菊池大麓は箕作秋坪の実子、緒方洪庵の弟子。

箕作秋坪は明六社の会員で福沢諭吉の同胞。
専修学校初代校長の相馬永胤は福沢とともに友人。
子は菊池大麓(次男)の他に箕作佳吉(三男)が有名。
箕作佳吉は帝国大学理科大学で最初の動物学者。
なお、フランス法学者で和仏法律学校初代校長の箕作麟祥は
妻の連れ子であって実子ではない。

菊池大麓は慶應2年(1866年)に若干11歳の最年少でイギリス留学に出発。
明六社の中村正直に加え、外山正一(後の帝国大学総長)、林董(外交官)が同船。
林董は帝国陸軍初代軍医総監の松本良順の実弟でもある。
松本良順と林董の父は順天堂の創設者である佐藤泰然。

菊池大麓はイギリスではケンブリッジ大学のトドハンターに学び、
これを通じて日本にトドハンターの代数学が紹介された。

帰国後は東京帝国大学総長のほか、京都帝国大学総長、学習院院長を歴任。
桂太郎内閣では文部大臣として入閣。