久しぶりに風が止んだ朝、老人は子供たちを外に連れ出した。いつもなら煩い程にまとわりつく風が、今日は、僅かに岩の間に生える丈の高い草を、揺ら揺らとゆするだけの、おとなしい風になっていた。
 老人は子供たちを呼んで、これから「魚」を獲りに行くぞと告げた。久しぶりに漁に連れて行ってもらえるとあって、子供達は皆大はしゃぎだ。急いで身仕度を整えると、老人の後を付いていった。
 岩だらけの埃っぽい大地を通り過ぎ、暫く進むと丈の短い草と、一見枯れているように見える潅木が疎らに生える、平らな土地に出た。
 そこから朝日に向かって数キロ行った、岩山と草原の境の辺りに、わずかに流れる細い小川と、所々に溜まっている水たまりのような池のある場所が目的地だ。老人と子供たちは、これからここで魚を”狩る”のである。
 あの最悪の終末の時『壁の消失』以来、この星の自然環境は、それまでと全く変わってしまった。地表の70%を覆い、星を生命の輝きで満たしていた海はその姿を変え、赤い土埃の舞う地上から見上げた人々の、遥か頭上をゆっくりと漂っていた。
 地上で緑を育み、動物たちに生きる潤いを与え、人々の糧となる小さき命を育てる胎なる池や川の多くは、地上から姿を隠して地下に潜っていた。その為、多くの人々は僅かな水を得る為に、昔では考えられない努力を必要とされていた。