陸軍大学と海軍大学について [無断転載禁止]©2ch.net
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>>202
旧帝医旧六医、私立医大予科、医専も入試は成立していた
東大はほぼ全ての学部で入試が成立し全入は少なかった
京大法は定員無視の実質全入時代があった
一次で東大などに落ちて二次に回り東北九大法文を受けても
東大よりも難関で中々受からなかった
なので当時の受験雑誌に不合格の可能性があるならば
最初から一次で東大以外を受けろとアドバイスしてある >>203
梅津って首相になってもおかしくなかった人だけどね
東條がなった時、もしくは小磯の時に梅津って声はなかったのか 【天竜人だな、皇族″】 日本軍が敵国のアメリカから燃料を買っていた事実、なぜ教科書に載せない?
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1529288795/l50
売国奴が、国民の象徴www笑 いろいろと役に立つ嘘みたいに金の生る木を作れる方法
念のためにのせておきます
検索してみよう『立木のボボトイテテレ』
PBK NHKで放送されていたノモンハンを見た限り
やはり、陸軍大学の教えが悪い証拠だね なぜ日本の軍隊ではアメリカよりも兵器の技術力で負けていたのですか?
何か高等教育の中でそういう土壌があったのですかね? >>214
日清、日露の両戦争に勝ったことが原因では? >>214
開戦当時はそんなに技術力自体に大きな差があったとは思えないよ
資源・工業生産力の差が圧倒的だったから、時間の経過とともに軍事技術力の差が開いていった感じ >>216
日本はオートバイ、自動車の普及というモータリゼーションを経ずに、
いきなり飛行機のエンジンを作るようになったから、
内燃機関を作る技術は、絶望的に欧米諸国より遅れていたよ。
同盟を結んでいるドイツから飛行機エンジンの設計図を買っても、
日本では工作精度が低くて使い物にならないものしか作れなかった。 >>214
たかが陸軍大臣の分際で、まるで天皇になったかのように
戦陣訓作って「捕虜になるくらいなら氏ね」と兵に言いながら、
自分は自決すらも満足に出来なかったからな。
異常な時代にはこの手の精神主義者(幕末だと神代直人・大楽源太など)が
出てくるけど、周囲を騒がして大迷惑を掛けるだけで、実際は何も出来ない。 神代直人や大楽源太郎はせいぜいテロリストにしかなれなかったが、
昭和前期は牟田口廉也や富永恭二みたいなのが高級軍人だったからな。始末に負えん。 >>221
無能だろ。
対中一撃派は一撃で済まなかった時の代案がなかった。 まんまと中国の奥深くに誘い込まれて、泥沼化して収拾つかなくなったからね。
石原莞爾はこうなることがわかっていたから、不拡大方針をつらのいたのに。 >>226
石原莞爾らが満州事変を起こしてから、日本は破滅の坂を転がり落ちて逝ったけどね。
戦後の石原莞爾は、戦犯逃れのために「平和憲法は素晴らしい」とか
GHQをヨイショする発言ばかりで、まるで朝日新聞みたいに事大主義の
人間のクズっぷりを発揮していたねwwwww >>223
戦陣訓作ったのは東條ではない
東條はそれを配布するという手続きを行っただけ >>229
東條の前任の時点でほぼ内容が決まってて、東條は交付するだけだったのは事実だが、
陸軍上層部の総意だったという意味では、より質が悪いわな。
東條でなくても、あの愚行が行われたということなんだがら。 >>229
東條が合理性のある軍人だったら、あんな「兵への死の強要」を陸軍省が出したら
「前線の兵士の志気が落ちる事はあっても、志気が上がる事がない」と
判断して戦陣訓など止めさせた筈だが、今の朝日新聞や日本共産党のような
観念主義のキモいバカだから、自分の名前で堂々と出すんだな。 支那軍に捕まったら嬲り殺しにされるから、それならまだ自決した方がマシだ
と生きて虜囚の辱めを受けずになったと聞いたことがあるけど
戦陣訓作成は陸軍だけじゃなくて民間の学者や作家も参加した一大プロジェクトだ
東條が合理性のある軍人であっても勝手にちゃぶ台返しにすることなんかできん
そんなことやったら下からの突き上げで失脚する羽目になる 部下の暴走を止めないどころか追認しまくり、追認を否定できないジレンマの結果、
敗戦の可能性極めて大の戦争を自ら仕掛け、あげく敵軍に解体されるような組織とその開戦時のトップだからな。
戦陣訓を却下できるような奴はあの頃の陸軍大臣にそもそもなれないわな。
東條が戦陣訓は本人の意志に反してたというソースを見たことはないから、
そもそも肯定的に交付したこと自体は変わらんのじゃないのとも思うが。 >>227
そりゃ持論の世界最終戦争論とぴったり合致するからねえ。
違いはそれを行う主体がどこかってだけで、講演の内容と一致してて日本の一定の自治権はあったのだから 次善の結果だろ石原としては。 >>232
>それならまだ自決した方がマシだと生きて虜囚の辱めを受けずになったと聞いた
自分の戦っている戦場がそういう状況かどうかなんて、現場の兵士が一番良く知って
いる訳で、陸軍大臣が一括で言う事ではない。
>東條が合理性のある軍人であっても勝手にちゃぶ台返しにすることなんかできん
当時の東條は魔王的な独裁者であって、自分の意思で止める事なんか簡単。
卑怯な東條らしい文面だと思うよ。この手の「兵士は氏ね」みたいな文章は、
当時、東條の熱烈信者であった日本共産党や日本大衆党(日本社会党の前身)は
大好きだよね。 戦陣訓などというものは、それで報酬をもらっている職業軍人たる将校、せいぜい下士官までに適用しておけばよかった
現役どころか、追加招集された兵にそこまでの責を負えというのはいかにも過大すぎる
兵にそこまで要求しておきながら、敗戦時に陸大卒の将官たちで虜囚になる前に自決したのはごく
一部に過ぎないという情けなさ >>238
それが少数なら話も分かるが、ほとんど自決しないんじゃなあ。 いかにも軍官僚としての「仕事やってます」アピール作文なんよね。
本当は日中戦争の不祥事対策で作ったモノなのに、上層部がちっとも「戦時」でなかったいい例。
そう言う意味では「平陣訓」とでも言った方がいいんでないの。 >>239
自分は例外なんだろな。
これは末端の兵がまもるもの。 服部卓四郎、辻政信、竹下正彦、井田正孝…
保身に走った連中ばかりがエラくなるのが日本陸軍・自衛隊だな。 というか、戦争中に前線勤務になるのが懲罰人事の左遷で、
中央部へ行くのが栄転っていう軍隊、日本軍以外に存在したのか? そりゃ役人なんだから、
中央官庁に勤めた方がエラいわなw 永田が暗殺されずにあのまま生きていたら支那事変をどう解決しただろうか
対支一撃論はもろくも破綻するわけだし >>244
ヨーロッパ、アメリカの軍隊だと、中将くらいまでは前線に行くのが栄転。
本国送還が最大の左遷。
中央に行くのが栄転になるのは参謀総長レベルだけなのが欧米の軍隊。
日本軍とは出世で動く方向が逆。 ドイツだと何もやってないカイテルが陸海空三軍の長に君臨してたけど ヒトラーはカイテルに作戦面での指揮権は与えていないよ。 何か日本の社会らしいなぁ。
現場で動くのは下で、後ろで座って指図するのが上って発想。
偉くなればなる程現場から離れて、的外れな指示をしだす。
今も一緒。 戦線から遠退くと楽観主義が現実に取って代る。
そして最高意志決定の場では、現実なるものはしばしば存在しない。
戦争に負け ている時は特にそうだ。 硫黄島の栗林忠道だって、留守近衛第2師団長として火事を出した不始末で、
左遷されて硫黄島戦を指揮することになった訳だしね。 >>246
現地軍と密に連絡を取り合って、事変拡大をしないようにしたのでは?
ただ、対支一撃論を推進していた、武藤章と田中新一が何らかの工作をしてくるだろうが。 >>251
当事者意識は薄らいで、自分のポストの心配やとりあえずの対応しか出せなくなるんだね。
今の日本の職場も同じだろ。
我餓死するともオシッコ漏らさむ。 >>250
例外は辻政信。
ガダルカナルとかに行って現地で指揮をした。だがマレーではイケイケが機能したが、ガダルカナルでは指揮は頓珍漢だった。
ポートモレスビーなんて独断で悲惨な結果に終わる勝手な戦闘指揮もしているし。
一般兵もまさか同じとこで同じ砲弾をくぐっている人が、極悪非道な指揮をしている張本人とは気づかない。 でもさ、参謀本部・大本営陸軍部の参謀である辻政信中佐が、
最前線で指揮を執るというのは、軍隊組織としては壊れているよ。
指揮命令系統が崩壊している。 >>256
それは言えている(たかが一中佐の参謀が指揮命令系統とは)
それが最初に壊れたのは、張作霖爆殺事件の河本大作からかな? 企業でもなんでもそうなんだけど、自他共に認めるエリートの場合は階級が低くても発言力はある。 エリートには信賞必罰が適用されないのが日本の組織の問題だな。
服部卓四郎と辻政信はノモンハンでも大失敗をしたコンビ。
服部はガダルカナル敗退で作戦課長を更迭されても東條の陸相秘書官。
そして、その後、また作戦課長に舞い戻ってる。 辻政信より服部卓四郎の人事の方が酷いな。
東条は非常に日本人的な感覚の持ち主ということか。 スレタイが「陸軍大学と海軍大学について」だが、
陸大と海大って、だいぶ毛色が違うよなあ。
陸軍は出世コースに乗るには陸大入校がほぼ必須で、
そこで天保銭もらって参謀飾緒釣って初めてエリートの仲間入り。陸士の成績って参考程度な訳だけど、
海軍は逆に海大の成績の方が参考程度、とにかく海兵の成績が基本で、
米内光政みたいにハンモックナンバー下位組の出世への登竜門的な意味はあっても、
海大入校なしで将官になった人間は多い。
太平洋戦争期には海大は割と早くに機能を停止していたのに対して、陸大は終戦直前まで卒業生を出していた。
ガダルカナルに向かう輸送船の中で、陸大の受験勉強をしていたという若い尉官は、命ながら得たのだろうか… >>261
責任も権限もない参謀将校が好きに引っ掻き回しお咎めなし
責任者である小笠原師団長や丸山師団長 川口旅団長はことごとく敗戦の責任を問われ本部付き待命から予備役へ
ドイツの参謀本部制を見本にしたというがドイツでもこんな無責任な参謀将校がのさばっていたのだろうか 服部機関の連中は、警察予備隊設立の時、服部卓四郎を制服トップにしようとしていた。
まったく旧陸軍の陸大卒の連中は救いがたいな。
服部を警察予備隊から排除した吉田茂は偉いと思う。 【死の輸出、幕張メッセ、武器見本市】 小学生の母、千葉にお金が落ちて、娘の教育にもいいから、賛成
https://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1552530358/l50
F35(空)いずも(海)イージスアショア(陸)、九条破棄・・・の次は徴兵制(18歳)だね >>268
どこの組織でも主流派にいるとそういうことが起きるな。 服部卓四郎は排除したにしても、陸上自衛隊の本流・主流派になったのは、
服部機関にいた連中だろ? 辻政信をノモンハン事件の時にクビにしていれば、山下奉文と本間雅晴が、
処刑されることもなかったのではないか?
山下が絞首刑になったのも、戦闘行為ではない形での華僑虐殺を問題にされたからだろ。
山下も本間も、実質的な残虐行為の責任者は辻だ。 大金かけて独りよがりの侍気取りを培養した害悪そのものの機関だね。 特攻隊に志願したのはこの士官連中ではなく、下士官、兵だった。 陸大、海大と言えば彼らがやってた図上演習に興味あるんだが、誰かルール分かる人いる?
道具一式と(大きさは実際より小さくても良い)と図上演習の規範集(ルールブック)でも
どっかの出版社(原書房とか芙蓉書房とか・・)が売れば、そこそこ売れるんじゃないかと思うんだが・・・ 視野が狭く、ひねたエリート意識を持った木偶の棒ばかり排出したよな。
有害。
消えてザマーみろ!! ちなみに海軍反省会などの資料には戦前の日本軍の教育の問題が書かれているが、日本軍では教科書の丸暗記を基本
とする教育が中心であったため、日本軍の行動はアメリカ軍に簡単に予測されてしまったという。しかも日本軍の指揮官には
創造性や個性がなく、教科書通りの型に嵌った戦法を繰りかえす事が多く、アメリカ軍のように一度失敗した戦法でも見直して
対策を練ることはせず、日本軍は何度も同じことを繰り返し犠牲を増やしたとされる。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E9%87%8E%E4%BF%AE%E8%BA%AB
大東亜戦争「敗因」の検証
…… 「帝国海軍善玉論」の虚構
佐藤晃著 (芙蓉書房出版)
http://www.ark-kyoto.org/sandai/HaiIn.htm
そして、敗戦後日本海軍が設けた組織に「史実調査部」なるものがある。連合国が終戦直後はじめた作戦の質問に対する、
調査及び解答をするために設置した部である。メンバーは富岡定俊(軍令部作戦部長)を部長とし、以下軍令部・聯合艦隊の
参謀からなる一〇余名である。
この史実調査部のメンバーに、この仕事を通じて知りあった米軍海軍士官のみならず、GHQの軍人までもが一様に聞く質問が
あった。すなわち次の質問である。
「日本海軍ばなぜ同じ手を繰返して、そのつど叩きのめされたのか」 偉くなるのが目的で国を良くするのはまあ、どうでもいいんだよ。
国よりまず自分の立場。
自粛を要請するが補償はしない。
徹底抗戦を要請するが補給はしない。
特攻はあくまでもお願いです。 <<硫黄島の栗林忠道だって、留守近衛第2師団長として火事を出した不始末で、
<<左遷されて硫黄島戦を指揮することになった訳だしね。
栗林は 対米講和を主張して 参謀本部の本土決戦派に嫌われて
全滅島に行かされた 最初の守備隊長は病気と称して帰国してしまい
栗林に 邪魔者は死ねと いかされた
戦後参謀本部の連中は クビにもならずに 厚生省官僚になった 人間は「合理的」に行動して失敗する――菊澤研宗(慶應義塾大学商学部教授)【佐藤優の頂上対決】
https://www.dailyshincho.jp/article/2021/01120555/?all=1
佐藤 菊澤先生のお書きになった『組織の不条理』を、いまも同志社大学の三つの講座で使わせていただいています。
菊澤 20年以上前の本ですのに、たいへんありがとうございます。
佐藤 大東亜戦争における日本軍の失敗をまったく新しい視点から分析されていて、学生たちが物事を考えるにあたり、
非常にいい訓練になっています。あの本は先生が防衛大学校の教授時代にお書きになったのですよね。
佐藤 日本軍の失敗については、防大の教授陣らがまとめた『失敗の本質』という古典があります。それを根底から覆す
ような切り口でした。
菊澤 もちろんその本は私も納得できる名著ですが、合理的なアメリカ軍組織に対して非合理な日本軍組織という構図で
見ているんですね。これは一般にも広く共有されている認識ではないかと思います。
佐藤 日本軍は非合理だし、飛行機に竹槍で向かうような精神主義だとよく強調されます。
菊澤 そういう一面もあるでしょうが、私は1990年代に研究が進んだ企業理論や組織論を援用して、大東亜戦争における
日本軍は、合理的に行動して失敗した、と分析したわけです。 野村吉三郎という海軍大将(太平洋戦争直前の駐米大使) は海軍兵学校しか出てないんだよな
「海軍大学校に俺を教えることの出来る奴がいるのか?」と嘯いてたらしい ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています