お前ら、漢文をどうやって声に出してる?
1.訓読(文中をいちいち上がったり下がったりしながら?) 2.現代中国語読み(発音全部辞書で引きながら?) 3.日本の音読み 4.黙読のみで声に出さない >>1 普通にマジレス。 わかりやすいところは普通話の発音で読んでいく。 外国語を読むときは声に出すかどうかは別として、少なくとも頭の中では音読してる。 ひっかかったら文の構造を考えつつ、ひっかかってるフレーズを 自然と普通話でブツブツ繰り返してる。ああ、ここで区切るのかってわかると 読み方変わったりもするし。 訓読することもあるかもしれないが最近減ってきた。 仏教漢文は振り仮名ついてるやつを読むときは普通話で読みにくい。 お経を聞いたり唱えさせられたりしてそだったからついそっちが出るというのもあると思う。 仏教漢文か。面白い。 カンジザイボーサー をguan zi zai pu sa と覚え直すといいかも。 そもさん(汁麼生) 中国人の知り合いに日本の携帯で中国語メール打つとき 「麼」を打つのに「ま」とか「ば」とか携帯買い換えるたびに要領がかわったの思い出した PCだとMS-IMEが時期によってできたりできなかったりだった「そもさん」だが GoogleIMEだと什麼生に変換できるんだな 今確認した せっぱ!w 仏教漢文は「五種不翻」や翻訳不能なサンスクリット語を 漢訳した民族の漢字音で音写(万葉かなの使い方)している 呉音の経典は呉音でしか読んではならないし 漢音の経典は漢音でしか読んではならない そうでなければサンスクリットの音が失われ。すなわち意味が失われ ただの偽経(要するにゴミ以下)に成り下がる もちろん清朝(満州人)が漢訳した経典なら普通話だけで読むべきであるが そんなものは無い >>245 サンスクリット語勉強したの。 蘇婆訶 そわか svaha 個人的には、不完全な置き換えだと思う。 お経は、呪文みたいだけど、 意味が分かれば、それだけ。 矛盾 矛:意味が分かれば、それだけ。 盾:お経は、呪文みたいだけど なんで矛盾なの。 素人の時は、何のことか分からなかったけど、 お経の癖が分かり、サンスクリット原典の意味と比較することによって、 学問的に把握できるよ。 仏教漢文の読み方の著者から、院生時代指導をうけたよ。 >>246 svaha(サンスクリット) → 蘇婆訶(中国語) → そわか(日本語) 他言語の完全な音写なんて不可能なのに、 二重に音写してるんだから不完全なのは当たり前だ >>245 初学者だよね。音はそれほど重要じゃないでしょ。例えば、法句経も、パーリ、ガンダーリー、BHS では音は違う。 釈尊もそれぞれの地方の言葉で語れといったように、パーリだって翻訳だし。 構文の問題は、翻訳だから仕方がない、忠実な逐語訳とされるチベット訳でも最小限の構文の訂正はなされているし、 西洋語に至っては甚だしい。ただ、日本語の現代語訳はできるだけ、インド語の構文に忠実であってほしいけど。 で、漢訳なんだけど、訳者によるでしょ。個人的には不空三蔵訳はかなり忠実な訳だと思う。玄奘訳は、一般に思われているほど忠実ではない。 寧ろ真諦三蔵の訳の方が忠実に思える。羅什三蔵以前と、宋代以降の訳は概してむちゃくちゃな訳が多い。というのが所見ね。 スレタイから随分はずれてしまった。 規制で時間差、かつ醜くてすまん。 >>237 その唐王朝がすでに辺境の騎馬民族軍事集団を母体にしてるんですけどw >>253 何時から鮮卑(トルコ系白人)が騎馬民族になったの? そういえば、高校で仏教漢文なんて教わったことなかったな。 今の高校の教科書にもない。 >>255 鮮卑がチュルク系だったかモンゴル系だったか、また白人だったか黄色人種だったかは それぞれ定説があるとは言えないけれど、 騎馬民族であったことは定説だよ?どんな本読んだの? >>251 自作自演にも限度があるでしょ? 在るときは自称・普通語で仏典読む者・其れを賞賛する者・ 其れを擁護する者・何故か脳内大学院生活を語り出す者・初学者とレッテル貼りする博学装う者 君、かっこ悪すぎだよ。 