山本権兵衛について語ろう
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>>88
>>99
山本のこと大して知らないだろこいつら >>139
箱館戦争に行ったのは5月ですぐに
戦争は終わったから多分戦闘はしてないんじゃないかな。
川村純義の率いてた部隊は最前線にいたから
ついて回っていただけってのはないな(笑)
どんどん行けやと言われてさすがの山本も少し躊躇したほど。 ただ、児玉や東郷もそうだけどあの年代は大山や山縣や川村と比べても
実戦には参加したけどポスト的にはって感じだし。寺内もだけど。
山本ももちろんだが軍政家としての評価をすべきだと思う 実際犬養の後の首相に山本がなれる可能性はあった。
ここで山本が首相になったら艦隊派を一掃(もちろん老害東郷も)することが
できたと思う。
風見鶏の斎藤実じゃあ無理だし実際無理だった。
あんなのを後継者にした山本の見る目もどうかと思うが。 伏見宮を道連れにやめてくれていたら、日本は太平洋戦争を回避できたかもしれない 東郷平八郎のほうが山本よりも年上だが、海軍では山本のほうが上司だったのだろうか 立場上はそう。二人個人のわだかまりは晩年もなかったと思う。
というかそもそも山本が条約派と言われるのがわからん。
帝国国防方針の際対米戦を視野に入れたのだからどちらとも言えないとしか言えない。
何かと加藤友三郎とセットで語られることが多いけど加藤とも違う。 財部は条約派、英輔は艦隊派
生きていたら又は表舞台に居たら権兵衛は艦隊派 山本権兵衛は、少なくともロンドンの時は条約支持だよ。
薩摩出身では、他に野間口兼雄、竹下勇が財部支持。 ググったら、小池聖一氏のワシントン海軍軍縮会議前後の海軍部内状況に、「山本、斎藤、財部らの薩派首脳にとっても軍縮の必要性は認識されており」とある。 整理しよう
条約派
加藤友三郎(生きていたら)、山本権兵衛(表舞台に居たら)、斎藤実、財部
山本英輔、岡田、鈴木貫太郎、山梨、秋山(生きていたら)
こんな感じ?
五十六は条約派というわけでもなかったしな 東郷も大して実戦経験ないだろw
川村純義とか大山巌とかの世代ならまだわかるけど いやだから年齢的に仕方ないだろ。
そんなこと言ったら同世代の長州閥の軍人の方がということになるが この人がリストラした人たちって実戦経験が豊富な軍人たちだったから
山本自身は実戦経験がそれほどあったわけじゃなかったから
嫉妬もあったんじゃないの?
戊辰戦争での軍功もあったわけでもないし西南戦争には参加していないし >>157
東郷は薩英戦争の際に海軍を志して
戊辰戦争で既に海軍軍人として実戦を経験している
海軍軍人の実戦経験として見た場合
山本は東郷はおろか加藤友三郎にすら劣る
山本の評価はあくまで軍政家としてだ >>152
支持もなにも発言権が無かったんだから
隠居してたんだぞ? >>145
なったらじゃねぇよ。80近い爺さんだぞ?
