X



【攘夷?】真の日本の愛国心とは?【排外?】
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0001名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2012/11/05(月) 15:04:44.97ID:OZfH7fAC0
【在特会魂】愛国心とは伝統である!
http://www.nicovideo.jp/watch/sm19281424

かつての尊皇攘夷運動から、現代の行動保守する運動に共通する考えとは何か?
攘夷運動、排外運動は単なる差別なのか、それとも正当な愛国心の発露なのか?
現在の行動する保守運動をみることは、過去の攘夷運動を適切に振り返ることにつながるし、
あるいは、過去の攘夷運動をみることは、極めて現代的な意味があると思います。

過去の愛国心と現代の愛国心は連綿とつらなっているのか?
それとも、過去と現在は明らかに断絶しているのか?
みなさん、自由闊達な議論をお願いします。
0014名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2012/11/30(金) 15:02:07.89ID:RJeRKaWT0
そもそも日本人にとっての『愛国心』ってのは
江戸時代以前には今と全く異なった物

なぜなら江戸期の日本の国の構造は
『日本国』とか『日本政府』みたいな一つの国がドデンと存在していたわけではなかったから

江戸時代は『武蔵の国』とか『紀州の国』『尾張の国』『常陸の国』みたいな
たくさんの“国”が存在し、その国の中に行政府としての藩が置かれ
大小無数の全国の藩を中央である徳川幕府が統率する、という物だった
つまり、かつて日本には『複数の国』が存在するのが当たり前だった
今じゃ考えられないことだけど、かつて日本には確かに複数の国が存在したから
国境として関所が置かれ、勝手に抜ければスパイ容疑がかけられたりして普通に死罪であった

だから、『おめえ、生まれの国はどこだよ?』と問われて
『日本』と答えるは一人もいない
それぞれ『武蔵生まれ』であったり、『紀州生まれ』や『尾張生まれ』であったり
日本人ではなくて、『水戸人』であったり『土佐人』であったり、『薩摩人』であったり『長州人』という意識だった
それぞれ、『違う国の人間』という認識が普通だった
0015名無しさん@お腹いっぱい。
垢版 |
2012/11/30(金) 15:09:02.79ID:RJeRKaWT0
つまり、日本人本来にとっての、日本人固有で特有の愛国心とは
本来はこの日本列島全体を指すのではなく、自分が生まれた土地、すなわち
自分の郷土に対する郷土愛、郷里愛的な気持ちが本来の物であり、自然発生的に生ずる無理のない愛国心だった

現在ネトウヨに頻りに叫ばれている『愛国心』ってのは
こうした愛国心の自然な成り行きによる発生を無視した、近代以降の人為的に作り出された
人造的な愛国心に過ぎない
だから近代型愛国心に違和感を覚えたり、抵抗感を持つ日本人が多いし消えないのも当たり前なんだよ
普通の日本人が持つ自然な愛国心とは、すなわち『お国自慢』の気持ちで
九州男児が九州を愛するとか、沖縄県民が沖縄を愛するとか、道産子が北海道を愛するとか
県民が県を愛する気持ちなんだから
県民性○○とかが流行り続けたり好かれたりするのもこうした国民性が根強いから起こること


人工的に作られた政府や中央主権の象徴物を愛する気持ちになんて日本人は全く成れないんだよ
幕末の動乱の時にも多くの民衆は徳川様が勝っても天子様(官軍)が勝ってもどっちでもどうでもよかった
幕府や天皇に自分の心の凭りどころがあるわけじゃないから
だから太平洋戦争で死んでいった人々の多くは帝国のためにバンザイ、天皇陛下のためにバンザイして死んでいったんじゃない
そこには死ぬ価値を見出せないから、自分の生まれた土地、自分の家族兄弟、自分の生まれ故郷という
日本全体じゃなく自分の生まれた郷里を守るという狭い範囲への愛に縋って、そこに自分の死の意味を見出すよりなかった


そういう意味では、排外だったり攘夷だったり反TPP的な反応こそ
本来の日本の愛国心と深く結びついてはいるのだろうと思う
しかし、産業革命によって蒸気外国船が日本に到来して以来、
日本は嫌が応にも国際社会との競争のただ中に放り込まれてしまったし
あの時代近代化・西洋化を拒んでただ攘夷を叫んで開国を否定して鎖国を堅持していたら
列強との戦争に負けて愛する祖国を列強に蹂躙されて、自らの愛国心の逆効果で国を滅ぼすことになっていただろうと思う
日本が同時にやっちゃいけないのは極端な内向き・排外姿勢になること、殻に閉じこもることだな
むしろ経済力・技術力で他国との競争に勝ち続けなければ国自体が危うい
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

ニューススポーツなんでも実況