他は知らんがオイラは自演なんかしてね〜つ〜の。 嫉妬深いというか、井蛙というか、ネラだよな〜 芸能人が神妙そうな顔して歌ってるが なんかこう、24時間テレビで善意を押し売りされたようないやーな感じがする。 やっぱ日本人なら日本語の音読み(×訓読み)で読むのが楽だわ。 語順通りに読めるし、発音は日本語で知っている音だからなじみやすい。 漢文も現代中国語もこれでスイスイ読めるよ。 現代中国音とか労力が莫大過ぎてコストパフォーマンスが悪いわ。 >>264 >現代中国音とか労力が莫大過ぎてコストパフォーマンスが悪いわ。 同感だな〜。同声調の同音異義語とか多すぎで。 自分も、音読み+訓読みが基本で、時々部分的に中国語で読んでる 。 訓読を素読みで慣れ親しんで。徐々に理解していくのが鉄板でしょう。 唐人へのレクイエムとして漢音で音読みするのも悪くは無い。 中国語だけは駄目だ、屈辱の余り化けて出てくる 声調もなしで音読みなんて抹香くせえ たとえばアクセントもイントネーションも無しでカタカナ発音する英語はカタワのまがいもの 口調も想像せず力点を確認もせずに読めば内容を誤解するに決まってるのに それで満足して英語読んだつもりのやつがコスパとかほざく、それと一緒 ただの怠け心の正当化だろ いくつかある候補から字の「訓」を決めて(特に動詞、形容詞) れっきとした文法機能を持っている助詞の類を「黙字」として無視してる時点で 訓読は「解釈」であり「翻訳術」ではあっても「読み方」とは言えない その不完全さを了解した上で自分は怠け者なんで中国語ができません、仕方ないから訓読だけにしときます、 って言うならまだわかるが、安い出来損ないの民族感情まで持ちだすとかみっともねえw 別に中共が北京語を作ったわけじゃあるまいし、中共支持じゃなくたって、 親米民主派でも国民党支持でも台独派でも北京音で古典読むぐらい普通にやってるわ どんな中国人も嫌いです興味ありませんって言うならもう漢文読むのやめろやw 中国の古代と現代は、中国人が主張するのと全然別の部分も含めて連続している 表層だけなぞった非連続のプロパガンダは聞きあきた、せいぜい話半分だ >>267 俺は英語やラテン語も読めるけど、そこでは徹底的に発音に拘ってるよ。 それでも表音文字だから、そんなに苦労なく正しく発音しながら理解できるようになるんだよね。 しかしそれに比べると、表意文字の漢文は、発音に拘るとあまりにもしんどい。 俺も学生時代は現代中国語読みしてたし、今でも基本的な字は正しい声調で現代中国語読みできるけど、 仕事のある社会人として、趣味としての漢文を読もうとなると、やっぱり限られた時間の中で或る程度の量を読みたいよ。 お前は学生か専門家なんだろうから、現代中国語読み(あるいは上古音とか)に拘ればいいけど、 一般人にまでそんな時間と労力のかかる手法を押し付けるべきじゃないよ。 >安い出来損ないの民族感情まで持ちだすとかみっともねえw >別に中共が北京語を作ったわけじゃあるまいし、中共支持じゃなくたって、 >親米民主派でも国民党支持でも台独派でも北京音で古典読むぐらい普通にやってるわ >どんな中国人も嫌いです興味ありませんって言うならもう漢文読むのやめろやw この辺りは完全に同意。俺もネトウヨ訓読派にはウンザリだな。 >>267 >声調もなしで音読みなんて抹香くせえ 四声と声調は別物だよ 漢語と中国語も全くの別言語 ブリタニカ百科事典は中国八大方言すべてこと細かく説明して 最後に「中国人は漢語話すと自称しているが、違う」と断言している。 何故こんなまわりくどい書き方しているかと言えば 中国人の常套句で「だけど何々方言は漢語の名残多く残している」と煙に巻く論調するので ブリタニカは方言も細かく説明して逃げ道無くしてから一刀両断している >>269 四声は声調だよ。 唐代の音韻学で四声とは平声上声去声入声の4種の声調を指す。 入声が消えて該当する字が平上去のいずれかに移り、 平声が陰平と陽平に別れ、陰平陽平上声去声の4つになったのが 今の官話系方言の「四声」。 あえて言おう、漢語と中国語は同じ言語。 だいいちブリタニカはそんな言い方をしていない。 非連続のプロパガンダのために捏造するな。 言っとくが岡田英弘は中国語なんてろくにやってないぞw 漢文だってちゃんとやってるかどうか怪しいわ。 >>270 辞典ぐらい引いてから物かけよ。 脳内ソースじゃ意味無いよ。 >270 あと「官語」の語源はQuonhua(清人語:満州人語) イタリア人宣教師でもあり言語学の素養もあるMatteo Ricciが 1617年ラテン語の本で(De Christiana expeditione apud Sinas suscepta ab Societate Jesu ) 満州人(清人)が話す言語として紹介したのが始まり 備考:Qinghuaとは書けない(ラテン語はqiで綴る事は無いのでqu) 科挙上がりの官僚(つまり満州人以外)は面白くは無かったのだろう Quonhuaに無理やり「官語」の漢字当てはめてguānhuà と読む無茶な事をした。 言うなれば歴史の捻じ曲げ、これが「官語」の由来。 >>272 それはすでにできていた「官話」という呼び名をラテン語の報告書で紹介した初出っていうだけだろ。 「清」の発音をquonと写すなんてありえねえw 母音が違いすぎる 現代イタリア語の綴りならCin(g)と書くだろうしな それに「官話」は「役人言葉」として普通に解釈できる語構成をしているけど 「清話」は前半がお上の王朝名に従ってて後半が庶民レベルの生活感覚に則っているバランス悪い呼び名 もしかしてhuaの部分がラテン語だと主張したいのかもしれないが、それだとどんな語源になるの? >>271 >>272 お前、自分で何言ってるのか分かってないんじゃないの? 相手を「脳内ソース」って批判した直後に>>272 でトンデモ説を脳内ソースで展開してるし。 De Christiana expeditioneに「Quonhuaとは『清語』の音訳である」って書いてるの? ラテン語でちゃんと引用してみろよ。 >無茶な事をした。 >言うなれば歴史の捻じ曲げ 「無茶」な「歴史の捻じ曲げ」をやってるのはお前。 無理のあるストーリーをでっちあげておいて、その矛盾については「奴らはこんな無茶なことをした」って、ひどい詭弁だな。 お前、もう漢文やめた方がいいよ。 「中国人嫌い」と「漢文好き」とを自分の中で折り合いを付けるために、両者を無理に分離させようとしても無駄。 漢文は中国人の言語だって常識すら認めたくない、だからどんなへ理屈を使ってでも否定する。 痛々しいな…。 >>271 >>272 お前、自分で何言ってるのか分かってないんじゃないの? 相手を「脳内ソース」って批判した直後に>>272 でトンデモ説を脳内ソースで展開してるし。 De Christiana expeditioneに「Quonhuaとは『清語』の音訳である」って書いてるの? ラテン語でちゃんと引用してみろよ。 >無茶な事をした。 >言うなれば歴史の捻じ曲げ 「無茶」な「歴史の捻じ曲げ」をやってるのは% >>271 >>272 お前、自分で何言ってるのか分かってないんじゃないの? 相手を「脳内ソース」って批判した直後に>>272 でトンデモ説を脳内ソースで展開してるし。 De Christiana expeditioneに「Quonhuaとは『清語』の音訳である」って書いてるの? ラテン語でちゃんと引用してみろよ。 >無茶な事をした。 >言うなれば歴史の捻じ曲げ 「無茶」な「歴史の捻じ曲げ」をやってるのはお前。 無理のあるストーリーをでっちあげておいて、その矛盾については「奴らはこんな無茶なことをした」って、ひどい詭弁だな。 お前、もう漢文やめた方がいいよ。 「中国人嫌い」と「漢文好き」とを自分の中で折り合いを付けるために、両者を無理に分離させようとしても無駄。 漢文は中国人の言語だって常識すら認めたくない、だからどんなへ理屈を使ってでも否定する。 痛々しいな…。 >275 Quonhuaが「官語」の語源ということはシナ人自身が認めている。 ラテン語でのqは必ずquの綴りで例外は無い。 ラテン語での本だから綴りは制約をうける、清の音写であると同時に 周りのその他の言語と共通点が無い隔絶した言語なので ラテン語のquo(何処、何処から?)とも引っ掛けた名前 同じ意味合いで、「清話」に音がより近いQUINHUAには出来ない ラテン語で「QUI」カタルーニャ語で「QUIN」は 意味は(誰、誰が)なので、とても間抜けなネーミングになってしまう まだトンデモ話で引っ張るのか 往生際が悪いな。。。 「清」を現代語でピンイン表記すればqingになるが、それは半世紀ちょっと前に ピンイン方案やその前身のいくつかのラテン字化案ができて以後のこと。 中国人自身がそれらを作ってからまだ百年も経っていない。 それ以前に「清」をqの文字で始める発想自体が欧米人にはない。 マテオ・リッチ(1552-1610)の時代に「清」ツィンと「軽」キンが同じようにチンと 発音されていたかどうか怪しいが(山東省の方言では今でも区別する)、 いずれにしても「清」の声母は元々「尖音」で、ツィンではあってもクィンやキンであった時代はない。 さて、Matteo Ricciという綴りでもわかるように、イタリア人はciと書いてチと発音する。 ラテン語の読み書きにおいてもしかり(ciをキではなくチと読む「バチカン式」発音は イタリア以外でも特にカトリック関係で珍しくない)。リッチが「清」をラテン語表記するとしたら、 cinかtsinのように書くことはあっても、Qで始めることはまずないだろう。 欧州諸言語の文字遣いの伝統から見て、Qは口蓋化からも破擦音からも最も「縁遠い」文字であるからだ。 Qをチの音に最初に使ったのは、その伝統と最も無縁な20世紀の中国人なのだ。 >>287 マテオ・リッチ(1552-1610)の時代に「清」ツィンと「軽」キンが同じようにチンと 発音されていたかどうか怪しいが 学会で、発表しなはれ。 怪しい論議は、ききとうない。 >>282 あほか。学会で発表するまでもなく「清」はツィン、「軽」はキンと発音されていた。 それがどちらもチンqing1になったのは清朝期の間と言われている。 そんなもん常識だ。 >>283 qing1になったのは清朝期の間と言われている。 そんなもん常識だ。 言われているから、常識なの。 カールグレンや、加藤常賢・藤堂博士の説によって、あなたは持論を展開しているにすぎない。 Qui captat risus hominum ,famamque dicacis. 訳せるかな。 >>284 あほか。「説」もなにもカールグレンはともかく加藤・藤堂の両者は紹介してるに過ぎない。 清朝期に北京語で尖団の区別がなくなったのは同時代人が気づいている。 乾嘉学派の考証学者も書いているし、満文の対訳辞書もわざわざ新字まで作ってフォローしている。 京劇の役者などはその失われた区別を覚えなければ台詞も唱うことができない。 その常識も踏まえず、概説書を新説提唱と見誤り、通説に則った当然の論破を個人の持説扱いで過小評価。 してるのはおまえさんだ。さて、 >>278 の > Quonhuaが「官語」の語源ということはシナ人自身が認めている。 これのソースは?どう見ても「語源」じゃないだろ。「語源」って意味わかってるか? > リッチが「清」をラテン語表記するとしたら、 > cinかtsinのように書くことはあっても、Qで始めることはまずないだろう。 > 欧州諸言語の文字遣いの伝統から見て、Qは口蓋化からも破擦音からも最も「縁遠い」文字であるからだ。 このあたりに反論してみなよ。「cin」「tsin」に「zin」も加えておこう。どっちみち「quon」はない。 >>284 引用のラテン語はこれまた関係のないただのハッタリ。 >http://www.gospelherald.ca/news/min_1777.htm 聖書翻訳関係の中国人は中華思想に縛られないから、客観的視点で事実を淡々と言う。 