた、「藤原備中守共資(ともすけ)」が、起源だってよ。
そいつの墓も、志津城跡近くにある。
動画の中に、歴代当主の年表も載ってるよ。
■(新事実)龍潭寺 観音像の厨子に“次郎法師”の文字
http://www.nhk.or.jp/shizuoka/naotora/news/detail/20170421_02.html >>156の何がって言うと、つまり、「井伊家は藤原氏と血縁!」
天皇とも? 今年のオンナ大河は、井伊直政(万千代)が家康の男色相手として寵愛される場面も
キチンと放送するのかナッ?
でなきゃ、NHKは視聴者に嘘八百しか流せ無えって事実を露呈してしまうだけだゼッ!
分かったナッ!
! 直虎に限らずバカみたいに衆道出せ出せ言ってる奴ってなんなの? >>158
おまいさんが脚本書いてNHKに売り込め >>1
史実に参考になった
井伊家初代 出生井戸の石碑 彦根藩主と強い結び付き裏付け (2017/5/24 09:00)
http://www.at-s.com/news/images/n37/362564/IP170523TAN000130000.jpg
http://www.at-s.com/news/article/culture/shizuoka/362564.html
浜松市は井伊家菩提(ぼだい)寺の龍潭寺(北区引佐町)近くにある井伊家初代の共保(ともやす)の出生の井戸に立つ石碑を調査し、石碑が彦根藩主井伊家の墓石と同じ様式で作られたとの見解を明らかにした。
同課が2016〜17年にかけて豪徳寺(東京都)の井伊家墓所を調べたところ、直惟や16代当主直弼ら歴代藩主の墓石も4尺5寸の高さで、石碑と同じ造りだったことが新たに分かった。
1724年に9代藩主の直惟(なおのぶ)が建てたとされる。 「井戸の石碑には藩主の意向が強く反映されていて、井伊家が重要視していたと分かる」と説明する。
18世紀前半に龍潭寺と彦根藩井伊家が結び付きを強めた経緯は文献史料から読み取れ、市の調査はそれを補足する結果になった。
おんな城主に育てられた井伊直政、 なぜスピード出世? 5/23(火) 16:12配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170523-00010000-nkbizgate-bus_all
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170523-00010000-nkbizgate-bus_all&p=2
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170523-00010000-nkbizgate-bus_all&p=3
家を継いだ“おんな城主“直虎に育てられたのが、直政である。やがて徳川軍団に加わった直政は、「赤備え」の精鋭を率いて活躍し、敵から「赤鬼」と恐れられた。
徳川四天王でもっとも若い直政は、最終的に石高は徳川軍団トップ、筆頭家老となった。
苦難を乗り越えて徳川家康に仕えはじめたのは15歳のとき。
当時虎松と名乗っていた直政は家康の小姓となり、家康の幼名「竹千代」から千代の字をもらい、万千代と名を改めている。
家康は聡明な直政を気に入ったようで、早くから軍事や外交、内政に携わらせた。
家臣の誰もがほしがった栗毛の名馬を直政に与えるなど、かなりかわいがっている。
夜、陣営において家康が寝ていたところ、武田の間者が数人忍びこんできた。これに気づいた万千代(直政)は間者に斬りかかり、みごと撃退に成功する――
続く ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています