九州に邪馬台国などない理由

「弥生時代後期の九州は中心を失い小集落に分裂している」
(鏡も衰退と分裂を示す証拠にしかなってない)
「福岡などのかつての北部の中心地は吉備式土器、庄内土器の分布が目立ち畿内の影響下にあるのが色濃く見えている」
「九州は弥生時代を通じて他地域に影響を殆ど及ぼせてない」
「北、東、中部、南と九州勢力は弥生時代全域で一度もまとまった事もない」
(適当にどこかに邪馬台国を設定しても北地域を勢力下に入れていた邪馬台国になり得ない)
「九州以外の各地域は都道府県、地方レベルの大きな国が形成されている」
「畿内には全国レベルの土器、墓制の分布の中心地が存在していて九州もその影響下にある」

この前提を全て覆すような発見など最早あり得ないと言っていい状態であり九州など論外