「官話就是滿洲話,英文就是“Mandarin”,現為普通話或北京話。」 偉いよね、日本人でも中華崇拝でめくら同然の人がいるのに(自称日本人かもしれないが) >>285 戴震なんて、今の甲骨資料を見ていないし、出土した「孫子」もみていない。 盡信書不如無書 みんなの迷惑だから、 「官話」を議論するというスレッドをキボンヌ。 ここで議論しても無視されるだけだから、外国語のところでスレッドを立てて、 リンクを張ってください。 >>285 言い忘れた。 そこで、熱く語ろう。 再见 >>286 Mandarinは満洲人が漢化していく過程で形成された北方語の一方言だが、それを「満洲話」と呼ぶのは紛らわしい。 満洲族の本来の言語であるManju Gisunをガン無視した呼び名でもあり、感心しない。 彼らはキリスト教の布教しか頭にないから仕方がないんだが、 先輩たちがManju Gisunを習得して聖書の満文訳を作った歴史も無視してるわけだ。 結果的には日本人が満洲国のシナ語を「満洲語」と呼んだのと同じ事をしてる。 あれは満洲国皇帝と旗人たちの面子を潰したのだ。 あと、中華思想関係ないしw >>287 甲骨も孫子も「官話」の呼称にはぜんぜん関係ない。考証学は中華思想をも批判する科学的思考。 甲骨文を解読したのは考証学で鍛えられた清末の文人たちだ。 スレチ板チには同意するがうろ覚えのトンデモは論破され議論は終わっている。不用再次見面了。 >>289 満州人自身が「満州語」と呼んでいたのだから面子つぶしたなんてとんでもない。 満州人は古語は固有満州語と呼んで区別していた。 >結果的には日本人が満洲国のシナ語を「満洲語」と呼んだのと同じ事をしてる。 満州人が満州語を満州語と呼んでるのを見て他にどう呼びようがあるのだろう。 別の呼び方したら面子つぶされたと思うだろうし。 満洲人は漢化されていない、元王朝は漢化させることにより 固有満州語を破壊しようとしたが、漢字表記満州語創って対抗した。 満洲人は支配地を八つに区分して部族を送り込んだ、これが満州八旗 最初は言語が共通していたがそれぞれの旗ごとに音が変化してしまったのが 中国八大方言 それより「清語」を宣教師がquonhuaと音写してそれが逆輸入で官話と当て字がなされたというのが 官話の由来っていうのがまちがいだっていう意見にレスつけろや >>290 > 満州人は古語は固有満州語と呼んで区別していた。 > 満州人が満州語を満州語と呼んでるのを見て 固有満人(笑)が彼ら自身の意志でそうしたというソース出せよ。wikipediaか?w 漢人なら長いもの(日本人)にまかれろ、少数者(満洲族)はほっとけとばかりにそう呼んだだろうけどな。 満洲族にとって満洲は地域名ではなく民族名、種族名、集団の呼び名。 欧文のManchuriaと満洲という字面につられて地域名と解釈したのは日本人。 満洲国建国と同時に領内のシナ語を満語と呼んだのは日本人、 現地の漢人を満人と区別せずいっしょくたに満人と読んでいたのも日本人だよ。 > 他にどう呼びようがあるのだろう。 満洲国の漢語を漢語と呼び、満洲語を従来通り満語・満文と呼べばよかっただけ。 溥儀をまつりあげて皇帝とし、国号も満洲帝国とした以上、満語を「国語」とし 式典などで部分的にせよ皇族がそれを使用し、国家の歌詞も日本語版漢語版同様に 満語版を作ればよかったのだ。それで彼らの面子は立つしつじつまも合う。 わが邦人は遺憾ながらツメが甘いよ。 ついでに前の話題に戻すと、『清語老吃大』が李朝の官吏が満洲語を習うための教科書であったように、 清朝にとっては元々は満洲語こそが真の国語(すなわち清語)だというのが東アジア外交畑の常識。 だから正式な外交文書では満洲語が使われ、日本でも高橋景保が研究するきっかけとなったのだ。 清朝の官界で17世紀に漢語のいち方言、北京の土語にすぎない北京官話を「清語」などと呼ぶ理由はない。 それこそ漢族による歴史歪曲だw 最後の5行は間違いだらけで突っ込みきれないwボケにしても笑えない。 