【千両箱】埋蔵金発掘が趣味の人【9箱目】
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前スレ 【千両箱】埋蔵金発掘が趣味の人【8箱目】
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/hobby/1511435129/
古今東西埋蔵金の話ならなんでも結構です。
ただし、「my雑巾」は禁止します。
※皆さんの自由闊達で、活発そして想像力豊かな書き込みをしてください。
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@埋蔵金の本質から地域・人物等に迷惑がかかる場合があるので、人名・固有名詞等の記述は慎重に 165さんの書き込みがないけどフィリピンで囚われの身なのかな?
とても気になります!! アメリカの大学で公開している、明治時代の地図。
赤城山周囲の地図を見ると、一本松の箇所が記載されている。
(パソコンで見たほうが良いかも。)
https://stanford.maps.arcgis.com/apps/SimpleViewer/index.html?appid
=733446cc5a314ddf85c59ecc10321b41 日本最古の全国地図が見つかったってニュースでやってた 反りたて! 男の自信
梅雨が明ければ、我々の季節だ!
みなさん、頑張ろう! 結果は必ず付いてくる。 お久しぶりです。
多忙でなかなか書き込めなくて申し訳ございませんです。
過去をさかのぼって
中久喜好きさん頑張っていますね! 今も昔もピンポイントで探したいものです。
さて、フィリピンですが、山下財宝の地図は、土産物屋で売っているレベルなそうです。
また、日本人が地図を片手に歩くのは危険だそうです。
昔、「歴史の闇から蘇る旧日本軍の財宝」さんのブログを楽しみに見ていました。
歴史的時系列からいうと、山下大将が財宝を隠す余裕はなかったんですが、その辺は無視されていますよね。
タイのは、現地ニュースを見ますと、フェイクニュースとして取り扱われていますね。
タイは、一時期日本と手を組んでしましたが、途中で寝返っていますので、これまた難しいです。
>>288さんが言っている松は、羽端の松のことですね。
当時、埼玉県本庄市からも見えてたそうで、3本あったそうですが枯死しています。
ちなみにアメ公に頼らなくても、今昔マップで見ることができますし、古地図は今でも手に入ります。 例年より早く梅雨が明けました。
ということは探索できる期間も長くなるということです。
そういえば、埋蔵金伝説がある長楽寺の池が枯れたそうで見に行きたいのですが、
この猛暑の中でヘルメットをかぶる気が無くて足踏みしています。
この長楽寺には赤城山(私のサイト参照)があるのと、となりに天海が住職を務めた世良田東照宮があります。
そして、枯れた池には竜の伝説があり、また過去に境内の築山で地中レーダに反応があったなど、
埋蔵金の候補地としては役満なんですが、いまいち盛り上がらない場所です。
TBSあたりが池に地中レーダをかけてくれると面白そうなんですがね。
お時間がある方は見に行ってみてください。 >>302-303
おつ
梅雨は明けたけど大雨なので気を付けてね 人手が必要な発掘をするのですか?
毎週参加や週末以外も参加必須など条件はありますか?場所はグンマーなのかな?
興味はありますが、条件が心配なので詳細の発表をお願いします! 興味があるなら何日も時間がかかるわけじゃないから過去板見てみるのが
良いと思いますけど。 教えて君ってバッシングされますよ。 165さん、ここらでいっちょうやりますか!
赤城ですか? 武田ですか? >>314
最近も募集していましたっけ。前箱では募集はなかったと思います。
それにしても続報がありませんね。連休に向けてかもしれないと期待していたのですが。モノがモノだけにグループ内でメンバー募集はもっと慎重に!など反対があったりして? お、おう。お仕事頑張って!
連休はどこいっても混んでるよ。代わりに平日休みの方が楽しめるよ、たぶん。 ありがと!明日は休みになったよ!
