ただ、管理者というのは定期的に信任を通過しているのが望ましいというかつてのひさぎ氏の私論のように
やっておいて無駄はないという考え方もあるわけですよね
これは裏を返せば辞めるべき管理者が一定数いるとみなされ、潔く解任動議を前提としたコメント依頼を出し
まな板の上に乗れっていう一種の脅迫に動じるかなんて見方もありますね
しかしながら、ひさぎ氏は最近Tomosるの件で深い意味はないんだって否定していたりします