>>540
>(始皇帝冢)「墳高五十余丈、周迴五里余」 <

これは、当然漢代の計測数値なんだろうが、
始皇帝冢は、写真では四角錐形であった筈で、
測斜面は45度よりも少し緩やかであった記憶があり、
五十余丈は100m弱であるから、四角錐の1辺は100〜150m位。
周迴五里余だから、底辺周りが5里余であれと、1辺は、1.25里余。
長里では、550m位になってしまって、100〜150m位と全く合わない。
短里に近い。
しかし、周迴五里余が、始皇帝冢の周りの堤の外周であった可能性もあり、
不明。