トンデモ開陳はいいかげんにやめて、もう書くなよ。スレチの話題はそれで終わりだ。 >>292 >清朝の官界で17世紀に漢語のいち方言、北京の土語にすぎない北京官話を「清語」などと呼ぶ理由はない。 シナ・チベット語はチベット語が四つの声調があることから分かるように 中国八大方言が変化する前は四つの声調だった つまり北京語はほとんど変化していない、漢字表記満州語 マンダリンは北京の土語でもないし、厳密に言えば方言といえるものでもない つまりは標準語 >293 追記 外国人が接したマンダリンは満州人血脈でないのも関係している ポルトガル語のマンダリンの意味は「シナ人官僚、宦官、オレンジ」 これ実は皆共通している。 満州人血脈でないのが官僚になる為には過酷な科挙を合格するか 宦官(金玉取ること)を選ぶか。 金玉取ると女性ホルモン優位となり(女性は子宮で男性ホルモン出している) ムーンフェイスそして赤ら顔になる(黄色(肌)に赤色足すとオレンジ色) ポルトガル人はオレンジ色の満丸顔の官僚(宦官)と接していた事になる。 >>289 甲骨も孫子も「官話」の呼称にはぜんぜん関係ない。 このスレッドには、官話の呼称の論議は必要ない。 考証学を論拠に、いろいろ言ってるから自覚を促しただけ。 管理人に削除依頼を出すしかないか。 >>293 > チベット語が四つの声調があることから分かるように チベット語でも北方のアムド方言には声調がなく、かわりに文語形によく似た多くの子音が残存し、 意味の区別に役だっている。このことからチベット祖語には声調がなかったというのが定説。 > 中国八大方言が変化する前は四つの声調だった > つまり北京語はほとんど変化していない 唐代長安音は四声調だったがその中身は現代北京語とまるで違う。 詳細は>>270 参照。現代の方言分類において「官話」とはある特徴を共有する北方諸方言の総称であり、 北京語だけを指すのではない。官話系方言には東北官話、西北官話、西南官話、下江官話、中原官話があり、 互いにある程度の意思の疎通は可能だがそれぞれ大きく違う。声調も2〜5と幅が広く、北京が四声調なのは そのヴァリエーションの一つにすぎない。その分岐は清朝期ではなく、遅くとも宋朝期に遡る。 > 漢字表記満州語 満洲語は語彙も文法も音韻体系もまるで漢語(北京語含む)と違う別言語。それは表記法だけの違いではない。 また満洲語は漢字表記されたものは一部の借用語と固有名詞以外は存在しない。満洲語文献は 蒙古文字による無圏点満文、改良を加えた満洲文字による有圏点満文であり、漢字によるものはない。 > マンダリンは北京の土語でもないし、厳密に言えば方言といえるものでもない つまりは標準語 マンダリンは広義には官話系方言全体を指し、狭義でも北京の土語を土台にしている。 また「方言」でない言語など存在しない。標準語も標準語という名の方言である。 >>294 は誰かの言った冗談から生まれた俗説。マンダリンの語源は「満大人」で、清朝の官吏を指す言葉。 マンダリンオレンジの名の由来は彼らの着ていた服の色からの連想。 >>295 夜中にID変えてまでご苦労。もうトンデモ説は引っ込めてここから失せろ。専ブラのログを消去して忘れれば済むことだろ。 自覚すべきなのはお前だ。もっと自分に素直になりなよ。 漢文をどう読みこなすか って本がある。中国人向けに書かれたのを翻訳したもの。 買う必要はないが、図書館でちらっと見るだけで、古典の理解は大変だとわかる。 漢文は昔の中国の話し言葉を基にしてはいるけど、そこからエッセンスを抽出して「作った」文章語だから、 基本的にどう音読したっていいような気もするけど、 最低限でも語順通りに読むってのが、その順番で文字を一字一字書いた人に対する礼儀なんじゃないかな…。 >>299 文字と言語は別、漢文は日本語の一書記方法と思ってるんで 白文はとりあえずテキトー訓読。 現代中国語もやるけど、現代音で読んでも理解が進むってことはないしなぁ。 >>301 >現代音で読んでも理解が進むってことはないしなぁ。 どんな発音で読むのであれ、直読と訓読は別もの。 訓読は翻訳にすぎない。 歴史学のゼミですが、ゼミ中、漢文史料を読むときは、 最初に普通話で読み、次に訓読し、最後に日本語の現代語訳にする という手順にしています。 >>303 俺も昔中国文学のゼミを冷やかしに行った時はそんな感じだったな。まあ学問だったらそんなもんだと思うよ。 で、お前は一人で漢文を読むときどう読んでるの?ちなみに俺は3ね。 昔日齷齪不足誇 今朝放蕩思無涯 春風得意馬蹄疾 一日看尽長安花 最近このスレを読んで >>272 が気になったんで(すでに解決済みみたいだけれどw) 原文見てみたけど、書いてあったのは 地方ごとの方言の他に、王朝全体に共通の言葉があり それを彼らは「Quonhoa」と呼んでいる(刊本の綴りはQuonhuaではなくQuonhoa)。 これは、王朝的言語だとか、公共の言語、といった意味である。 という話で全然違ってるよ >>310 >原文見てみたけど、書いてあったのは 原文の貼り付け及びリンクよろしく、でないと何とも言えない。 亀レスだけど、>>307 はカテゴリー4ということ? 気に入った文を北京語でなんと読むかぐらい、 覚えていた方がいい。 上の方に出ている読書音って奴について詳しく説明した日本語の入門書ってありますか? ネットではこれしか見つからなかった ttp://kamome.lib.ynu.ac.jp/dspace/bitstream/10131/2702/1/KJ00004463391.pdf むつかしい 普通に訓読で読み下しでいいんじゃないの おれがゼミ出てた時はそうだった 通鑑で日付けの甲子とかは音読 きのえねとか面倒くさいし 日食の日有食之も読み下してた 中国文学の教授は論語を北京語読みしてたわ 一緒に日本語教科書を書いて売る人を募集!ww (条件:東京人で20歳前後で二人まで) めあど:instemastあつとmailどつとgooどつとneどつとjp 二十歳前後のやつが書いた教科書なんて、怖くて買えないが 実際のところ著者の年齢を確認しながら買うことはできないな このスレでは訓読の節回しについてあんまり話題になってないけど、 みんなどうやって読んでるの? 素読のとき、声を張って 「まなんでぇぇぇぇ、時にぃぃぃぃ、これをぉぉぉぉ、ならうぅぅぅぅうぅ?」 みたいに文節ごとにのばして、センテンスの最後だけ上げ調子に読むのって 一般的なやり方なのかな? うちは士族の出で、 子供のころから漢文やら書やらやらされたんだが・・・・・・ 訓読もあったが、日本語音による直読のが中心だった。 >>325 >子供のころから漢文やら書やらやらされた う、うらやましすぎる…。 「日本語音による直読」って、やっぱり漢音になるの? 例えば、「子曰、學而時習之、不亦説乎」はどんな風に読んでたの? 「吾、十五にして学に志す、三十にして立ち、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳(みみ)順(したが)う、七十にして心の欲する所に従って矩(の)り踰(こ)えず」 >>326 子供にとっちゃめんどくさいだけだよ。習い事やらされたことあるならわかると思うが。 しえつぅぅぅ、がくじぃぃぃ、じしゅうしぃぃぃ、ふえきぃぃぃ、えっこぉぉぉお↑ ゆうほぉぉぉ、じえんぽうらいぃぃぃ、ふえきぃぃぃ、らっこぉぉぉ↑ じんふちじぃぃぃ、ふうんんんん、ふえきぃぃぃ、くんしこぉぉぉお↑ 詩吟ほどじゃないが軽く声を張って語尾をのばし、センテンスの終わりは疑問文みたいに上げ調子。 1章句覚えたら仁丹をひと口もらえた。 特に復習するでもなく千字文、大学、中庸、論語、孟子とやった。 五経とか老荘とか漢詩を読んだのは中学になってから。自分で図書館でみつけてよんだ。 史記もちょっと読みかけたが、容赦なく人がぶち殺されて気持ち悪くなって読むのをやめてしまった。 しかしいま思うと習字の方が苦痛だったなあ。 漢文はいやいややってても繰り返してたら覚えられたけど 習字はぜんぜん上達しなくて(笑)。 あと、お経も朝晩あった。お経も真読(直読)と訓読と。 お経は普通に坊さんが読むような読み方。かなり早口だった。 父方が浄土真宗、母方が日蓮宗で、法華経(開結)と浄土三部経を10日かけて1周してた。 親鸞や日蓮の本は高校生になって自分で読むまで開いたことがない(いや、葬式や法事で 坊さんがきたときは開いてたか?)。 高校の倫理で富永仲基の名前を知って図書館で読み、 大学にはいってからは現代仏教学の本を読んで、完全に仏教とはおさらばした。 >>350 漫画と映画でしか見たことのない話だ。 漢文の他に武術や乗馬もやらされてそうだな。 江戸の崩し文字もすらすら読めそう。 >>332 体術とかいうのをやらされた。俺には向いてなかったよ。 親父は小柄だったが、ケンカしたら必ず何度もぶん投げられて 結局一回も勝てなかった。 高校で柔道やってたが、間合いを詰めると絶妙のタイミングで膝頭をポコッと蹴ってきたり 脇腹やこめかみに当身を入れてきたりして、小手をとられて投げられちゃうんだ。 柔道みたいな投げ方もあるんだが、あれは鎧を着てない場合の投げ技。 鎧を着てたらお互い引っかかって身動きがとれなくなる。 刀は爺さんの代までやってたっぽい。 ひい爺さんの代でこっちに引っ越してきて いろいろやめちゃったっぽいんだよね。 もともといた地域にいくと、俺と同じ苗字の人たちがうじゃうじゃいる。 ちょっと珍しい名前なんだが、読み方に濁点が入るのがうちの家系で少数派、 入らないのがお百姓さんや商人の家系で多数派。 馬は乗ったことない。 修学旅行で乗るチャンスがあったけど、馬を近くでみてみたらなんか怖くてやめといた。 江戸の崩し文字は読めない。楷書しか習わなかったので。 そういうのは姉貴が得意だと思う。 >>330 326です。レスサンクス。 日本にも直読の伝統ってちゃんとあるんだね。 しかしやっぱりうらやましいわ。普通は中学生が自分で五経なんて読めないよ。 俺なんてオッサンになった今からやっと四書をひいこら読んでるくらいだし。 >>1 >3.日本の音読み 白文はこれで読んでる。それで区切りを付けて後は 読み下す。 詩は現代中国語発音で暗誦して、 たまに訓読文でも読む。 賦とか散文はもっぱら訓読文で鑑賞。 詩はやっぱり中国語で読む方がじんと来る。 夕陽無限好は「せきよう、むげんによし」よりも 「シーヤン、ウーシァンハォ」と読みたい。 「好」はhaoでないといけない。 でも散文だと訓読体がわりにリズミカルで心地よい。 蘇軾の赤壁の賦の訓読文なんか、 日本語の文として最も美しいものの一つだと思ってる 体言止めの多い文体は軽薄な印象を受ける。 >日本語の文として最も美しいものの一つだと思ってる one of the 最上級 の直訳みたいな日本語は到底美しいとは思えない。 >>337 おお、同志。赤壁賦は私も一番好きな漢文の一つだ。 中国語発音はやっぱりいちいち辞書引いて確認するの? 面倒じゃない? >>339 昔は辞書を引いたり、 或いは中国の小学生向けの漢詩の本にはピンインが併記されてるので それを使ったりしていたが、 最近は便利な世の中になったもんで、 ネットで検索すればひとつの詩を丸ごとピンインで表示してくれたり、 或いは音声で読んでくれたりする。 ↓これは愛用しているサイトの一つ。 http://www.haoshici.com/ 十代の頃にNHKラジオで『漢詩を読む』という番組を愛聴していたんだけど 番組講師の石川忠久師が日本語訓読の後に必ず中国語でも読む。 その朗読が非常に聞き心地が良くてね。 その頃から漢詩は中国語で読むに如くはないと信じてやまない。 石川先生も、中国語で暗記していると思う。 私も。 石川先生は、活発な方で、 二三年前、講義を終えて息をゼイゼイさせながら、 エレベーターに乗ってらっしゃったぜー。 read.cgi ver 07.5.1 2024/04/28 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる