(資料8)
「当時日本軍は、中支那方面軍、上海派遣軍、第十軍にそれぞれ軍律会議が設置されていた。したがって、
便衣兵は捕虜の資格がないとするのであれば、 それぞれ所管の軍律会議で審判し処断すべきであり、
第一線部隊が自分の判断で処断すべきものではない」
( 日中戦争再論所収 学術論文「いわゆる「南京事件」の不法殺害」原剛 P144 )

(資料9)
「南京に本来の意味での『便衣兵』が存在したとしても、その処刑には軍事裁判(軍律法廷)の手続きが
必要不可欠であり、裁判抜きの処刑は違法であるというのが、私の主張である」
(「南京事件論争と国際法」吉田裕 P77 )

(資料10)
「昭和史の論点」文藝春秋/秦郁彦
秦 南京事件の場合、日本軍にもちゃんと法務官がいたのに、裁判をやらないで、捕虜を大量処刑したのが
いけないんです。捕虜のなかに便衣隊、つまり平服のゲリラがいたといいますが、どれが便衣隊かという
判定をきちんとやっていません。これが日本側の最大のウイークポイントなんです。
 日本は、敵を裁く軍律裁判の条例などもきちんと整備していたにもかかわらず、実際にはほとんど開いて
いないんです。(略)
秦 捕虜の資格があるかないかはこの際関係ありません。その人間が、銃殺に値するかどうかを調べもせず、
面倒臭いから区別せずにやってしまったのが問題なんです。
 私が不思議でしょうがないのは、なぜ収容所に入れ、形ばかりでも取り調べをして軍律会議にかけてから
処分にしなかったのかということです。後にBC級戦犯が裁かれたときも、軍律会議にかけていれば、
戦犯は死刑になりませんでした。