漢詩・漢文鑑賞スレ
対句だから見事
そんなわけはない
杜甫の詩の対句は
単なる言葉遊び・蛇足
メロスは激怒した
セリヌンティウスは歓喜した
とか言ってるようなもん
対句にしてるからこそ
各句の具体性は損なわれるし
駄洒落みたいになってる 杜甫の詩は下手
返照
楚王宮北正黄昏 楚王の宮北 正に黄昏
白帝城西過雨昏 白帝城 西過雨の昏
返照入江翻石壁 返照 江に入りて 石壁に翻り
帰雲擁樹失山邨 帰雲 樹を擁して 山邨を失す
垂年病肺惟高枕 垂年 肺を病んで 惟だ枕を高くし
絶塞愁時早閉門 絶塞 時を愁いて 早く門を閉づ
不可久留豺虎乱 久しく豺虎の乱に留まる可からず
南方実有未招魂 南方 実に未だ招かざるの魂有り
これは多くの詩選に載っている名詩だが
前半四句と後半四句に何の関連がある? 旅夜書懐
細草微風岸 細草微風の岸
危檣獨夜舟 危檣 独夜の舟
星垂平野闊 星垂れて 平野闊く
月湧大江流 月湧きて 大江流る
名豈文章著 名は豈に文章もて著さんや
官應老病休 官は応に老病に休むべし
飄飄何所似 飄々 何の似る所ぞ
天地一沙鴎 天地の一沙鴎
これも、多くの杜甫詩選に載っているが
前半四句と後半四句に、何の関連がある? こういう
何の脈絡もなく始まる
自分語りが
俺は嫌いだ
何の共感もできない
杜甫の詩は理解できん 杜甫が好きな奴は
陶淵明も好きだよな
陶淵明の詩も
理窟っぽいのが多くて
好かん
詩というより
エッセイ
評論だな
人生は無情だ
なんて誰でも言える
それを具体的な
経験・情景
で表現するから、詩なんだろう
まあ
采菊東籬下 悠然見南山
の句は良いけどな
漱石が評した如く
無我の境地に至れる >これも、多くの杜甫詩選に載っているが
>前半四句と後半四句に、何の関連がある?
古文復興運動の布石だったのかな。 >>66
情夫れ真なりと云ふは実に可なるか
情と真は必ずしも同意ではない。
情には合わずとも真であるものもあり、
情に適えども真にあらざるものもあるからな。 >>108
前後の句の脈絡のなさが漢詩の特徴らしい
その点和歌は上の句と下の句が緊密につながってるもんな 先生不知何許人、不詳姓字。
宅邊有五柳樹、因以爲號焉。
閑靜少言、不慕榮利。
好讀書、不求甚解。
毎有會意、欣然忘食。
性嗜酒、而家貧不能恒得。
親舊知其如此、或置酒招之、
造飮必盡、期在必醉。
既醉而退、曾不吝情去留。
環堵蕭然不蔽風日、短褐穿結箪瓢屡空、晏如也。
常著文章自娯、頗示己志。
忘懐得失、以此自終。
こういう人、たぶん最近増えている。 訳をつけ忘れた。
先生不知何許人、不詳姓字。 五柳先生はどこの人なのかわからない。姓名もはっきりしない。
宅邊有五柳樹、因以爲號焉。 居宅のあたりに五つ柳の木が立っていて、そのためにこの呼称がついた。
閑靜少言、不慕榮利。 おっとりとして口数は少なく、金もうけに関心がない。
好讀書、不求甚解。 本を読むのを好むけど、必ずしも徹底的に理解しようとはしない。
毎有會意、欣然忘食。 意に適う(興味が持てる)ことがあるたびに夢中になって食事も忘れる。
性嗜酒、而家貧不能恒得。元来酒を飲む人だが、貧しいのでいつも酒が手に入るわけではない。
親舊知其如此、或置酒招之、 親しい人たちはこのことを知っていて、飲み会を開いて彼を招くが、
造飮必盡、期在必醉。 先生は飲むとなれば徹底的に飲んで、求めるのは酒に酔うことのみ。
既醉而退、曾不吝情去留。 そして酔って帰るとなると、遠慮なくさっさと帰る。
環堵蕭然不蔽風日、短褐穿結箪瓢屡空、晏如也。
住んでる小屋はボロボロで風も日差しも防がないし、服は破れつぎはぎだらけで箪笥の中は空っぽだけど、全く平然としている。
常著文章自娯、頗示己志。 いつも文章を書いてそれを楽しみ、思いのたけを書きまくる。
忘懐得失、以此自終。 損得勘定など心になく、こんなやり方で人生を貫いた(終えた)。 芭蕉は杜甫の影響受けたことが強調されてるけど、僕に言わせれば芭蕉の俳句の方が杜甫の漢詩より深いと思うな 芭蕉は教養のある育ちじゃない
恐らく、西行や杜甫の詩歌も、深く研究したわけではなく、世間一般に知られているようなものを知っていただけと思われる
だからこそ、おかしな影響を受けずに済んだと言える 杜甫の詩には、「我」しかない
言いたい事を言うために自然を歪めて見ている
自然を虚心に観察し、没我の境地で垣間見た真理を歌った文学者達とは全く対照的
百人一首にも載っている西行の歌に
嘆けとて月やは物を思はする
託ち顔なる我が涙かな
とあるが、反対に「月が嘆けと言っている」というのが正に杜甫の詩 最近こういう掲示板、利用者減ったよね。
みんな物価高とか生活苦で追い込まれて、古文とか漢文とか考える余裕もなくなったのかな。 今どき漢詩なんか読む意味あるんだろうか
時制の概念すら無い原始人みたいな言語
詩の花形たる恋愛詩はほぼ皆無
社会的な価値といえば儒教/反儒教みたいな単純な思想しかない 国民国家主義、もしくは帝国主義が存続する限り、人文教養は尊ばれ続ける。
ましてこれからは中国が強くなる。そんな時代、中国文化への造詣の深さは、これまで以上に尊ばれるようになる。
教養にあこがれながらも自分の教養力に自信がない中国の金持ちたちは、日本の優秀な漢学の専門家たちに、高い報酬を払って大切な子女の教育を任せるようになる。 あ、ちなみに、私の知り合いの50代、60代の大卒エリートの中国人たちが、
「この年齢になって、改めて学びたいと考えています。歴史や古典を学びたい。」
と繰り返しいってきます。
彼らが受験時代や大学時代に学び損ねた分野、そして年を取ってからも学ぶ必要があると感じている分野、それがまさに古典です。 >>125
日本や欧米の古典を学べばいいじゃないか
唐詩なんか公務員試験のために作られたものだぞ >>126
欧米にまともな古典があると思っているんですか?
世界史勉強してない? ちなみに日本でも、漢字を使って初めて文章の読み書きをしたのが厩戸王と言われているけど、それが7世紀初期の事。
欧米に至っては、今の欧米人が入ってくる前に暮らしていた民族が甲骨文字に毛が生えた程度の原始的な文字で長年歌い継がれた神話(詩)を「記録」するくらいしかできなかった。洞窟の壁画的な物語の記録しか残っていない。
中国や日本の古代のように、多くの才人の思想や個性が作り上げた古典文学と呼べるものなど存在しない。 >>129
諸子百家の著作や様々な創作文、詩文など、
紀元15世紀(宋代)までだけを見ても数知れずあります。
日本でも10世紀前後を中心に豊かな古典文学が残されています。
欧米は…プ 東アジアの2千年以上前から育まれた豊かな古典文学に全く興味がなく、
欧米(ゲルマン人ノルマン人)の18世紀以後の古典文学に興味があるというのであれば、この掲示板を見る理由も、この掲示板に書き込む理由がないのでは? 老荘思想を学ぶなら、より体系的で哲学的に深みに達している仏教やインド哲学を学ぶ方がよい
韓非子を法治思想の萌芽だなどと持て囃す暇があったら、もっと近代的でまともな社会思想の本を読んだ方がよい 詩文に関しては>>123のとおり
平安時代の日本においても、白氏文集を輸入しても、閑適詩と長恨歌などが持て囃され、白居易が重んじた諷諭詩は大して人気が無かったようだ >>133
諸子百家を知らないのかな?
春秋戦国時代の熾烈な競争社会を生き抜く術を論じ合った人々だよ。
ただのビジネス書って、ビジネス書の何が悪いんだ?
近代社会思想の本が韓非子の代わりになるとまで言い出すとは、韓非子を読んだことがないと白状しているようなものだ。
法治主義を学ぶために韓非子を読むのではなく、韓非子を読んでみたら、ああこれは法治主義を正当化してくれると気づく。
そして韓非子を読んで学ぶのは<近代社会思想>ではなく<古代政治思想>。そして荀子につなげることもできる。
ちなみに近代社会思想には、全体主義を求める思想や、絶対王政を正当化する思想も数多くあるのだから、「<近代社会思想の本>を読んだ方がいい」という表現からして、それもろくに読んだことがない人間だと白状しているようなものだ。 今の時代にも漢文を学ぶ意義は、結局これに尽きる。
>>124
>国民国家主義、もしくは帝国主義が存続する限り、人文教養は尊ばれ続ける。
>ましてこれからは中国が強くなる。そんな時代、中国文化への造詣の深さは、これまで以上に尊ばれるようになる。
>教養にあこがれながらも自分の教養力に自信がない中国の金持ちたちは、日本の優秀な漢学の専門家たちに、高い報酬を払って大切な子女の教育を任せるようになる。 まあ、人文教養に無縁な大多数の労働者階級というのも当然、
帝国主義の世界、国民国家主義の世界を支えるのに欠かせない存在だけど。
教養人たちは結局彼ら労働者たちの労働に依存して生きていくわけだからね。 >>136
> 近代社会思想の本が韓非子の代わりになるとまで言い出すとは、
言ってない
読解力を身に付けましょう まあ、わざわざ古文漢文板にまできて、こんな低レベルな文化ナショナリズムを披露してる時点でまともなやつじゃないわな 杜甫の魅力は、貧困の中で施策に励んだり、苦労を重ねた人生の中で、民の幸福を願う気持ちや政治意識が高いこと、誠実さ、っていう人が多いね。
李白の魅力は、自由奔放で、悩みなく息を吐くように美しい詩を書くことができたとか。皇室の血を引くなど、気高い血筋もあって、努力せずとも学ばずとも生まれつき才に恵まれていたとか。 李太白杜子美微時為布衣交,並稱於天下後世。
今考之《杜集》,其懷贈太白者多至四十餘篇,
而太白詩之及杜者,不過沙邱城之寄,魯郡東石門之送,
及飯顆之嘲一絕而已。蓋太白以帝室之胄,負天仙之才,
日試萬言,倚馬可待,而杜老不免刻苦作詩,宜其為太白所誚。
洪容齋胡苕溪以飯顆詩不見《太白集》中,疑為後人 偽作
。予謂古人嘲戲之語,集中往往不載,不特太白為然。
然後之人作詩,乃多學 杜而鮮師太白,豈非以太白才高難及,
而愛君憂民,可施之廊廟者,固在於飯顆之 人耶? 訂正します。
杜甫の魅力は、貧困の中で施策に励んだり、
→杜甫の魅力は、貧困の中で詩作に励んだり、 飯顆山頭逢杜甫,頂戴笠子日卓午。
借問別來太瘦生,總為從前作詩苦。
この李白の詩は、李白の公の集の中に入っていないから、李白の詩というのは嘘かもしれないと疑う人が多いけど、
こういう遊び半分の詩は、集に入れないのが普通であって、
李白がこのように杜甫をひやかすのは自然な話だというのが>>144の内容。 一方、杜甫は自由奔放で悩みなく美しい詩をつくる李白の生まれつきの才能に憧れて、ほめたたえている。
春日憶李白 杜甫
白也詩無敵
飄然思不群
清新庚開府
俊逸鮑参軍
渭北春天樹
江東日暮雲
何時一樽酒
重與細論文 最近の中国の歴史ドラマとか映画にもちょくちょくのんきな李白が登場する。
杜甫は見たことないけどね。
空海っていう日中合作映画でも李白が出てきてた。
こういう映画やドラマに出てくる李白は若い頃からとんでもない奇抜な天才で、飄々としていて、いつもふざけているというキャラクター。
一番最近見た華流ドラマでは、李白は登場しなかったけど、主人公の女性が、子どもの頃に、李白から勉強を教わったことがあるという設定だった。父親に「だったらなぜ私を李白先生に教えさせたの」の一言だけ李白の名前が出た。
李白は朝廷で自由に遊びまわる恵まれた立場というのが通説。 >>147
実際にはあこがれているのではないだろうね。
何しろ立場的に世間から高く評価されているスターでもあり、気まぐれで自由奔放な李白に対して、地味で神経質な杜甫は、お世辞を言っているだけだと思う。
君子詘於不知己而信於知己
君子は信頼できない人(自分を理解して尊んでくれない人)の前では言葉を慎んで頭を下げて難を避けるというからね。 失鶴
白居易
失為庭前雪 失いて庭前の雪と為り
飛因海上風 飛びて海上の風に因る
九霄應得侶 九霄 応に侶を得たるべし
三夜不歸籠 三夜 籠に帰らず
聲斷碧雲外 声は碧雲の外に断ち
影沉明月中 影は明月の中に沈む
郡齋從此後 郡齊 此れより後
誰伴白頭翁 誰か白頭の翁に伴はん
岩波文庫の白楽天詩選に載ってないので、良いのを見つけた
引き続き文集も読む 漢文は日本の文化
中国は文化大革命で自国の古典を捨てており、古代中国の文化を保存・継承してきたのは日本なのだから 必要は無い
現代中国語の声調が分かれば、多くの場合、漢字の平仄も分かる(当時の発音は分からない)
が、それは漢和辞典を引けば分かることだし、結局現代中国語の音を調べるのに辞書を引くなら、手間は省けてない 白氏文集は長すぎる
こんなの全部は読めない
全訳した先生と明治書院は偉い 白居易はやはり琵琶行がいい
風景描写が美しく叙情豊か
女が琵琶を弾く描写には非常に迫力があり、幽寂たる風景との対比も見事
余韻も深い 杜甫は
兵車行
月夜
石壕吏
曲江 其二(人生七十古来稀)
春夜喜雨 李白は、
静夜思
早発白帝城
峨眉山月歌
望廬山瀑布 其二
黄鶴楼送孟浩然之広陵
玉階怨
贈汪倫
秋浦歌 其十五
などなど 宋代とか隋唐時代とかの大昔の発音ってどうやって調べるんだろう 臨終詩
謝霊運
龔勝無餘生 龔勝 餘生無く
李業有窮尽 李業 窮尽有り
嵇公理既迫 嵇公 理既に迫り
霍生命亦殞 霍生 命亦た殞つ
淒淒陵霜栢 淒淒たり 霜を凌ぐ栢
納納衝風菌 納納たり 風を衝く菌
邂逅竟幾時 邂逅 竟に幾時ぞ
脩短非所憫 脩短は憫む所にあらず
恨我君子志 恨むらくは我が君子の志の
不獲岩下泯 岩下に滅ぶを得ざること
送心正覚前 心を正覚の前に送り
斯痛久已忍 斯の痛み久しく已に忍ぶ
唯願乗来生 唯だ願わくは来生に乗りて
懇親同朕心 懇親として朕が心と同じくせんことを 律詩というのは、そもそも無駄な制約課してるだけの言葉遊びだと思う 漢詩なんて今日学ぶ意味があるんだろうか?
時制の概念さえ無い原始人みたいな言語
字が無駄に多いだけで表現の幅は大して広くない
ほとんどが公務員が仕事で作っただけの下らない作品
「出世か隠遁か」みたいな下らない二律背反を何百年もテーマにし続けるワンパターンさ 「白髪を見て老いを嘆く」
なんて一体何人の詩人が読んでるんだ
顔洗うたびに勝手に絶望してろよ >>118
杜甫は下手だからね
「春望」なんて下らない句ばかり
「国破山河在 城春草木深」なんて小学生でも書けそうな具体性ゼロの何の趣も無い句
そのくせ「人為と自然の対比」みたいなテクニックだけが露骨に目立つから、ただ拙いよりも余計にたちが悪い
「烽火連三月 家書抵万金」
これよりも品の無い句もそうそう無いんじゃないかな
品詞が対応してるだけで、内容的には対句でも何でもない。ただのダジャレ
律詩の制約をみたしているだけで、何の内容も無い。クロスワードパズルを解いてるようなもん
>>107-108にあるような句の断絶もある
信者には「これが杜甫の詩の格調を高めている」とか言う連中もいるが(笑)
芭蕉の句にある「軽み」も無い
「隣の爺さんと酒を飲もう」というだけの詩を、まるで厳かな史跡でも詠むみたいな七言律詩にしちゃう(「客至」)
何よりテーマが下らない
「(40代無職で)世直しがしたい」とか「出世できなかった」とか、クソしょうもない詩ばっか そもそも下手な詩を沈鬱頓挫とか言って高度なものだと思ってる奴・・・w >>165
このスレは居酒屋で蘊蓄たれてるレベルなので読めないと思いますよ すみません、私も日本の漢字で書かれたものでないと読めません。学校の先生なら読めるかな?無理か。こういうのはどうやって身に着けるんだろう。
日本人が勝手にわかったつもりで解釈しているだけで、中国人の文化や風習を知らないと本当の意味はわからないのかもしれないね。 ↓こんなん面白いと思う奴おるんか?
縛鶏行
杜甫
小奴縛鶏向市売 小奴 鶏を縛りて市に向って売らんとす
鶏被縛急相喧争 鶏 縛られ急に相ひ喧争す
家中厭鶏食虫蟻 家中 鶏の虫蟻を食ふことを厭ひ
不知鶏売遷遭烹 鶏の売らるれば遷た烹らるるに遭ふを知らず
虫鶏於人何厚薄 虫鶏 人に於て何の厚薄あらんや
我叱奴人解其縛 我 奴人を叱って其の縛めを解かしむ
鶏虫得失無了時 鶏虫の得失 了時無し
注目寒江倚山閣 目を寒江に注ぎて山閣に倚る 涼州詞
王翰
葡萄美酒夜光杯
欲飲琵琶馬上催
酔臥沙上君莫笑
古来征戦幾人回 日本語ベースで、日本語意訳→日本語直訳→書き下し文→白文(漢詩)
あえての中国語を習っていって、現代中国語(北京語)→古典中国語→古体詩(漢詩)
皆さんはどっちのコースで来ましたか? 漢文は日本国の古典文学です
実際、古代の漢籍を保存・伝承し、その精神を受容してきたのは、日本人なのです
日本人がそうしなければ、現在の地球上に漢文は残っていません
中国(中華人民共和国)は七十余年の歴史しかありません
したがって二千年以上の歴史を持つ漢文が中国の文学であるなどという馬鹿な話はありません
これはナショナリズムでも何でもなく、至極公明正大な意見です 漢詩は学べば学ぶほど、その芸術性の低さに失望させられる。
和歌では、海や川を詠むのに、江、津、沖、渚、磯、浜、堤、岸、汀、瀬、淀、淵、……など極めて多彩な表現を使う。
そして、「瀬をはやみ」とか「入り日を洗ふ沖つ白波」とか、その描写も克明かつ繊細。叙情性も豊か。
漢詩における川の表現はほとんど江、漢といった固有名詞ばかり。
しかも、その川がどのような様子で流れているのか・それに何を感じるかという表現も、李白や山水・自然詩人を除けばほとんど無い。単に「何某とかいう川がある」というだけ。 漢詩は儀礼的なものや政治や処世を詠んだものがやたら多く、詩の王道である花鳥風月や恋情を詠った詩が極めて少ない。
べつに政治や処世を詩にすること自体は良いのだが、肝心の内容が、ただ厭世に走っただけのものや、卑屈なものばかりで、全く芸術性が無い。
杜甫の後期の詩はほとんど全部そう。
「文選」には招隠だの反招隠だのという章があるが、本当に下らない。
「楚辞」の離騒はめずらしい字が並んでるだけで、内容はネトウヨの高校生がヤフコメか嫌儲に書き込んでる程度のもの。
われこそは新島守よ隠岐の海の荒き波風心して吹け
こういう詩はシナには無い。
後鳥羽院の歌は、自らの不遇をかこちながらも、雄々しさ・雅やかな心はそのままで、それが却って沈痛な趣を醸し出している。
己の不遇をかこつ漢詩はどれも、「左遷された。世の中クソ」みたいなのばかり。こんなものは文学ではない。 そもそも、古代中国語みたいな時制の概念すらない原始人レベルの言語で、まともな文学を書くのが無理。
しかも、漢詩の場合は接続詞や助字も省略されるから、どうやったって
オニク オイシイ
ワタシ ウレシイ
みたいな阿呆みたいな文章にしかならない。
正直、漢詩は日本人が書き下し文にして初めて詩の体裁になっていると言ってよい。 陶淵明にはまっている
遊びに全力を注げの意味が曲解されている詩が気に入ってる 萩原朔太郎が、日清戦争後に歌人たちが国威発揚の短歌やら軍歌やらを濫造したことを批判しているが、杜甫の詩ってまさにこれだよな
古詩の言葉をたくさん使ってるだけで詩の心がまるで無い 玉華宮 杜甫
渓廻松風長 渓廻りて 松風長く
蒼鼠竄古瓦 蒼鼠 古瓦に隠る
不知何王殿 知らず 何王の殿ぞ
遺構絶壁下 遺構 絶壁の下
陰房鬼火青 陰房 鬼火青く
壊道哀湍瀉 壊道 哀湍瀉ぐ
萬籟真笙竽 万籟 真に笙竽
秋色正瀟洒 秋色 正に瀟洒
美人為黄土 美人も黄土と為る
況乃粉黛仮 況んや乃ち粉黛の仮をや
當時侍金與 当時 金與に侍せしもの
故物独石馬 故物 独り石馬のみ
憂来藉草坐 憂来り草を藉いて坐し
浩歌涙盈把 浩歌すれば 涙把に盈つ
冉冉征途間 冉冉たる征途の間
誰是長年者 誰か是れ長年なる者ぞ
唐詩選に最初に出てくる杜甫の詩
これは名詩だと思う
渓廻松風長
蒼鼠竄古瓦
というのは、繊細な叙景描写だし、晩年の律詩にあるようなわけの分からん屈折も無く、全ての句が緊密に働いている 唐詩選の七言古詩の巻に、劉希夷の詩がふたつ載っていて、「代悲白頭翁」の方が有名なのだが、「公子行」のほうが良いと思う。 唐詩選には良い詩が多い。
解悶 杜甫
一辭故國十經秋
毎見秋瓜憶故丘
今日南湖采薇蕨
何人爲覓鄭瓜州
一たび故国を辞し 十たび秋を経る
毎に秋瓜を見れば 故丘を憶ふ
今日 南湖に薇蕨を采る
何人か為に覓めん 鄭瓜州
> 毎見秋瓜憶故丘
杜甫がこういう名句を書いているとは意外だった 商山早行
温庭筠
晨起動征鐸
客行悲故郷
鶏声茅店月
人迹板橋霜
槲葉落山路
枳花明駅牆
因思杜陵夢
鳧雁満回塘
晨に起きて征鐸を動かす
客行 故郷を悲しむ
鶏声 茅店の月
人迹 板橋の霜
槲葉 山路に落ち
枳花 駅牆に明らかなり
因りて思う 杜陵の夢
鳧雁 回塘に満つ
唐詩選には無い詩 来是空言去絶跡
李商隠
来是空言去絶跡
月斜楼上五更鐘
夢為遠別啼難喚
書被催成墨未濃
蝋照半籠金翡翠
麝薫微度繍芙蓉
劉郎已恨蓬山遠
更隔蓬山一万重
来るとは是れ空言 去りて跡を絶つ
月は楼上に斜なり 五更の鐘
夢に遠別を為して 啼くも喚び難く
書は成すを催されて 墨未だ濃からず
蝋照 半ば籠む 金翡翠
麝薫 微かに渡る 繍芙蓉
劉郎 已に蓬山の遠きを恨むも
更に隔つ 蓬山一万重
漢詩に、こういう耽美的で哀切な情の籠もったものがあるとは意外だった。
李白の「玉階怨」に並ぶ傑作だと思う。 鍾山即事 王安石
澗水無声繞竹流
竹西花草弄春柔
茅簷相対坐終日
一鳥不啼山更幽
蕪村の、ひねもすのたりのたり哉に似た風情があるような気がする この人は、ほかの作品もなんか和歌や俳句っぽい
落花
牆角數枝梅
凌寒獨自開
遙知不是雪
為有暗香來 細雨
李商隠
瀟洒傍廻汀
依徴過短亭
気涼先動竹
點細未開萍
稍促高高燕
微疏的的螢
故園煙草色
仍近五門青
瀟洒として廻汀に傍ひ
依徴として短亭を過ぐ
気涼しくして先づ竹を動かし
点細くして未だ萍開かず
稍や促す 高高たる燕
微かに疏にす 的的たる螢
故園 煙草の色
仍ほ五門の青に近し
感覚が抜群に優れているな 春雨
李商隠
悵臥新春白袷衣
白門寥落意多違
紅樓隔雨相望冷
珠箔飄燈獨自歸
遠路應悲春晼晚
殘宵猶得夢依稀
玉璫緘劄何由達
萬里雲羅一雁飛
悵臥す 新春 白袷衣
白門 寥落として意多く違ふ
紅樓 雨を隔て相望めば冷やかに
珠箔 燈に飄りて獨自り歸る
遠路 應に春の晼晚たるを悲しむべし
殘宵 猶ほ夢の依稀たるを得る
玉璫 緘劄 何に由りてか達せん
萬里の雲羅 一雁飛ぶ 寄令狐郎中
李商隠
嵩雲秦樹久離居
雙鯉迢迢一紙書
休問梁園舊賓客
茂陵秋雨病相如
嵩雲 秦樹 久しく離居す
雙鯉迢迢 一紙の書
問ふを休めよ 梁園の舊賓客に
茂陵の秋雨 病相如
私も遠方の友人から手紙がきたことを、双鯉迢迢とか言ってみたい 白居易は、唐詩三百首には長恨歌と琵琶行のほかに4首あるだけ。唐詩選には1首もない
もしかして、人気あるの日本だけなの? 落花
李商隠
高閣客竟去
小園花亂飛
参差連曲陌
迢遞送斜暉
腸斷未忍掃
眼穿仍欲稀
芳心向春盡
所得是沾衣
高閣 客竟に去り
小園 花亂飛す
参差として曲陌に連なり
迢遞として斜暉を送る
腸断たれて未だ掃くに忍びず
眼穿たれて仍ほ稀ならんと欲す
芳心 春盡来るに向かひ
得る所 是れ沾衣のみ >>198
これは良い詩だ。
杜甫の詩と比べてみよ。
曲江二首 杜甫
其一
一片花飛減却春
風飄万点正愁人
且看欲尽花経眼
莫厭傷多酒入脣
江上小堂巣翡翠
苑辺高塚臥麒麟
細推物理須行楽
何用浮名絆此身
こうして見較べれば、杜甫のは大袈裟な言葉を並べただけの何の心も無い詩と分かるだろう。
技巧においても李商隠の方が遥かに上だ。
李商隠の詩は、楼閣、客、小園、花びら、道、夕日などのモチーフが分かち難い関連を保って詠まれており、しかも詩人の心象を象徴している。
杜甫のは、花びら、風、翡翠、園辺の塚などが個別に描かれているだけ。七言詩はより多くのことを書けるはずなのに。
また、李商隠の詩は、全体的にもの寂しさがある中で五六句目に「腸断」「眼穿」も強い言葉がきてリズムがある。
一方、杜甫のは一句目から「滅却春」「愁人」と強い調子で詠みだして尻下がりになっている。 杜甫にしろ陶淵明にしろ、だいたい最後は哲学や人生論で締めちゃうのは、文学よりも論を重んじた中国人の欠点だよね >>200
哲理を説いても謝霊運や謝朓は叙情性豊か
陶淵明はまだ生活の実感に根差した趣がある
杜甫は頭の中で考えたことを美辞麗句で飾っただけ 現代日本でわざわざ漢詩なんか読む人間が、ああいう卑屈な詩を好むとは思えんのだが。 芭蕉が杜甫の詩を読んでいたことは、「奥の細道」の平泉のくだりからもわかるが、芭蕉の作風には杜甫の影響というのはほとんど感じられない。 >>203
うむ
「五月雨をあつめてはやし最上川」は、李白の「早発白帝城」のようなダイナミックな叙景だし、
「草臥れて宿かるころや藤の花」は、陶淵明の「採菊東籬下、悠然見南山」のようだ。漱石が「草枕」で評したような解脱感がある。
「古池や蛙飛びこむ水の音」や「閑さや岩にしみ入る蝉の声」は、全く日本人特有の感性で、シナの詩人の書くべくもない。
「秋深き隣は何をする人ぞ」なんて詩は杜甫には絶対に書けない。