でも疲れたから家でゆっくりかなー おはようございます。
続報というか近況から
停滞しています。
1.近況
(1)赤城
地権者との話し合いが難点。掘るのにお金がかかる。
(2)山梨
@龍喰
調査報告待ちだが、調査進まず。
A金山跡
あからさまに露天掘りの跡があるため、ワクワク感がなく手付かず。
人数さえそろえば瓦礫を撤去できるので、全容はわかるだろうが複数個所あるのが難点
2.その他
@コインシューティング
秋口に海水浴場でのコインシューティングを予定
金属探知機が必要。
探知の反応は値段に比例しないが、ハンディタイプ不可。
A埋蔵金巡り
観光目的で埋蔵金伝説(候補地)を訪ねる。 前箱の募集はウソですね。応募のメールは来ていません。
中久喜好きさんとメールのやり取りをしています。
閉鎖的な活動はしていませんので、皆さんも気軽にメールください。
中久喜好きさん!「金山」見学したいです。堀跡が見たいです。
お金がかからないのは山梨なんだよね。
だけど、龍喰は、壁外調査兵団並みに過酷で、耐えうるメンバーが不足していて
長距離索敵陣形がとれないので延び延び。私には無理。
停滞しつつも、情報発信や細々と調査できているのはウチだけですかね?
メジャーなところは、からみもありません。二代目さんとこはどうなんでしょ? 問題としては、たとえば、埋蔵金とつながりがあるとされている長楽寺の池ですが、
枯れている間にかい堀が了承された場合、埋蔵金が沈んでいる確証が0の中、
ここに念のため掘りたいという人がどれだけいるかです。
もちろん無給で、宿泊交通費は自腹です。 165さん近状ありがとうございます。
新メンバー募集というのは近状報告からすると、龍ばみ調査メンバーが不足してるから。と言うことですか?
それから、条件などの詳細は165さんにメールで問い合わせということなのでしょうか? >>324さん
>>320を見て、何がやりたいですか?
特にどのジャンルで人が不足しているというわけではありません。
少数で活動していますので、例えば山梨の鉱山跡を探索にといっても、
鉱山跡は私ともう1名の2名でやっていますので二人の予定が合わないと行かないのです。
3名になれば、私と324さんもしくは、もう1名と324さんといった具合に機会が増えるのかなと思っているしだいです。
もちろん、ウチの企画からのだけではなく、提案していただいてもかまいません。 いやいや 100%遊びなんですけど
競技人口が少ないっていうのは、チャンスではあるんですが、やっぱさみしいですよね。 そういえば、長楽寺の池の話を書いていませんでしたね。
先日見に行ってきたのですが、もうカラッカラに干上がっていました。
水の跡を見るに、深さ1m強といったところでしょうか。
この池は、そこが竜宮につながっていて、何か必要なものがあればその品名を紙に書いていけに投げ込めば
渦を巻いてその紙を吸い込み、やがて忽然とその品物が浮上してくると云われていた。
寺の坊主が、千畳張りの蚊帳を借りたが、もったいなくて返さなかったところ、
それ以来、紙を投げ込んでも異変は起こらなかったそうです。
これは、椀貸し伝説の長楽寺版と言ったところでしょうか。
一般的な椀貸し伝説の多くは貸し先が不明です。長楽寺版では竜宮と具体的です。
次に借りてが具体的で、寺の僧となっているのも具体的です。
中身は一般的な借りたものを返さなくて次に借りられないですね。
このような怪談話があるということは、昔から人を寄せ付けないよう何かがあったのかもしれません。
もちろん、池ですから、深夜うろうろしていて溺死されても困るからという見方が強いかと思いますが、
長楽寺には古墳がありますので、古墳の盗掘を避けるために流布された話かもしれません。 つづき
しかし、残念ながら、昭和44年に護岸工事
昭和57年に浚渫工事(しゅんせつこうじ)(水底をさらって土砂などを取り除くこと)をしていました。
最近TVで出てくる掻い掘りですね。
当時、どこまで掘ったのかは不明ですが、浚渫時は泥ですから、今のようにガッチリ掘れるタイミングではなかったかと思います。
金属探知機を当てながら掘っていくのも面白いかもしれません。 ごめんよ。
群馬県太田市世良田町にある長楽寺です。
世良田は、徳川家(新田)発祥の地です。
長楽寺の隣は世良田東照宮で、東照宮なので徳川家が関係しています。
世良田東照宮は、埋蔵金でおなじみ天海が住職を務めた格式がある神社です。
寛永16年(1639)天海大僧正は徳川家康公から御下命されていた長楽寺を臨済宗から天台宗へ改宗復興。
三代将軍家光公は先祖の遺徳と当地方の守護神として、二代将軍秀忠公造営の日光東照宮奥社(神廟=多宝塔 ・唐門・拝殿)を移築
元々長楽寺と世良田東照宮とは一緒だったのですが、神仏分離(明治維新の政策)で二つに分かれてしまいました。
長楽寺には赤城山(古墳)があったり、過去のテレビ番組で、本堂裏の地中に空洞らしきものがあるなど、
一時期脚光を浴びたのですが、今は静かにたたずんでいます。 年々厳しくなってくね
春秋は季節消滅しかかってるし ははは…
さては、私の師匠から何か連絡が有ったのかな?
