『近代以前の日本の人口統計』(Wikipedia)−1600年以前の地域別推定人口 (鬼頭宏, 1996年)−
によれば、紀元200年の日本人口は594,000人。

うち、北九州と南九州の合計が105,100人で、北海道を除く本州・四国が489,800人。
四国を除く本州だと459,700人。

このように本州が九州を圧倒する人口分布なのに、魏国が本州をスルーして九州とだけ外交を行い、
九州の女王に『親魏倭王』の称号を与え、本州については、

『女王國東 渡海千餘里 復有國皆倭種 又有侏儒國在其南 人長三四尺』
(女王国の東に千余里海を渡るとまた国があって、人々はみな倭種である。またその南には身の丈三、四尺の侏儒の国がある)

などと、まるで人種の違う人々が住む人跡未踏の地としてたった28文字だけの記事を残すなど、
いくら何でも不自然だよ。