二畳庵主人「漢文法基礎」復刊
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学術文庫
カンブンポウキソ
漢文法基礎
本当にわかる漢文入門
著者: 二畳庵主人
著者: 加地伸行
発行年月日:2010/10/12
サイズ:A6判
ページ数:604
ISBN:978-4-06-292018-6
定価(税込):1,733円
>>192
メディアリテラシー
論理的思考力
ディベート力
文章作成能力
コミュニケーション能力
創造力
飛躍的に向上するだろう >>197
>メディアリテラシー
これには主として諸現代語や諸メディアのテクニカルな知識が必要なのであって、
古典日本語や漢文の知識はほとんど関係ないでしょ。
>論理的思考力
これも論理学などを学んだ方がいいでしょ。
シナ古典や日本古典は、論理的でない文が多いように思える。
因みに国文学者は非論理的な文を書く人が多いように思える。
>ディベート力
これもディベートやった方がいいでしょ。
因みに漢学者や国文学者はディベート力が少ないように思える。
>文章作成能力
現代文や文法をやった方がいいのではないか?
>コミュニケーション能力
漢学者や国文学者はコミュニケーション能力高くないでしょ。
全く関係ないどころか、文学なんかやるとコミュニケーション能力が下がる人が多いのは確実だと確信する。
>創造力
全く関係ない。だいたい、きっちり文献学やった人ほど想像力が少ない。
どうも、先行研究の発想から逃れられないのではないかと思う。
というわけで、オイラは文法と現代文、しかも報告書や要約などを中心として、変な小説を読んだり感想文を書かすのは止めた方がいいと思う。
漢文や古文も好きな人がやればいいのであって、みんながやる必要はないとおも。
>>198
古典を学べば全部付いてくるのだから
あれこれやらもずとも良いではないか。 >>189
>試験はこの中から出さない。問題も例文も。 ←×
試験はこの中からしか出さない。問題も例文も。←◎ >>196 新版P241、「老荘与聖教同異」のところ、聖教=仏教ってのは
間違いだわな
出典が六朝の「世説新語」で「将無同」の説明の箇所で、
原文は 問曰、老荘与聖教同異。対曰将無同。ですから、
当時ようやく世間に流行ってきた「仏教」と解釈しても
無理はないと思います。 漢文法基礎が文庫本で出版されたことは喜ばしい事ですが、
漢文の文法書では西田太一郎氏の「漢文の語法」の評判が
高く古本でも高価ですが、同じ角川の叢書の柳町達也氏の
「漢文読解辞典」はどうなのでしょう。
漢文の授業がなかったから
さっぱり分からん。
バカでも分かる漢文入門書を教えてくたさい。 >>204
『漢辞海』の「漢文読解の基礎」短くて分かりやすい。
これ読んで『漢辞海』引けば、普通の漢文は読めるではないか?
でも漢文ってなんというか四書五経は少なくともひと通り読んでおかないと話にならない世界だよね 四書はともかく、五経ってなかなか書店にないやん。ツタヤで論語買ってきた。ビジネスのやつ。書下し文のってねーけどよ。
マヂいい感じ。多分最後まで読める。俺でも。うん。 >>208
どんな漢文を読むかによるだろう。
万葉集読むのに四書五経の知識はいらない。 南方の論考とか読むのに必要
おかげで「南方随筆」が読めなくて… 五経、やっぱり読み倒さにゃだめですかねー。なんとか読まずに済ませたい。
わたくしの周りには四書五経を一通り読んだって人はたった3人しかいません。
(うちひとりは多分ハッタリです。本を持ってるとかそんな程度だと思う)
勿論わたくしではない。左伝も礼記も学校の勉強でいやいや図書館でチラ見した
くらいだ。易なんて読んでる端から脳味噌を素通りして忘れてしまいます。
白状すると、学校を出るまで日本漢文と漢唐詩の本しか持ってませんでした。
(~)
γ ´⌒`ヽ
{ii:i:i:i::i::i::i::i:i:iii} 最後まで読むぞって気合入れて読んだのは春秋三伝だけだ
{iii:i:i:i:i::i::i::i::i:i:i:ii}
.|:::: ●) ●)| 五経通読は、ワグネルのリング聴き通しより退屈だべ
.ヽ:::::::.....∀....ノ だいたい、いま五経通読したーって自己満足してるのは安岡正篤経由あたりの
.(:::::::::::::) キチガイさんたちばかりなので、むしろ、礼記礼運疏だけ暗記した、ってほうがかっこいいべ
.し─J
昔、東洋史科の学生だった頃、某教授が「四書五経は基本だ。江戸時代
なら10歳の子供でも読めた。それを、君たちは大きなナリをして〜」
とよく言っていましたねえ。岩波あたりが文庫本か新書で「返り点付き原
文+読み下し文+語釈+解釈」のシリーズを出してくれないものか。講談
社文庫本の「漢文法基礎」は売れているようですし。 台湾人でも、普通の勤め人は十三経なんか読んでいないのではないかしらw。
五経全部、ってのは、東洋漢字国の漢語専門大学院生あたりに任せておけば
いいと思うんですよねえ。
ただ、江戸の戯作滑稽本、川柳なんかを読んでると、四書のもじりや詩経の
引用は山ほど出てくる。四書と詩経は読んでおいて損はないですね。あの時代
の人たちの教養はホンモノです。史記も出てくるけど、量がなあ…。若い頃読んで
おけばよかった。 ある人いわく、「いにしえは学者みな漢籍をそらんじて、四書を解せざる者なし。しかれども今人漢籍を知らず。われ喟然として嘆ぜざるべからず。」
われすべてこれを非とせず。しかれどもかくのごとき言、悪むべきところあり。
昔者人の学ぶところのものは、ことごとく漢籍にして余なし。朝に書を誦え夕に礼を読むのみ。
少時をもってこれに用いば、いずくんぞ熟せざることあらんや。
しかれども今者かくのごとくにあらず。その学ぶところいにしえに過ぐ。
かるがゆえにその時定まりてこれを増すべからざれば、あるいは加えあるいは省かざるべからず。
われ漢籍を重んずるといえども、他学をなみせんと欲すにあらず。
俗書の「漢文力」を説くところを見れば、論語など引きて美とす。
われおもえらく、かかる人、おのれの知るところを宣べんとするまことあるのみにして、
人の漢籍を知らざることを憂い、学ぶにおいて漢籍を習わすことのみ欲す。
「漢文訓読は古人の作り出したすぐれた伝統ですから、これを継承することは文化的に大きな意義をもつものです」など記せども、われがえんぜず。
君子は推譲を尊びて、おのれのみ幸なるを欲せず。しからば経学の徒、人に願うはその学まったくしてその知まどかなるならんや。
あー訓読体で書くのはしち面倒くさい。 昔は庶民でも微積分をやったもんだ、みたいなものか。
/ ̄ ̄ ̄\ 青木玉だっけ?露伴に大学で何やってるって訊かれて、十八史略ってこたえたら
|.. | 『大学でそんな幼稚なもんやってるのか、十八史略はわしは飴玉なめながら
|:::: ●) ●)| 子供のころに読んだぞ』っていわれたやつ
ヽ:::::::.....∀....ノ
/ ~つと)
と__)__)
諭吉さんが、漢文読みで財を成した者は居ないなどと言い出したあたりから間違いが始まった。
そう言うあんたも漢文読んで育っただろう、みたいな。 まじ面白いねこの本
でもやっぱポルノ漢文読みたいなあ… 漢文スレなんでここで質問するけど、
古田島洋介氏も以前、漢文法研究の本を出してなかった?
アマゾンで調べても、最近の本しか出てこないんだけど。 >>>226
>寒いんだよカス(だから……はやく、お前の体であっためろよ、カス///) これを読む社会人と今の高校生の間には
学習意欲の上で大きなギャップを感じる そうじゃなくて
昔は高校生でもこれ読む意欲があったんでしょ?
という意味で言ったんだよ
漢文じゃないけど
常々今の高校生には学習意欲の欠如を感じてる
たたいても響かないという感じ 昔の高校生はただ目を通すだけの自己満で終わってた
書いてる方も自己満だがなw 昔ってどれくらいの昔を指しているの?
昔は文語文なんかに触れる機会が多かったから、漢文ってそれほど
努力しなくてもある程度読めたんじゃないの?
文語文がすらすら読めれば、後は簡単な句法を覚えるだけで、入試
には対応できるから。 >>239
>昔ってどれくらいの昔を指しているの?
この本のハードカバー版がZ会から出ていた頃を指したつもり
感覚的には今から20年くらい前を指したつもりだけど、
今の若い人とは「昔」の感覚が違うらしい
英語板で「昔」という言葉を使ったら、
若い人たちに「江戸時代ですか?」と笑われた経験がある ネットとかない時代の高校生は、通信添削と雑誌やラジオの投稿で世間と
繋がっておりました。毎月三回二畳庵を読んだのは、勉強が楽しくて
仕方のない年頃。本も静岡から取り寄せて読んだ子が多かったのじゃ
なかったかしら。 幸田露伴あたりをガンガン読ませて、あとは薄っぺらい漢文の本を一冊
やればそれで十分だと思うけどね、入試レベルなら。
もちろん東大レベルでも大丈夫。
元からそういうスレだったと思うけどw
それはさておき今も重版が続いていて、かつ一般人や高校生が手に取りやすい
漢文入門書が少ないのが問題なんだよなぁ。
そういう本は私立図書館レベルでは置いてないこともザラ。
この本は急に「知識ゼロだけど漢文を読んでみたい!」となった時に役立つような本の一つだと思う。 句形も載ってないし、説明は散漫
知識ゼロには向いてないだろ 高校生なら
「基礎からわかる漢文」(馬場武次郎/日栄社)
一冊で十分じゃないの?
あとは明治の文豪の文語文を沢山読ませる。
それで入試対策は問題ないち思うけど。 >>247
> あとは明治の文豪の文語文を沢山読ませる。
三流大乙
今時の受験生にそんな余裕はない なんで明治の文豪の文語文を沢山読ませるって書いたら、
三流大になるんだw?
そんなこと言ってるから三流大しか行けないんじゃない?
大体大学入試の漢文なんて明治時代の文豪の文章に句読点を
付けた程度のレベルだよ。基本的な句形さえ覚えれば、あと
は慣れ。慣れにはあの時代の文章を読むのが一番。
そんなこともわからないとは・・・
じゃあ、>>250の考える最高の入試対策は何なのかな?
教えてほしいね。 訂正
「明治時代の文豪の文章に句読点を付けた」
わかりにくいね、ごめん。
入試の漢文なんて書き下し文にしたら、明治時代の文豪程度の内容
だということ。
だからあの時代の文豪の文章に慣れれば、あとは句形さえ覚えてお
けば問題ないといいたかった。
入試の配分からみて他の科目やるべき
読んでも読まなくてもいいものを読ませて時間とらせて、ものになるかどうかも
わからないリスクをかけることはできない
読ませるではなく、すすめるならまだ良かったのにな 時間がなかったら、前述の「基礎からわかる漢文」一冊をやり、
あとは暇な時に幸田露伴の「努力論」(岩波文庫)あたりをスラスラ
理解できるようになるまで繰り返して読めばいい。
それで十分だろう。
そして大して時間はかからない。 文語文言ってるやつは、自分でそう勉強したわけじゃないし、
そのように教えたこともないんだろう 狩野直喜の「漢文研究法」はどうですか?
読んだことのある方いましたら、感想等教えていただけないでしょうか?
(~)
γ ´⌒`ヽ
{ii:i:i:i::i::i::i::i:i:iii}
{iii:i:i:i:i::i::i::i::i:i:i:ii} >>260 あれはね、漢書芸文志がああで隋書経籍志がこうで、っていうのからはじまって、
.|:::: ●) ●)| 目録学やって文献学やって類書の解説やってどの叢書が信用があって、どの集成が信頼できない、
.ヽ:::::::.....∀....ノ とかだから大学受験漢文の参考書にはならないよー
.(:::::::::::::)
.し─J 手元にありますが、でもー、これはやっぱ面白い本ですよ。
狩野先生でさえも、
『支那人は典故を多く使って書くが、これが四書程度なら何のことはない、骨を折らずにだれでもわかるが
これが五経になると、五経のどこから引っ張ってきてもじったものか理解するのはなかなかむずかしいもんだ』
と、こうおっしゃってらっしゃる。そこから類書の解説にぶわーっとはいっていく、という、そういう感じの本。
漢文研究法ね−。
懐かしい。
今取り出してみてるけど、なんで「之」「此」「是」が「これ」
と読まれるかなど、のめり込みたい人には面白いもの(p151)。
今ちょっと探したら、柳瀬喜代志「新しい漢文」と赤塚忠「研究漢文」が本棚から見つかった。
「研究漢文」は、大学で赤塚先生自身がテキストとして用いていた。
懐かしいなー。 つい最近復刊を知ったんだが、東京とその周辺で
まだ第1刷が置いてある書店はどこかにないかな。 >>264
参考書の1刷なんて何の価値も無いだろ。
どっちかというと誤植などが修正済みになる新しい刷りの方が価値が高い。 >>265
まさか、そんなこと分かってるでしょ。
目的は修正箇所と見た。
>>219
ある意味正論。漢文学習開始後の時間数から言えば、
今の大学で十八史略を読むのと昔の子供が読むのと同じ事だ。
>>270
そうか。そのコテ、このスレで少数のまともな人に見えるが
>>271
むしろコテだ何だと言う人にレスしなくていいよ
重要なのは内容だ 漢文がわかるってカッコいいですよね!