(※N氏のことを初対面から私は、師匠と呼んでいます) メールが来て返信しておきましたので確認してみてください。 了解しました!
いつか会いたいですね。
その機会を待ちます。 明日、真夏の赤城西麓にて磁気探査します。
死ぬほど暑いので、秘密裏に成功できると思います。
帰りに、見晴らしの湯でひとっ風呂あびて帰ります。
こんな暑い日誰も探索していないよね。
赤城西麓、がんばるぞ! 二代目!いつかってw
近々会いたいから連絡してきたんとちゃうんかいw
おいしいたこ焼きごちそうしてくれたらいつでもいくで〜
お!磁気探査楽しそうですね。
赤土の特性をすり抜けられるかしら?
赤城もしばらく行ってないなあ >>353 「磁気探査」とは?
どういう探査方法ですか?
そして、確率は? (※発見の正確度的な見解は) 真夏の赤城行って来ました。高速の社外温度は40度でしたが、お山は35度。
やはり、すれ違う車もなく、ましてや人もいません。いたのは野生のシカでした。
草は伸び放題で、暑さよりも虫が凄かった。特にアブには難儀しました。
さて、磁気探査ですが、成功確率は掘ってみないと分かりませんね。
そこの帯びている磁気の違いを測るもので、磁力計の一種です。 赤城の土はすでに磁気を帯びているので向かないのではないかと懸念していましたが、あらかじめ、何度か普通の土地でデータをとっていたのと変わりませんでした。
バランスを何度もとりながらというのは、他の金探と同じですね。こんな暑い日にと思うでしょうが、土地がカラカラに乾いている時にやってみたかったのです。
結果は、200m×200m位の所に一か所だけ何度やっても強い反応(金属を示す赤い印)が3m×3mにわたって出る所がありました。そこを金探でもしたかったのですが、山歩きと調査で体力の限界が来てしまい、できませんせした。
帰宅後体重を測ったら3kg減っていて、日頃ビール漬けの体には、ちょうど良いトレーニングになりました。 お〜他の土で研究してから挑んだとは本格ですね。
あとは、赤土層と黒土層の遊水帯の判別でしょうか。
暑い中お疲れさまでした。 335>
世良田の下に徳川町と言うのがあり
明治には徳川東照宮があり現在⇒満徳寺
↓明治初期の地図
http://habs.dc.affrc.go.jp/habs_map.html 世良田東照宮と徳川東照宮は別です、300〜500mぐらいはなれています 調べて見ました。ありそうですね!⇒
徳川満徳寺(まんとくじ)は、江戸時代に鎌倉東慶寺(とうけいじ)と並んで女性を救済するという縁切りの特権を認められた尼寺です。
満徳寺の由緒書等によれば、鎌倉時代、徳川氏の祖新田(世良田・徳川)義季(よしすえ)を開基とし、
義季の娘浄念比丘尼(じょうねんびくに)を開山として創建されたと伝えられます。代々の住職は新田氏一族の子女が住持となりました。
新田氏の衰退と共に荒廃していきましたが、天正19年(1591)徳川家康より徳川郷内に朱印地(しゅいんち)100石を拝領し、
衰退していた寺を復興させました。大阪夏の陣(1615)の後、2代将軍徳川秀忠の娘千姫が豊臣家と縁を切るために入寺
(実際は待女が入寺)し、離婚後再婚した例にならい、縁切寺法の特権が幕府に容認されたと伝えられます。
明治5年(1872)廃寺となりました。現在、縁切寺満徳寺遺跡公園として、本堂・門・庭園等を復元し、資料館を開設して一般公開をしています。 >>361さん 正解です。
徳川寺に関しては、お書きのように後から付けた部分が多く、ノーマークでいいかと思います。
そして徳川寺より川沿いにに赤城神社があります。
しかし、この赤城神社は、もっと川岸にあったのですが、流出してしまい現在の位置に再建されました。
