野中に続いて松本も逝ったか・・・
有能な政治家の訃報が続くな・・・

失言で辞任、松本前復興大臣を惜しむ声「せめて環境大臣でいてほしかった」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20110719/221544/

 「松本氏は国際的にも評判がよかった。辞任は日本の環境外交にとって残念だ」
「丁寧な仕事ぶりだった。一度背負ったらどんな結末でも引き受け、言い訳しない人。惜しい」という声だ。
松本氏は、昨年9月から今年6月まで環境大臣(防災大臣も兼任)を務め、
環境の分野では市民やNGO(非政府組織)、自治体や企業などからも評価される大臣だった。

 その最大の成果は、昨年10月に名古屋市で開かれたCOP10(生物多様性条約第10回締約国会議)の成功である。

 COP10では、薬や食品の原料になる遺伝資源の利用ルールを巡って、先進国と途上国が激しく対立し、合意を得るのが絶望視されていた。
しかし、松本氏は議長国・日本の代表、すなわち世界の議長として、地域も人種も利害も全く異なる193カ国の合意を取り付け、
最終日にすべての議題を採択するという奇跡の交渉劇を繰り広げた。
こうしてCOP10では、「名古屋議定書」と「愛知目標」という日本の都市名を冠した2つの国際ルールが誕生した。

 「日本は延長に賛成できない。しかし、世界から孤立すれば日本の国益を損なう」と判断した松本氏は、
経済産業省と環境省、外務省を一枚岩にまとめ上げ、日本の立場を国際社会に理解してもらえるよう交渉し、
延長の議論を今年のCOP17まで持ち越させるという成果を上げた。

親分肌で現場に任せるタイプ

 松本氏は「チーム」という言葉が好きだ。手腕を発揮できたのは、優秀な事務方たちから成るチームがあったからでもある。
チームで仕事をする際、現場を信頼して実務を任せ、自分はトップとして責任を取るという方法を取る。
COP10のチームの人々は、「松本大臣は大きな流れや詰めるべきポイントを指示するが、細かなことは任せてくれた。
自由にやらせてもらえて、非常に仕事がしやすかった」と口をそろえる。