富士銀行の犯罪―なぜ、大蔵省は「富士銀行」の史上最悪の金融犯罪を見抜けなかったのか?
山本 峯章【著】
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 東大出身のエリート行員として日の当たる場所を歩いていながら、とつぜん系列会社へ追い出された怨念≠フせいか、
芳賀の話は、いつのまにか富士銀行のタブーにふれはじめた。

 陣内にとっても、神洋なる債権取り立て業の話は、聞き捨てならなかった。
「日本を代表する銀行が、なぜ韓国人グループに債権の回収をさせなければならないのか。富士銀行にはそうせざるをえない
やむにやまれぬ理由があるのかね」
「詳しいことは、わたしにはわかりません。ただ、神洋グループのある一社が渋谷道玄坂支店長だったNと親しかったらしい。
このN支店長の根回しで、富士は神洋グループと取引きをはじめたと聞いています」
芳賀は一息入れたあと、陣内さんだから言います、と前置きし続けた。
「N支店長は、北朝鮮の生まれなのです。戦後間もなく、両親が日本に帰化した一家の、その次男らしい。そんな関係で
神洋グループと親しくなり、取引がはじまったのです」

 富士銀行赤坂支店の不正融資事件の主役、中村稔元渉外課長が支店長捜査二課に逮捕された9月22日の夕刻、わたしの
事務所に「神洋の社員」を名のる男性から電話がかかってきた。

 男は、静かな口調で言った。
「富士銀行は、焦げついた債権の回収や担保物件の処理をさせるために雇っている神洋と腐れ縁の関係にあります。富士銀行
は、焦げついた融資債権を回収するため、担保(事件)物件の処理を神洋にまかせ、たびたび不正な方法で債権を回収している。
神洋の債務保証額は、すでに約6千億円という巨大な金額になっているはずです。ところが神洋という会社は、ほとんど資産を
持たない一種のトンネル会社なのです。
 ……じつは神洋は、北朝鮮へ通じる、ブラックマネーの地下のパイプ役も果たしています。社長は、中野利久という日本名を
名のっていますが、本名は李利久――北朝鮮の生まれです。富士銀行と神洋の秘密協定のもとで行われている不動産投融資
の実態を暴露し、富士銀行の暴走にストップをかけてほしい」

 男は、自分の名前は聞かないでくれと要請した。その理由は、神洋の代表者・中野利久は、某広域暴力団と関係が深く、
北朝鮮関係機関(朝鮮総連)ブロックの幹部、朝銀千葉信用組合理事を兼ねるなど、背後関係が複雑だから、というのである。
 偶然にもわれわれは、ハワイで行方を立った富士銀の元支店長・芳賀洋典から神洋の話を直接耳にしていた陣内五郎から
情報の提供をうけ「神洋グループ取材班」」を結成し、取材に着手したばかりであった。
「神洋グループ」と称される関連会社を洗ってみた。意外なことがわかった。関連会社のメインバンクは、すべて富士銀行なの
である。

 ところが62年11月、中野が代表していた「神洋信販」という会社は、新たに「ジェーエムシー信販」という社名に変わっていた。
 役員の顔ぶれを見て愕然とした。ほとんどが富士銀行のOBで占められていたのである。

 神洋信販と取引し、痛い目にあったという新宿の金融業・笠間商事の渋谷常務は呆れ顔で言う。
「神洋の代表者は、広域暴力団の組員で、たしか恐喝の前科があったと思う。富士銀行は、正体のわからないあんな会社になぜ
肩入れするのだろうか。何か弱みを握られているのだろうか……」
 と渋谷常務は首をひねり、こうもいった。
「神洋に肩入れする以上、富士銀の幹部は中野の正体を知った上でのことでしょう。神洋を一度でも訪ねた人なら、誰もが知って
いることですが、パンチパーマかけたやくざ風の男が事務所をウロウロしていますよ。また、出入りする連中の中にも暴力団風の
人が少なくない」

(続く)