最上 徳内(もがみ とくない)は、江戸時代中期から後期にかけての探検家・江戸幕府普請役。出羽国村山郡楯岡村(現在の山形県村山市楯岡)出身。生年は宝暦5年(1755年)とも[1]。
生誕
宝暦4年(1754年)
死没
天保7年9月5日(1836年10月14日)