「中におるんやろうが。出てこい」「関東に帰れ」

 北九州市内の集合住宅前で、男たちが大声を上げていた。住んでいたのは、特定危険指定暴力団工藤会対策のために警視庁などから応援派遣された警察官。暴力団風の男たちは毎晩のように集まり、挑発を続けた。

【画像】工藤会の組織図(2016年)

 福岡県暴力団排除条例が施行された2010年ごろから工藤会は、警察への敵意をむき出しにするようになった。警察官が職務質問をすれば、大勢の組員が集まって取り囲んだ。「違法な職質だ」と怒号を浴びせ、インターネットに動画を投稿した。自宅まで尾行された警察官もいる。

 12年4月19日、工藤会幹部と直接話ができる数少ない捜査員だった元警部が銃撃されたことで、対決姿勢は決定的なものとなった。

 日ごろから組員と付き合い、内部情報を入手する−。そんな従来の暴力団捜査は困難になっていた。打つ手が限られる中、県警は、ある捜査手法に望みをかけた。組員らが使用する携帯電話を割り出し、電話のやりとりを聞き出す通信傍受だ。

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 13年1月、東京の通信会社の一室。社員立ち会いの下、「傍受実施班」の捜査員らはヘッドホンをして耳をそばだてた。対象は、元警部銃撃事件に関与した疑いがある組員。証拠隠滅を図るやりとりをするのではないか。そんな狙いで通話を聞いていた。

 「あれがいるのお、1個。名義のないやつが」

 他人名義の携帯電話を準備しようとしているのだろうか。「マシン」「腹九分」といった隠語が飛び交った。「●時●分発」「マフラーをした女の横」。標的にした人物の行動を伝え合うような会話も続いた。

 そして同月28日、福岡市で看護師の女性が切り付けられた。「この事件じゃないか」。捜査員らは裏付けに走った。