弥生時代、おそらく2世紀前半頃には日本に文字があった。
出雲で楽浪のスズリが見つかったのだが、
それでもアカデミズムの中には、
スズリ自体が権威の象徴と言う人もいた。
しかし昨年、筑紫でも楽浪のスズリ片が見つかり、
弥生時代には文字があったとしか言えない状況になった。
だいたい三重の大城遺跡でも土器の墨書が見つかっている。

ということは王統の伝承は可能であったということ。
特に4世紀前半が崇神であれば、2世紀前半がスサノオにあたる。
つまりスサノオは実在したのだ。

しかし、記紀ではそれを正直に書けなかった。
時代を思いっきりずらしスサノオを神話化しなければいけなかった。
なぜならスサノオは倭国王・帥升であるからだ。