すべてが新しいのですが、お祭りがいまでも続いており、流出前の信仰が今でも息づいています。
世良田に関しては、長楽寺の赤城山、東照宮、そして赤城神社等徳川埋蔵金のワードがそろっている場所でもあります。 今回、長楽寺の干上がった池を掘りたいと書きましたが、それなりに考えるところがあります。
長楽寺を訪れるとわかるのですが、あちこち小型重機で掘ってあります。
>>339で書きましたが、過去に空洞らしきものがあることが調査で判明しています。
その調査の精度は不明ですが、調査に影響されて掘っている可能性があります。
まあ住職に直接聞いたわけではありませんが。
もし、山っ気がある住職であれば、無給で池を掘りたいと申し出れば許可していただける可能性があるわけです。
怪談がある池で、徳川関連の地であれば、モノが出なくてもワクワクするといった寸法です。 ご丁寧にありがとうございます。埋蔵金発掘が趣味の人たまに覗いてました。
自分もお寺か神社に分割してあると思います。
日本人は信心深いですから浅い場所に埋めても掘り起こさないですものね。
龍バミもどんなところか見に行きましたが明治の北朝鮮のようなはげ山の写真を見て
その時に見つかってかなって、今は木がぼうぼうだし熊の糞もあったし・・・
山奥とか洞窟とかは赤城山のように軍が大人数で掘り返して軍資金にしてしまったのでは? >>364さん 聡明な見識恐れ入ります。
龍喰は、お話のとおりハゲ山で、364さんと同じように感じました。
しかし、よくよく調べてみると、伐採を逃れた地帯があることがわかりました。
現在そこを調査中で、その地帯周辺で鉱山跡と思しき場所を発見しました。
もうすでに無いかもしれませんが、ここでよく論議していた「無いなら無い証拠」を見つけなければなりませんので、
その作業をコツコツやっているのですが、
連絡をくれない二代目が「ある」とおっしゃっているので困惑していますw 流石です、新発見を期待いたします、初めていろいろやり取りできたので是非に
聞きたいことがあるのですが、ドキメントで戦地へ向かう事になった学生がその前に
金峰山目指して登山して途中道に迷い一晩洞窟で泊り朝日が差し込んだ時周りに
鎧があり下に木箱に入った金の延べ棒を発見して10本ずつ持ち帰り
一人は亡くなり一人は山中で工事関係者に助けられてその時
延べ棒を重くて捨てて最後の一本だけ持っていた話をご存知だと思いますが
うそですかね?そのような洞窟がもし口を開けていればすぐに林業関係者に
発見されると思うのですが、、、 歴史好きさん
そのお話は有名ですが、ほとんど書物には書かれていません。
今パッと思い出せるのは、加門七海の黄金結界ぐらいでしょうか。
一度検証したことがあるので、忘れてしまっているだけかもしれません。
一度、話にあるルートを検証したことがあるのですが、意外に可能性がありました。
可能性とは、鉱山師(工事関係者ではない)と出会った点です。
その後、東大の学生(当事者)、大学教授らが捜したなどのキーワードがありますので、記録が見つかれば事実だったのではないしょうか。
山中を歩くと光の加減で浅い窪地が洞穴のように見えたりします。
そんなところが数多くあるわけですから、埋蔵金探しをする人でなければいちいち覗いたりしないのではないかと思います。 歴史好きさん 里山とか山中の城跡とかを訪ね歩くのが趣味の者です。
山の中の地形は、意外と変わりやすいものです。城跡とかを訪問しても、
井戸跡とか、武者隠しのくぼ地とかは時の流れによって埋もれてしまった箇所
も多々見受けられます。洞窟等も、入り口が埋まってしまっていたり、昔は人が
自由に出入りできたところが、小さな穴になってしまったりとか、、 過ごしやすい秋がやってきました!
みなさんのこの夏の成果は…
酷暑や災害で無理かな? 暑さも和らぎ、皆様におかれましてはますますご盛栄のことかと思います。
だいぶさみしくなっていますので少々。
埋蔵金伝説の中に黄金のニワトリ(時にはつがい)を埋めてある伝説があります。
朝、鳴くなど、奇怪な伝承すらあるものもあります。
皆様がもつ、この黄金のニワトリのイメージは?宇治の平等院の屋根の鳳凰ののようなイメージですか?
わざわざ埋めるのですから、美術品の価値が高そうなフォルムをイメージしがちかもしれません。
実は、黄金のニワトリが見つかった事例があるのです。
見つかった場所は、宮城県栗原市金成
ここの金成には、炭焼き藤太伝説があります。炭焼き藤太については記録もあり、どうやら実在の人物のようです。
炭焼き藤太の話は、全国にある炭焼き話とほぼ同じです。
この藤太が長者になった後、同地の鶏坂に黄金のニワトリを埋めたという伝承が残っていました。
1818年、この坂を直していると、炭の中から黄金のニワトリのつがいが発見されました。
この黄金のニワトリは現存しており、雄は尾までの長さ7.5cm 高さ3cm、雌は尾までの長さ6.3cm 高さ3cm
雄には「神」雌には「山」という文字があります。
検索すれば、黄金?のニワトリの画像を見ることができますのでお探しください。
埋蔵金?の伝承があり、たまたま合致するニワトリが見つかった事例としてご紹介しました。 165さん
黄金の鶏見ました😙自分の思い描いていたのと若干違いましたが🐔しかし実際に発見されているのを知りませんでした。貴重な情報感謝です(^_^ゞ 赤城や武田、今まで色々な方々が書き込んでくれたのに…
みんな疲れたのかな?
165さん、よろしくお願いします。 とあるブログに、場所は非公開でしたが、
40年ほど前、庭に池を作ろうと掘っていると、油紙で封をされた壺が出てきたそうです。
伝承などがないため、封を開けるのが怖くなり、そのまま池の底に沈めてあるそうです。
伝承があれば封を開ける気にはなるでしょうが、ブログにも人骨だったかもしれないと書いてあります。
日本人は、信心深いのか水木しげるの罠なのか、この手の得体のしれないものを忌み嫌います。
特に封をされているとなると、さらに手が出しづらい。
埋蔵金探しも難しいですね。 165さん、ありがとうございます。(※困ったときの165氏ですな!) Amazonの埋蔵金本を見てたらサヤサヤさんのレビューがいたるところに
サヤサヤさんどうしてるのかなあ ノルウェー、エストフォル県に広がるのどかな農村地帯には、数世紀前の秘密が隠されていた。船葬墓が新たに見つかった。
高解像度の地中探知レーダーによって、そこにバイキングの墓が隠されていることが明らかになったのである。
バイキングには船を棺として用いる船葬墓の習慣があったことが知られている。
これまでも船葬墓はいくつも発見されてきたが、保存状態の優れたものとなれば珍しい。
https://niku.no/en/2018/10/georadar-detects-a-viking-ship-in-norway/
過去にバイキングの墓から、多くの副葬品が見つかっている。
今回の船葬墓にも副葬がも一緒に葬られている可能性は高い。
歴史的価値も相当なものだろう。
私が歩く限りだが、未発掘、未登録の古墳らしきものを多く見かける。
考古学の教授でもない私が、市に掛け合っても調査も掘らせてもらえないだろう。
熱心に掛け合えば掘らせてもらえるのだろうか?
教育委員会等は、話だけ聞いて自分たちで調査、掘るのではないか?
一旦、教育委員会が絡めば、埋蔵金の分け前すらもらえない。
工事途中にたまたま発見される埋蔵金は、国や市の網目を抜けるための手段ではないのだろうか。
埋蔵金というのは、そうしたジレンマの中に埋もれている気がする。 埋蔵金で説の多くに古墳が関係している。
朝日さす夕日輝くがそれだ。
古墳とまではいわないが、こんもりとした墓である可能性は高い。
古墳は今でこそ貴重な遺物だが、石田三成の忍城攻めのように古墳を切り崩したり(石田堤)と、
昔は、古代の墓程度に扱われ、消えていった古墳も多く存在する。
以前、徳川埋蔵金を調査していると古墳に当たると書いた。
原点に返れば、赤城山の伝説のように、更地にわざわざ新たに穴を垂直に掘る必要があるのか?
更地の縦穴を掘り返すのも容易ではない。
古墳の当初は、横穴式埋葬だったが、その手間から竪穴式石室に代わっているほどだ。
古墳には、しっかりとした石室がある。
この縦穴石室を利用すれば、埋蔵するのは容易だと思う。
となれば、俗に赤城山の山中に、わざわざ新たに縦穴をほるより、
古墳とまではいわないが何らかの墓跡に埋めた可能性は高くなる。
それが、水野智之氏が著書に書いている、児玉老人が探してたという五輪塔だ。 五輪塔は、墓である。(塔婆も五輪塔を模している)
五輪塔の構造は、下から地・水・火・風・空を表し、これこそまさに風水であり、八問遁甲につながる。
五輪塔は墓である。
その下に石室(石棺)がある可能性は非常に高い。
畠山氏の日本の埋蔵金で登場する児玉老人が、五輪の塔を探していたとのことから、
児玉老人は埋蔵金埋蔵の当事者ではなく、水野家より早く、どこかで聞いた話から埋蔵金を探していたひとりとして扱うべきだと思う。
なので新たに登場したライバルとなる水野氏に突然切りつけたりしたのではないか。
余命いくばくもないと悟った児玉老人は、今までの探索結果を大儀兵法秘図書にしたため、水野氏に渡したのではないかと思う。
しかし、私もそうだが、ここだという場所を打ち明けるのには躊躇する。
なので、大儀兵法秘図書のように話をぼかし、あとは自力でという意味で、水野氏に託したのではないだろうか。
大儀兵法秘図書に児玉老人の探索結果が書かれていることになる。 また、「掘りかねる井戸」という言葉も残されている。「かねる」は、できないという意味だ。
直訳するならば、掘れない井戸ということ。
井戸をイメージしてもらいたい。
円形に深くまで崩れないよう石組みがされているのではないか?また、木材で井桁状に補強されているものではないだろうか?
掘り返すのは容易だ。水野家をはじめ、源次郎の井戸を掘り返している。
井戸は元々人が掘ったもので、水が枯渇して埋めたからといって掘れないわけではない。
児玉老人が残した言葉の「掘れない井戸」は、井戸を指しているのではない。墓なのだ。
墓は掘り返したくないというのが日本人の感情だ。児玉老人は墓である五輪塔を探していた。
五輪塔は墓であり供養塔で、その下に石室(石棺)がある可能性は高い。
数メートル下の墓に向けて穴を掘るのは簡単だ。そして墓は信条から暴きづらい。特に五輪塔を崩してまでも掘りづらい。
石室(石棺)であるなら、構造的に井戸に近い。
日本の埋蔵金を持っている人は、P57を見てもらいたい。三枝茂三郎氏の発掘の図面が載っている。
TBSの林修氏の番組を見返してもらいたい。(私のサイトでも見れるよ^^)
三枝氏は、五輪塔方面に向けて横穴を掘っている。
当時の地主が許可してくれなかったので、やむなく五輪塔まで横穴を掘ったかもしれない。
ということは、児玉老人と同じように、五輪塔を探す必要がある。
さて、サヤサヤさんはどう思うかな?w 読み返すと、つくづく日本語が下手だなと思うw
酔っぱらった勢いもあるかもしれないが、本当に下手だw
赤城山に埋もれた五輪塔が数多くあるのを場所も含めすでに把握している。
あとは、銅板と照らし合わせた上で、埋蔵場所かの確認をするだけだ。
埋蔵金を発見する日は近いかもしれない。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています