>>851
>本州を知らないのは確かだけど、南北西の外国にたいして対馬じゃ小国過ぎるかと。

これは対馬を実際に見ることのできる人間だけがそう思うことのできる「印象」です。
しかし、王莽にとって重要なのは「遠さ」であり、また彼にとって度大海の東夷王は十分過ぎる程の宣伝効果を持っていると思います。

>引用と言うか、漢字としての度は渡の原型ってことですね?

度と渡は同意で、
倭人伝の始度一海の「度」は、
漢書王莽伝の度大海の「度」にわざと被らせています。

そのことで倭人伝の「始度一海(始めに一海を渡る)」の一海と
漢書王莽伝の「度大海(大海を渡る)」の大海とが、
同じ海であることを伝えているのです。
(そして王莽後の光武帝の時代になって更に遠くの倭奴國から王の使者がやって来たと続く)

仮に始度一海が始渡一海と、度が渡であったなら、このことを示すのに追加の文字数が大量に必要となる。
ただ渡を度にするだけでことが足りてしまう。そのような構成に編集し直している点が驚きな訳です。
これは史書の知識の深い者であれば読み解くことができる、
文字数を必要最小限に減らした簡潔な美文です。

自分は現代の検索機能によって度大海と始度一海の類似に気付いただけですが。