なんていうか、現代中国語や英語と違って実用性に欠けるところが
素敵だと思います。(皮肉じゃないです)
漢文・ラテン語・古典ギリシャ語といった死語の学習のなかにこそ
伝統的教養人の美学があるのだと思います。 >>275
>実用性に欠けるところが
>素敵だと思います。(皮肉じゃないです)
その認識は間違ってる。
漢文・ラテン語・古典ギリシャ語は「その原典が読める」という実用性
によって学ぶ価値が高い。
誰かの解釈で翻訳されたものしか読めないと、その解釈が正しいか
どうかを自分で判断することが出来ない。 >>276
>誰かの解釈で翻訳されたものしか読めないと、その解釈が正しいか
>どうかを自分で判断することが出来ない。
古典を妥当に読めること時代が、現代社会で経済的に実用性がないってことでしょ。
要するに食えないってこと。 >>277
そうやって「直接的に金を稼げるかどうか」のみを実用性というなら
日本においては英語でさえ"実用性"があるかどうか疑わしい。
ただ単に経文を唱えたりするような完全に実用性の無い行為とは
違って、漢文の知識は実際に活用する機会がある。 お前の理論だと経文を唱えることが実用性が無いというのは
おかしいな。
経文は唱えることによってその実用性がわかるからな。 >>279
オイラは非近代的価値を認めるのだが、
近代的価値の話に非近代的価値をすり込むのは文脈を外した屁理屈だと思うけどね。
漢文が分かる人なんてほとんどいないよ。
十三経注疏を教えていた、
「日本で漢文が読める有数の」先生も、
大学院一時間の講義のため、何時間も予習していた。
そういう世界。 >>285
ていうか、漢文は国語というククリでいいと思うよ。「外国語」じゃない。
漢文は東アジア共有の古典語だし、特に日本においては漢語が日本語と分かち
難いくらい有機的に融合しているし。
たしか英国・フランス・ドイツなどの国々でも、ラテン語・古典ギリシャ語は
外国語というスタンスで教えていないはず。特にフランスにおいては、古代
ローマ・ギリシャ文明の正当な継承者はフランス人だという自負があるから
ラテン語・古典ギリシャ語を「外国語」とは思ってないはず。
いや、
英文を「返り点を打って訳す」のが「日本人の外国語理解の正統的方法である」とか
言ってるところ
もうアホかと、バカかと 著者の英語についての考え方は、本書の読者にとってみれば
全く無視してよいと言って構わないほど、本の主旨に関係がない。 >>287
なるほど。そういうことか。
たしかに「返り点を打って訳す」のは漢文の読解には便利だけど、それを
現代の外国語学習に当てはめるのは愚行な気がする。
現代外国語の学習で「返り点を打って訳す」癖を付けちゃうとリスニングに
対応出来なくなっちゃうんだよね。 >>287
いや、実際の作業として英文に返り点を書き込むことはしないけれども、
英文読解の手順としては脳内で高速に返り点のような処理して日本語に
置き換えているのは確かだろう。
「"学習"の方法」としてすすめているのではなく、「"理解"の方法」として
述べているなら決して的外れでもないと思う。 >>291
そういう読み方してたら、まだまだでしょ。
漢文も同じだと思うけど。
./ ̄ ̄ ̄\
|.. | 訓読のほうが精密な解釈ができるとおもっていまーす
|:::: ●) ●)| その議論はここで継続中でありまーす
m9:::::.....∀....ノつ http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/kobun/1285247792/
(⌒) ノ 漢文を現代中国音で読むのが一番という音読ちゃんの返答待ちでとまっていまーす
キュム (_ノ 彡 漢文を現代中国音(普通語)で読むというのは邪道だな。日本語や日本文化の
一部と化した漢文にたいする冒涜だよ。福建人は福建音、広東人は広東語
日本人は日本の読み方で読むのが一番なんだよ。
本来漢字というものは、その漢字が持つ意味に対しては厳格でなければ
ならないけど、読み方に対しては各地方の方言に委ねるというのが一種の
伝統なんだよ。
そういう事情も知らずに、中国語(普通語)の読み方こそ正当という主張を
する人達は、教養が欠けているとしか思えないな。
英文を直読直解できればそれにこしたことはないがF.O.Rのように品詞分解して解読していく昔ながらの
方法はリーディングの初歩にはありだとおもう
291さんじゃないけどね 「品詞分解して解読する」のと、「返り点を打っていちいち日本語に置き換えて考える」のとは別の話だろ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています