>>619
1992年10月、通信カラオケJOYSOUND JS-1でエクシングがカラオケに参入したが、権利問題で演歌の定番曲を収録できなかったため、当初想定していたスナックなどのナイト市場ではシェアを伸ばせなかった。
しかしちょうどその頃急増し始めたカラオケボックスは利用者が若年層で、これはほとんど問題にならなかった。
そこでエクシングは重点をこちらに切り替え、通信カラオケの機動性を活かしてJPOPの最新曲を速やかに配信した。
結果としてこれは大成功し、JOYSOUNDのシェアはみるみる上がり、たちまち業界トップシェアとなった。
レーザーディスクを使っており配信が遅かった古参の第一興商と日光堂(BMB)は大慌てで通信カラオケの開発を進めた。
特に第一興商は驚異的な開発スピードで、わずか1年半後の1994年4月に同社初の通信カラオケDAM-6400を発売した(日光堂は1995年3月パイオニアなどと共同開発したBeMAX'sを発売)。
さらに第一興商は社運をかけた猛烈な営業をかけ、1996年初めにJOYSOUNDからトップシェアの座を奪った(以後DAMはずっと業界トップシェア)。
その後USEN傘下となり資金力を得たBMB(元日光堂)が、カラオケから撤退するパイオニアなどのカラオケ事業を吸収した結果、2002年11月JOYSOUNDは業界第三位に転落する。
2004年5月にBMBはUGAを発売するが、上記の理由から業界最多曲数を誇ることになった。
しかしDAMの前にUGAもJOYSOUNDも歯が立たず、ついに2010年、業界第三位のエクシングが自分より上の業界第二位のBMBを吸収することになり、したがってシェアを爆上げした。
このときのシェアはDAM:(JOYSOUND+UGA)=55:45。
今現在のシェアを見ればその後どう推移しているかはわかると思う。