>>867
>武内宿禰は景行天皇から仁徳天皇まで5代の間仕えている
>一世代約10年なら仕官50年弱
>一世代約30年なら仕官約150年弱
>無い無い、これは無い

それがな、紀年をそのとおりに読まず、春秋年とすればそこまで不自然ではない

武内宿禰は、成務天皇と誕生日が同じとされている
景行天皇には、息子の同期として青年期に仕えたことになる
成務天皇は同い年
そして、仲哀は世代としては甥だが、成務の兄の息子なので自分の息子よりも年上
神功皇后は仲哀と同世代
応神は世代としては孫世代だが、ヤマトタケルと成務の年齢差だけ差が詰るので
この兄弟の年齢差を10歳とすれば、応神と武内宿禰の年齢差は30歳程度になる
その応神の息子が仁徳だから仁徳の即位年齢にも拠るが、年齢差は50歳程度だから
20で即位したとすれば、そのとき70歳
不可能ではない

仁徳50年の記事に武内宿禰が出てくるが、さすがに仁徳天皇の在位が50年と
いうことはなかろう

どこまでが史実で、どこまでが潤色かは細かく見ていかなければならないが、
記紀の系譜どおりでも、景行から仁徳まで仕えることは不可能ではない

それが正しいと主張はしないけれどな