案の定次の年に亡くなったし >>129
その頃の東郷は誰にも止められないから無理。
死ぬのを待つしか無かった >>132
東郷にそんな考えはない
そもそも山本のお陰で東郷が連合艦隊司令官
になれたという通説もおかしい。
山本じゃ無くても東郷が選ばれた
それは東郷の経歴を見れば誰だって選ぶわな 海軍軍令部を陸軍の参謀総長と対等にするようにと働きかけたのが山本権兵衛。
これが陸海並立状況を生み、結果として日本を破壊する行政的根拠になってしまった。
よって海軍の老害度は
山本>>>>>>東郷>>伏見宮 老害は関係ないけど崩壊に繋がった。
児玉源太郎は日露後陸主海従に戻そうとしたけど
山本は結局は海軍のことしか考えてなかったんだなとしか。 まぁその通りなんだけど児玉も早死したから評価が高いんだと思う
近年の乃木の再評価と共に児玉も再評価されているから
普通ならどっちかを上げてどっちかを下げるから 伊藤や山本が反対した児玉の厦門出兵とか、今は肯定的な評価なの? そもそも山本は首相向きじゃない。海軍の軍政に徹した方が良かった 伊藤博文は山本を高く評価して、自らの後継者の一人と目していた。
第一次内閣も、シーメンス事件までは、尾崎行雄も攻めあぐねていたくらい上手く行っていた。 あと山本と斎藤が目を付けられてたのは
艦隊勤務の年数が少なかったことにも原因がある
加藤寛治、伏見宮、東郷平八郎は同じ釜の飯を食った仲間みたいなもん
晩年は有害以外の何者でもなかったけど
東郷だって担ぎ上げられた部分はあるけど担ぎ上げられた方にも問題はある まぁ現場経験、軍政面のトータルで一番なのは加藤友三郎だろうな。
欠点は体が弱かったこと 山本と東郷は大正以降は個人的な付き合いは無かったと思われる。
昭和の東郷は老害そのもので第3次山本内閣妨害に関与している。
かつての恩人なのに。
まぁほとんど軍政畑の山本と現場勤務の東郷じゃいずれ衝突していたと思うけど。 >>165
山本じゃ無きゃ日高かな。
かといって東郷は引退間近だったという通説は
間違ってるけど 3回目はどうやっても無かったでしょう。
犬養の後、若槻も山本推しだったみたいだけど、肝心の元老西園寺が山本の復権にずっと否定的だったし、本人もやる気ないと思う。 西園寺は艦隊派と結託して組閣妨害したんだよ
わざわざ東郷に聞きに行ってるし
無責任男の公家がよくやるやり方 その時も東郷は山本だけは反対して若槻か斎藤実を推薦したとされてるが
理由は描かれていない。 というか山本と東郷が軍縮を巡って対立したというソースが見当たらないのだが
そもそも晩年は付き合い無かっただろ ロンドン軍縮から帰国した財部、若槻を東京駅で迎えてる写真がある
浜口、山本、東郷の3人 東郷と山本の関係ならシーメンス事件の山本の対応で東郷が失望したとされている。
東郷が説得したけど山本が予備を受け入れた。
東郷からすれば頭が上がらない恩人だったのにこんなことで海軍から引退するとは
呆れたという心境だろう。 あと、犬養後の後継内閣の際に山本だけは困ると言ったのは牧野伸顕日記から見ても
事実だろうがシーメンスの件も知っていた東郷からすれば山本にやる気が無いのは
わかっていただろうし晩年を汚されるのを阻止したというのが実情だろう。
半分呆れ半分擁護という感じ 海軍反省会なんて形だけで無責任な軍人が集まってあれこれ言ってる時点で
当事者意識ないんだろう。
で、既に亡くなっていた山本権兵衛だの東郷だのに責任を押しつける
井上成美もその1人 東郷は財部にカカアを連れていくなボケと激怒したが
同じ事を斎藤実がやったら東郷は何も言わなかった。
財部なんて所詮その程度。こんなのが東郷を説得できるわけがない。
もちろん東郷にも軍拡に対する道義的責任はある。
そして財部に縁故人事を行った山本にも責任ある 山本と加藤友三郎は英米の傀儡
特に山本と松方の関係を見ればすぐにわかる 山本と加藤とじゃ立ち位置違うだろ。
88艦隊計画増進して対アメリカ戦意識した山本が
協調路線とか意味不明。 神兵隊事件でも暗殺の対象になってて草。
影響力あったんじゃねぇか晩年も 医者に止められててもウイスキーのロックがぶ飲みじゃ
そりゃ死ぬわ加藤さん。それだけストレスがものすごかったんだろうけど シーメンスの時も虎ノ門の時も辞める必要全くなかった件。
実際元老と天皇(虎ノ門の時は摂政宮)に引き留められてるし 第一次の時は予算案否決されたし、原敬政友会にも見限られた。 大量リストラツケが後のシーメンス事件に繋がった
反山本派は実戦経験豊富な連中ばかりだったから
でもお前実戦経験ないじゃんで権兵衛何も言えずみたいな だからぁ実戦経験豊富な世代って西郷弟とか川村純義の世代だっての
あとは下っ端だからどっこいどっこい。もちろん山本も戊辰戦争の時は下っ端。
だからといってついてまわって行っただけとか言ってる奴には賛同は全くしないけど。
いくら戊辰戦争で活躍したとしても近代戦での武器の使い方が素人だと役に立たないの。
だから山本はリストラしたわけ。
東郷は国際法も熟知して上からの命令にも従順だから(ここは軍人として一番大事)
山本は評価しただけの話。 下っ端だったかもしれないけど戊辰戦争の時やドイツ留学(対ニカラグアとの戦争の
際に従軍する予定だったエピソードなど)、艦隊勤務時代、
大量リストラの経緯をもっと知りたい あ、長南さんが山本について描いた本があるらしいがAmazonや楽天では
ないみたいだ リストラされた将官に関しては、ツィッターで取り上げている方がいますね。 知ってるけどあの人山本は実戦経験ないとか言っててはぁ?と思ったので
信用してない。ホントに元自衛官だったのかってぐらい稚拙。悪いけど 本人は清廉潔白で人格者で軍人としても政治家としても(運が無かったけど)
有能だったけど息子は馬鹿、娘婿と甥は無能、娘の教育は失敗という 次女は気立てが良くて、料理好きの理想の母的なイメージだけど。 山本権兵衛は職を賭して意見を通すという、癖というかテクがあった 自分を辞めさせられないという状況を逆手に取った技で凡白がやるとあっさり辞表を受け取ってお疲れ様となる高等テクニック
これを学んだのが直弟子筋の斎藤実
そしてさらに山本五十六へと受け継がれていく 下らない伝統だな。晩年の東郷とどっこいどっこいだぜ 山本と斉藤の欠点は艦隊勤務や実戦経験が乏しかった
東郷の欠点は実戦経験や艦隊勤務経験は申し分なかったが中央勤務経験が
乏しくその素質はゼロどころかマイナス
結局両方兼ね備えてた加藤友三郎が文句なしと言うことになる 秋山弟は八代についたから山本のことは嫌ってたんだな >>1
政治力あったか?最終的には原にも見捨てられてたし
桂を恫喝したせいで西園寺には徹底して嫌われたし
山縣には及ばなかったし
海軍大臣としては文句なしだけど
首相には向いてなかったな >>202
海軍軍人としては実戦経験はないということ。
だから大量リストラの際にもの凄い反発があったし
後に響いた。 西園寺は山本権兵衛の元老の可能性を握りつぶした屑
元老の立場からでも東郷や伏見宮の暴走を阻止することは可能だった 大体山本の扱いがショボいな。死後元帥にするべきだったし
なんなら特例で首相時に元帥にするべきだった。
あの大量リストラがあったからこそ日露戦を戦うことが出来た。
陸戦ならともかく戊辰や西南で軍功がいくらあったとしても海戦なら素人ばかり 東郷については今まで指摘されているけど
あれだけ軍人は政治に関与すべきではないをモットーとしていた軍神が
無能ゴキブリ共に担ぎ上げられた時点で老害になった
が、東郷本人の軍拡の考え自体は別に間違ってはいない。
現場上がりの軍人なら仕方の無いことだろう。
元帥という立場で政治に関与したことが大問題だったのだ。 あとは小笠原とかいう無能の小判鮫が居たこともマイナス
小笠原という男は226の黒幕。これでどんな人間かわかるだろう >>212
西園寺が個人的に嫌っていたから山本を元老にしなかったのではなく
牧野との権力争いがあったため。
牧野は山本を元老にしようとしていた。
山本は権力争いに巻き込まれるのはわかっていたから
枢密院就任も断った。
木戸もそうだけど西園寺や牧野みたいな天皇を
操れる地位にいる連中はこんなもん。
こいつらが敗戦に至るレールを作った 憲政の常道を終わらせたのも西園寺だしな
しかもテロに屈する形で そもそも条約派艦隊派自体それほど違いは無いしもっと言うと
個々の軍人で判断していく必要があるな。
それらは単なるポジショントークでしかない。
戦後に新名あたりが井上成美にインタビューして大袈裟にさせた。
井上なんて教育者としては立派かもしれんが責任逃れしたともとれる 井上や石原みたいなのを防衛大で神格化してること自体
あぁ今の日本なんだなと。こりゃ自分の国を守れないと 陸主海従から陸海を対等にさせて日露後に元に戻さなかった弊害がその後の
大東亜戦争敗戦の一つの原因に繋がった。そのことについて山本権兵衛の
責任を指摘する言論人はいない。
元に戻す考えは児玉にはあったようだが 統合参謀本部を消滅させた権兵衛さん
海軍のことだけしか考えてこなかったツケだね こいつもそうだけど責任逃れする海軍軍人多すぎ
東郷も晩年は馬鹿だけど責任逃れすることは無かったしな
東郷と加藤友三郎ぐらいだろ。責任感あるの 東郷はその責任感が晩年悪い意味で作用したけどね。
井上元帥みたいにというわけにはいかなかったのが悔やまれる
伊牟田伸一という陸軍研究の人が言うには山本が晩年政治の世界からすんなり引退したのは
陸主海従対等の件で責任を感じていたかららしいな >>223
山本のどこが責任逃れなんだ?
軍縮会議の際も自分はその立場に無いと
言ったのだから潔いだろ
当然立場上財部も支持してないし
むしろ東郷が強力な支持者だった 加藤友三郎もどうしても対米戦を避けるというわけではなくて
今そのときじゃないという考え方 某財部信者のブログ見苦しいな
あんなのが条約派信者とはね >>228
財部が無能だったと言うことを
再認識してくれる良いブログじゃないかw
要するに東郷どうこうじゃなく財部の根回しが
下手糞だからあんな結果になったんだろ
当初は東郷は(伏見宮もだが)政府が決めたことだから
口出しする権限はないととどめたのだからな
加藤友三郎の時は井上も東郷も異論出ずだった 大体井上成美もそうだけど戦後になってやれ東郷がー、伏見宮がーじゃねぇんだよ。
責任逃れなんだよこいつら。新名あたりとつるんで言いたいこと言うだけ
山梨みたいにフラットに判断するやつじゃないな井上は 東郷の問題は元帥の立場を超えて直接陛下に奏上するなどという行為を
やろうとしたのが問題である。財部がゴミだったのを考慮しても。 ワシントンにしてもロンドンにしても6割ではダメ7割ないと国防に責任が持てぬとか実際のところそんなわけはない 国内向けのアピールにすぎない
ワシントンで7割だったとしたら土佐と摂津が残る だったらこれで勝てるのか この2艦がなきゃ負けるのか ロンドンなど重巡7割なんてたかが2隻分のトン数 こんなギリギリで勝負が決まるとか海軍の対米戦の考えがいかに日本海海戦から一歩も出ていない机上ゲームだったかが伺える
自分達でもそれを信じているわけではない 足らぬ足らぬは工夫が足らぬ 艦隊派は勝てる知恵を出すべきところをただただ政争の具としているから国防そっちのけで統帥権がどうだの国体明徴がどうのとか政治ごっこにふけるのである くだらないメンツのためのコップの中の嵐 山本も役人と変わらんよ。その弟子の斉藤も。陸軍憎しの予算の取り合い。
条約派艦隊派どうこうじゃない。どちらも予算が欲しいだけの茶番劇。
ロンドン軍縮とかそう。
あと東郷のせいで艦隊決戦に固執したなんて言われるが東郷自身は航空戦の時代
と認識していたし航空機に興味津々だった。秋山真之もそう。 >>229
あのブログは人間関係がメインだから
如何にも女が好きそうな感じの
だから戦略上どうとか実戦がどうとかは小学生レベル。
なので山梨がそのままなら歴史は変わっていたなんて
トンデモ内容だからな まぁそれはいいとして山梨勝之進の回想録で山本権兵衛が諸事情で海軍次官にしたが
斎藤実を連合艦隊司令長官にしたがってた話は初めて知った。 そもそもそんなにロンドン軍縮会議って重要か?
艦隊派を悪く言う口実を作り上げてるに過ぎないだろ 会議の決定事項より派生した統帥権干犯問題の方がはるかに重要だろう 実質的な戦力としては大した譲ったわけでもない
政友会が政府打倒の政争の具にしたのが最悪で犬養は自分で自分の首を絞めた
犬養や鳩山はもっと糾弾されてもいい 艦隊派は何がしたいのかよくわからない
対英米比7割無ければ国防が保てない だから条約から脱退だ
じゃあ脱退して無条約になれば当然建艦競争が始まる
日本の国家財政は現状の海軍力でさえギリギリで経済力で遥かに上のアメリカが対抗すればあっという間に水が開けられる そうなったらどうするのか という事に全く答えていない
現実に無条約化した後敗戦まで日本はせっせと建艦したがそれはアメリカが建造した艦の半分にも満たなかった 本当。権兵衛は子育てに失敗したな。怒らない教育だったから悪い方に作用した 山梨勝之進が東郷について語ったのが全て。
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