古文書を楽しむスレ [無断転載禁止]©2ch.net
面白い古文書、真面目な古文書等を貼って楽しむスレです
番付漢籍浮世絵なんでもありです 玉みがかざれば 光りなく
人まなばざれば 智慧いでず
学びて なほなほ足らざるを ..............
美しい字、美しい文。
習字の教育を受けていないから あるべからざるの字しか書けない
だから おれは2ちゃん大学で学ぶ
ここ以外に古典に触れる場はない 目力も非常に弱く、紙の書籍を読めない
友よ
美しい文を 高解像度な画像を貼りつづけよ >>114
いいね、催促されると貼りたくなる
http://i.imgur.com/JeiNqpX.jpg
http://i.imgur.com/wxwDFAu.jpg
江戸時代の庶民以下向けの寺子屋も基本の教科書+教師の手作りが多い
戦後の腐れすぎた教育や戦前の最底辺にあわせた簡易且つ体系化された「近代教育」とは別種と思う
大人が読んでも素晴らしいものが多い
江戸期生まれの明治の文豪と後世のラノべ作家に近い対比だけどやっぱり別種と言わざるを得ないね >>113
簡単な合字は復活させるべきとつくづく思うな >>114
僕は戦後習字や戦後の小中高の国語教育を全部否定してる
なぜそういう書き順なのか問われても答えられない教師に教える資格はない
そんな教育なら受けさせない、受けないほうがまだましだよ
御家流や草書は書き順がわかってないとわからない、いや見てると書き順が必然的にわかるんだよ
連綿と続いた先人の知恵を途切れさせた奴は一族全て鏖にされていいと思う >>121
馬鹿向けの小学読本の漢文読み下してからレスしてね定期
ノータリンはこれだからなぁ 直筆で読む夏目漱石のぼっちゃんすら読めない・・・
でも面白い
直筆シリーズもっと出して欲しかったな〜 http://i.imgur.com/UIUUuXZ.jpg
素晴らしい真の日本語の復活はもう未来永劫ないんだろうがせめてスノーマン辞めて雪達磨くらいは復活してほしい
雪達磨流行らせたいわ >>123
直筆で読む「坊っちやん」
他には太宰治の「人間失格」が出てます
直筆原稿をカラースキャンしたもので、当時彼らがどんな字を書いてたかよく分かる
夏目漱石は明治33年からの国語の教育を受けてないので、変体仮名や書写体が沢山使われていて、すごくバラエティに富んだ書きぶり
太宰治は、それ以降の教育を受けていたので、康煕字典体が基本の、字としてはあまりおもしろくない(失礼w)感じ
10年ほど前の刊行なので、品切れにご注意 >>128
夏目は武家の幼年教育を受けてるからね、僕は江戸時代の教育を受けてる物書きが好きだ
しかし作家の原本は自分や編集がわかるレベルでいいから素のままが出てそうで面白そうだね http://i.imgur.com/T4THUJ3.jpg
神社仏閣や旅によく行くけど正假名の石碑を殆ど見かけない
明治以降にこういうのも壊したんだろうが悲しいね
徹底してるのは凄いけど半永久的に残るべきものが不自然なほど残ってないのが少し不気味だ 75
教えてもらいましたが、よく分かりません。
間違いも多々あると思います。
同
右手メテにて手綱 取り右の股の
上に置き左手ユンデは左の手 綱を持ちながら又 大小の
柄ツカをかかへて三途?に乗り 手綱を力に後ろに寝
するなり是にて門を 潜る?害なし直る
ときは手綱を力にし て鐙を後へ引ながら 起き直るなり
立乗
両足を居木イギへ上げ足の大指を力鞍の
間へ入て手綱を前鞍に◯かみて
手綱を釣合いに立つなり 是にて駈けてら
乗るなり 陣中 敵の様子抔を 見る事も あり
軍馬の手 綱は常より 長く一丈一 二尺三尺も あり 尤も
人の好みにも 依るなり
敵陰
右に隠るときハ 左りの鞦シリガイの余り
を後の洞より返し 股の下より引出し左の
膝を◯◯◯余を力革けに 脛を引き〆置き左の足は
尾筒の上にのせ左右 の手にて馬の胸をかか
へるなり 左りも同じ 又鞦シリガイの余りにて上帯に
引き〆もよし 根幹的に それまでネット上で書いていた 文体というか かきぐせというか
をかえて 自分であると特定されない 方法はありますか
日本語に造詣の深い諸君に相談します >>138
ちく、読んだで
なんか えらいひとから説教された >>141
これが読めない奴は この日本にはいない
偉いひとが書いたのか? >>142
山島辺境の産婦は洗母の(産婆のことか?)手を借らず
自ら胎衣を継ぎ 不浄を洗ふ >>145
正月の登城だよ
だけど大名行列も普段の登城もパレードに近い
>>146
7〜10歳くらい?の桂小五郎だよ、彼は天壌無窮の天才と思ってる > 7〜10歳くらい?の桂小五郎だよ、彼は天壌無窮の天才と思ってる
7〜10歳くらいの書とは 到底思えん...
恥ずかしながら 桂小五郎って何ものか知らん、名はよくきく
維新関係のひとだろう 吉田松陰「桂は厚情の人物なり。此節諸同志と絶交せよと桂の言ふを以って勉強守之」
中岡慎太郎 「有胆有識、思慮周密、廟堂の論に堪ゆる者は長州の桂小五郎」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E6%88%B8%E5%AD%9D%E5%85%81
松陰先生と中岡慎太郎が かく言うのだから 立派な人物だったのだろう
それにしても この時代の 偉人たちの写真を見ると とにかく顔がもの凄い 80歳くらいの 禅僧か 何かが 書いたと推測してた 名探偵となる男は小さな時から違うんだな
栴檀は双葉より芳し フォントにかねだすって しんじられんぞ
おれのim は余りに変換ひどいから 単文節にかえた
ちくょ! なんじゃこれ? これらの写真は >>145
http://i.imgur.com/SE8OeIi.jpg
http://i.imgur.com/2l0rduv.jpg
http://i.imgur.com/TNctWCy.jpg
http://i.imgur.com/g39jm0b.jpg
遅レス失礼、大名行列はこんなんよ
驛毎に武家は特殊なゆっくりとした特殊な歩き方をしだす、裏で馬の荷の積み替えをしてる
ペリーも日記に書いてた特殊な歩き方、司馬遼太郎は死ぬまでわからなかった謎の歩き方も今ではつべで容易に見れる
誰も興味を示さないけどほぼ全都道府県の市町村単位で、隣県でも同様の祭があってることも知らない、興味がないレベルて残ってるのは面白いね
https://www.youtube.com/watch?v=6VZEc7cbz1c&list=PLQdrydf9HXjB6aTZ2_fsY5UWPjXhb9qHN
https://www.youtube.com/watch?v=Z1BLnQRdci4&list=PLQdrydf9HXjB6aTZ2_fsY5UWPjXhb9qHN&index=78
https://www.youtube.com/watch?v=d3X6aqG3MBE&list=PLQdrydf9HXjB6aTZ2_fsY5UWPjXhb9qHN&index=38&t=105s
https://www.youtube.com/watch?v=pLXRjaPE3tc&list=PLQdrydf9HXjB6aTZ2_fsY5UWPjXhb9qHN&index=19&t=491s
https://www.youtube.com/watch?v=jQOwCwTmdWU&list=PLQdrydf9HXjB6aTZ2_fsY5UWPjXhb9qHN&index=46&t=105s
https://www.youtube.com/watch?v=8r4t7tgz63I&list=PLQdrydf9HXjB6aTZ2_fsY5UWPjXhb9qHN&index=44&t=386s
こんなのが300藩から江戸に集うし、毎日の登上でも当然伴揃の所作は変わらない、武鑑が売れるのもよくわかるね 大名行列の本質に気付いて論文書いてるのイタリアの学者しかいないからいつか論文書こうと思ってたけど見ないとわからないしね
風化してることにも気づかずにやってるとこもあるし、風化は悲しい 萩の草履取を見たら秀吉が草履取で下賤のような意識も変わるはずだけどね ちなみに一番上は生麥だね
こんな狭いところでこんな所作してる行列を逆走してきたらぶった斬られて当然
逆走してきても即斬りかからなかった薩摩藩士の忍耐や冷静さには敬服してる 無形文化財でちまちま残すより犬HKやらが大特集組めばいいのにと思ってる
そして当時は500〜4000人レベルで、もっと完璧な所作装束だろうと思ったらゾクゾクする
シーンとした中錫杖、掛声、足音だけが響いてたらしいけど、さぞかし壮観だったろうと
九州やら金沢や萩から江戸まで遅れずに250年近く參勤するヿ自体偉業とも思う
近代化軍隊への移行で行進に手間取ったとかの記録が皆無なのも頷けるね まぁこういう動画なんかも上げてくれる人いたら嬉しいね
誰も興味示さない動画に凄い価値があったりする http://i.imgur.com/wblZFQR.jpg
http://i.imgur.com/2Bcdqun.jpg
http://i.imgur.com/tsQb9CF.jpg
両手拡げてる所作の謎や起源を調べてたけど埴輪眺めて終わってしまった
相当前から類似したような所作があったんだろうと思ってる
奴や奴婢の定義は古代から何ら変わってないしそんなもんなんだろうね >>164
> 遅レス失礼、大名行列はこんなんよ
ちくちゃん こんな 気なんかぜんぜん使わないでよ
おれなんか いろんな都合で、何週間でも まったくカキコできないよ(書き込まなくても
見てるから 読んでるから)
大名行列というのは、もしこれにぶち当たって、土下座とかしないで 無視してたらどうなんの?
あ、次の絵を見ると みんな確かに土下座してるな ガキンチョまでしてる。。。
> 驛毎に武家は特殊なゆっくりとした特殊な歩き方をしだす、裏で馬の荷の積み替えをしてる
> ペリーも日記に書いてた特殊な歩き方、司馬遼太郎は死ぬまでわからなかった謎の歩き方も今ではつべで容易に見れる
その「ゆっくりとした特殊な歩き方」をつべで容易に見れるって ユーアーエルは?
> 誰も興味を示さないけど
いや興味ある、そういう行儀こそ、文字で表現できない、そこに日本人のプロトタイプが
見て取れるはず
あ、ごめん、これか
> https://www.youtube.com/watch?v=6VZEc7cbz1c&list=PLQdrydf9HXjB6aTZ2_fsY5UWPjXhb9qHN
> こんなのが300藩から江戸に集うし、毎日の登上でも当然伴揃の所作は変わらない、武鑑が売れるのもよくわかるね
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文書によらず、祭りとか こういった形で 古式が伝えられていくのだな
これからじっくり見てみる まだ数分しか見てないが こんな異常な動作で、しかも全然前へ進まないじゃん、これ! わたくしごとだが
この部屋のみんなは日本中色んなところに住んでると思うが(当たり前過ぎてごめん)
おれは文化伝統とまったく隔絶した地域に育った
祭りなどない。。。あるのはドラえもん音頭と、東京音頭だけだ
かるがゆえに 鴎外が諏訪野だっけ?文化伝統が濃い地域から出現してると読み、つらいもの感じる >>173
先触れって言って村人や伴揃が先に走って「来るぞ」って呼びかけてる
話しながら見たい人は離れたところから見てる、近くにわざわざ行くのは武鑑片手に「見に」行ってる
殿様の籠が通るとき以外は顔あげてていいんだよ
http://i.imgur.com/EdDMZJA.jpg
浮世絵師の名誉や武家の名誉の為に言っとくが、時代劇のせいで洗脳されすぎてる
先触れの祭だけが残ってたりもするよ
https://www.youtube.com/watch?v=xATpDmRCOuc&index=2&t=580s&list=PLQdrydf9HXjB6aTZ2_fsY5UWPjXhb9qHN
ここはかなり風化してるね
「奴振」って名前で祭が残ってるけど、これ奴さんの所作を真似してるだけだから許可されてる
だから1700年代くらいから続いてるし、他の祭、いわゆる田舎の祭ってのもその時期あたりで出来てるのが多い
つまり先触れが形骸化して神輿なんかで残ってたりする所も多々ある
虐げるだけの「支配者」側の所作なんかを真似するはずもない
武家の本質は誰に命令されるわけでもなく、勝手に祭としてひっそり残ってる所に現れてる気がする
戦後はいわゆる扇腹やら極極極一部の極めて稀な例を上げて武家をコケにして来た所が大きいが、武家の小サ刀は己の腹掻っ捌く為にある事も忘れた人が多くて悲しくなるね
伴揃の奴さん、あの折り紙の奴さん、奴さんは庶民の側の呼び名、武家語ではあくまでも中間
商人や武家や中農の二男三男が礼儀見習いで「奴さん」になるんだけど、子供女にはとことん優しくて、敵であれば幾万の敵にも怯まない気概を持った「奴さん」
和漢三才図会では、奴、奴婢は名指しで賤民
教科書でも習うが古代から奴、奴婢は賤民
現代でも未だに「賤民」のポーズでたまに出没してるけど、日本人の賤民感はそんなもんのような気がしてると一昨年くらいに悟った 奴さんって存在が大好きでね
今でも奴凧、冷奴、折り紙でも愛されてるけど、江戸時代の人気者は歌舞伎役者と奴さんなんだよ
古代から賤民認定してる奴さんが今だに愛されて、かたや一職業として普通に生活してた方はいまだに差別だののたまってるのも一興だね >>174
わざとだからね
駅(宿)毎にやってたと思っていい、裏で馬の荷物入れ替えてる
蹄鉄が無かったけど日本馬の蹄は硬い、それでも萩や南部地方から江戸まで通して荷を負うことは出来ないしさせない、だから一駅(4キロ〜9キロ)間や一駅二駅飛ばしたくらいで必ず荷を積み替える
その間の所作と思っていい
江戸時代の旅人は皆手ぶらに近い姿で旅行してるけどそれくらい宿(駅)は機能してたんだよ 鎌髭と撥鬢、そして殆ど「一本差」が奴さんの特徴
浮世絵なんかにもよく出てくるからチェックしといてね
今でもお菓子なんかにも書かれてたり
http://i.imgur.com/hAsxnvI.jpg
両手を広げた所作は今でも見かけることが多い
http://i.imgur.com/z3RZ1ho.jpg
>>164の掛川、これ薩摩藩の奴なんだけど、江戸時代の断トツ一番人気は薩摩奴
髷含めたシルエットはまんま折り紙の奴さんだね
司馬遼太郎は伴揃、つまり中間、奴さんがなんで歌舞伎役者並に人気があったかもわからないまま死んだ
近所でこういう祭があるところの人は常識レベルでしってるんだろうけど、大阪は天領のせいもあって祭として殆ど残ってない
住吉大社で結婚式したら奴振りもお願いできるみたいだけどどこの藩の奴振が残ってるのか気になるね
https://www.youtube.com/watch?v=spaeHjOfmIs&list=PLQdrydf9HXjB6aTZ2_fsY5UWPjXhb9qHN&index=45 奴さんってのは戦国時代の遺風を遺してる、つまり侠気があるらしい姿みたいでね
江戸時代の人も何だかんだで戦国時代の武将が好きみたいで
http://i.imgur.com/zC5hey8.jpg
歌舞伎の演目でもあるし歌舞伎役者の所作は彼等の真似って彼らは知ってるだろうに、何か言ったら差別差別で何も言わなくなってるね http://i.imgur.com/hpMEw9A.jpg
http://i.imgur.com/i5WVhBh.jpg
http://i.imgur.com/LvVTJZe.jpg
しかし奴さんも凄いが武士はヤバイね
絵で気持ち悪いくらい足揃ってるけど動画や実地で見ない
とこの謎は解けるはずないよね
浮世絵師は見たまましか書いてないと彼らの名誉の為にも言っとく
もう少し言えば、1604年以降の武家の姿は描くなと何回言われても書き続けてきた浮世絵師の根性もなかなかだ
風景です〜とかで誤魔化してきたんだろうが、庶民の武士好きは異常 奴振りってのも普通に受け渡してただけだったのにとある奴さんが投げ渡して評判になってどこの藩も許したそうで
http://i.imgur.com/5WRjHN0.jpg
こんな殿様が見てる前で、殿様の物を投げ渡す根性も半端ない
そこがまたウケたんだろうね ごめんね、史学会で論文書いても一笑されて終わるのがオチで
ただ何か伝えたいけどそんな時に2ちゃんは便利だよね http://i.imgur.com/EUdSL7E.jpg
しかし両手を広げるのがこんなに好きな日本人も今では歌舞伎か能か奴振くらいでしかお目にかかれないのがすごいね
ちな町奴の天敵旗本奴の水野殿(2000石)
2000石も半端無いけどそれを顧みないつっぱり方もやっぱヒーロー臭がするね
http://i.imgur.com/f9gnfUa.jpg
勝成以来の水野家の破天荒ぶりも面白い
花の慶次より花の水野家描けばいいのにね >>175
東京かな?
東京でも奴振りやってるよ
https://www.youtube.com/watch?v=XNmhYzmHbMc&list=PLQdrydf9HXjB6aTZ2_fsY5UWPjXhb9qHN&index=43&spfreload=10
野次にほんのかすかに江戸兵衛根性感じる https://www.youtube.com/watch?v=bF42xzkPf6M&list=PLQdrydf9HXjB6aTZ2_fsY5UWPjXhb9qHN&index=61
個人的にはここと萩と掛川が色濃く残してると思う
ここの奴さんの「おっとっと」は歌舞伎のあれそのままだね
おっとっとしながら江戸まで行ってる根性はなかなか http://i.imgur.com/nnsAvsp.jpg
http://i.imgur.com/ZFVCurT.jpg
動画を見たうえでこういう絵を見るとなんとなく動きの予想がついてより面白くなるね
そもそも挟箱を持つ中間がなんかおかしいけど
ちなみに挟箱の中身は着替えです
ペリーの言った武家は「横に横に歩く」
文章で想像できるもんじゃないわな
月代は「抜きあげる」
小サ刀で腹を「掻っ捌く」
武家(足軽でない)は別人種レベル
外人が今でもサムライに拘るのもなんとなくわかる気がする だめだ大名行列が好きすぎてレスが止まらん
矢掛なんか見てもわかるように舊街道はとても狭い
狭いから変に広報してもキャパオーバーになるんだろうが残ってる地域は大切にして欲しい
東京やらで道路封鎖して全国奴振大会したらそれはそれは最高の見ものになりそうだよね
数キロに渡って完璧な所作の、各藩毎に変わっていく大名行列を見てみたい
大金持ちになったら企画しよう 僕の知ってる限りじゃ各都道府県で最低五ヶ所以上でやってる、何の広報もせずにやってるとこもある
動画にうpされてないところも多い、うpの仕方もわからない僻地のとこもあるだろう
そしてほとんど春か秋、參覲の出発帰郷にあわせてあってる
案外となり町でやってたりするから知ってる情報あれば教えてほしいね >>191
このえは何の場面でしょうか? 天目山?、武田勝頼と
武将は、今なにを思っているのでしょうか?
諸外国でも、武将は人気あるときく 日本人も武士や戦国武将が好きです
町民や農民、あきんどは、現代人の憧れの対象にならず、ひとを殺す武士に
日本精神を映し出す
書くのは もちろん 考えることも いまできないが 庶民や商工人にも偉人は恐ろしいほどいる、後世の「お偉い様」が見てみぬふりをしてきただけ
僕は郷土史を蔑ろにしてきたお偉いさんを否定してるし、郷土史や国学漢学がアマチュア主導にならざるを得ない現状が悲しいね
ヒストリカル・インフォマティクスのような新しい学科等が必要と思ってる
庶民や商人の偉人には面白い人が多い、案外身の回りに偉人がいたりするよ
http://www5b.biglobe.ne.jp/~ms-koga/126yashirou.html
この人なんか糞貧乏だけどとても優しい「よか男」
良き為政者は庶民であろうがきちんと称える
夜須の朝日の弥四郎は 親に孝行尽くしつつ 牛馬に鞭をあてざれば 寿持の田は作りどり(黒田斉清作) 人ヲ殺スハ國家ノ大禁ニシテ人ヲ殺ス者ヲ罰スルハ政府ノ公權ニ候處古來ヨリ父兄ノ爲ニ讐ヲ復スルヲ以テ子弟ノ義務トナスノ風習アリ
右ハ至情不得止ニ出ルト雖トモ畢竟私憤ヲ以テ大禁ヲ破リ私義ヲ以テ公權ヲ犯ス者ニシテ固擅殺ノ罪ヲ免レス加之甚シキニ至リテハ、
其事ノ故誤ヲ問ハス其理ノ當否ヲ顧ミス復讐ノ名義ヲ挾ミ濫リニ相搆害スルノ弊往々有之甚以相濟事ニ候依之復讐嚴禁被
仰出候條今後不幸至親ヲ害セラルヽ者於有之ハ事實ヲ詳ニシ速ニ其筋ヘ可訴出候若無其儀舊習ニ泥ミ擅殺スルニ於テハ相當ノ罪料ニ可處候條心得違無之樣可致事 人を殺すは国家の大禁にして、人を殺す者を罰するは政府の公権に
候ふところ、古来より、父兄の為に讐(あだ)を復するを以て子弟の
義務となすの風習あり。
右は至情止むを得ざるに出づると雖も、畢竟私憤を以て大禁を破り、私義を以て公権を犯す者にして、固(もと)より擅殺(せんさつ)の罪を免れず。
加之(しかのみならず)、甚しきに至りては、其の事の故誤を問はず、其の理の当否
を顧みず、復讐の名義を挾(さしはさ)み、濫(みだ)りに相(あひ)搆
害(こうがい)するの弊 往々之れ有り。甚だ以て相 済まざる事に候。之に依りて、復讐厳禁仰せ出だされ候ふ条、今後不幸至親を害せらるる者之れ有るに於ては、事実を詳(つまびら)かにし、速やかに其の筋へ訴へ出づべく候。
若し其の儀無く旧習に泥(なづ)み擅殺するに於ては、相当の罪料に
処すべく候ふ条、心得違ひ之れ無きやう致すべき事。 語注
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擅殺(せんさつ)=ほしいままに殺す。勝手気儘に殺す。
搆害=こうがい。いいがかりを作って害する。
至親(ししん)=親・兄弟など、いちばん自分に近い親族。肉親。
泥ミ=なずみ。「なずむ」は、こだわる意。
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明治になると司法卿の江藤新平らによる司法制度の整備が行われ、1873年(明治6年)2月7日、明治政府は第37号布告で「復讐ヲ嚴禁ス(敵討禁止令)」を発布 ダメだとても面倒
宗教熱心な人は聖書の文体の変遷や古い宗教書を見れば面白いかなと思う
キリスト関連の宗教家が文体や日本語に及ぼした影響はかなり大きい
ほとんど読んだことないし推測だらけだけど ちく
たくさんの懐かしくも美しい画像と文を ありがとう
それらから豊饒なイメージを得て 自分で満足のいく詩をかけたさ
基督の信仰をしてるわけでないが 子供時代の温かみを懐かしく思い出した 「脱亜入欧」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%B1%E4%BA%9C%E5%85%A5%E6%AC%A7
丸山眞男の調査によれば、脱亜入欧という成句が使用された最も古い史料は1887年(明治20年)4月14日に『山陽新報』に掲載された社説「欧化主義ヲ貫カサル可ラス」である
執筆したのは山陽新報の主筆であった鈴木券太郎である。この社説の中で「脱亜入欧」という成句が4回使用されている 劈頭からして
「脱亜入欧ハ我国開国以来ノ大主義ニシテ、今後益々此主義ヲ拡充セザルベカラズ。偶々腐儒アリテ亜細亜連衡ノ利ヲ説キ、又興亜ノ要領ヲ主張スト雖モ、斯ノ如キハ即チ固ヨリ取ルニ足ラザルノ迂論ニシテ……云々」
とある。
「脱亜」というのは、髪を切ったり、洋服を着たり、文を横に書いたり、肉食をしたりという、そんなことではないんだ。
「苟モ文明ノ器文明ノ道トアレバ、政経文物、之ヲ容赦ナク中ニ入レ、文明ノ風潮ニ従ヒ、文明ノ浮沈ヲ購ヒ得ル丈ノ入欧策ニ汲々タル事、是レ正ニ物ノ順序ニテ」という。 そうじゃないと日本の独立が「文明東漸ノ勢」に面して危険である。「脱亜入欧ノ鋭意ヲ鈍ラスコソ」非常に危ないと。学問芸術から軍備にわたり、みんなヨーロッパ式にしなけりゃいけない。
そして文章の末尾にも、
「夫ノ興亜策ナドト称シテ隣国ノ開明ヲ俟ツガ如キハ、不利此レヨリ大ナルナシ。我ハ只自カラ進ミテ西洋文明ト伍ヲ為シ、従来ノ輿地図〔世界地図〕中ヨリ亜細亜ノ彩色ヲ塗抹セシムベキノミ。此以上日本ノ志願アルベカラズ」。
― 丸山眞男、『山陽新報』社説の「脱亜入欧」論[1] ジョン・インヨル「脱亜と興亜〜福澤諭吉の残した「脱亜入欧」の亡霊がまだ日本を覆っている」