ノーベル賞シーズン、日本で起きている深刻な事態
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51292

カズオは、日本を捨てたとは言いませんが、少なくとも「英国を選んだ」英国人作家で、
彼の文学は英文学の伝統の上に、英国〜国際社会、
あえて言えば人類社会の問題に正面から向き合う性質のものです。

彼の生い立ちや記憶の一部に、日本は確かに関わっているけれど、
それをナショナリスティックに喜ぶようなことはお門違いと言うべきでしょう。

むしろICANには日本人幹部、何より広島・長崎の被爆者が多数コミットしており、
これこそまさに「日本人が受賞した」
すなわち「実戦で核兵器を投下された唯一の国の国民がノーベル平和賞を受けた!」
として国を挙げて歓迎すべきものであるはずです。
本来ならば・・・。

もしそうでないとすれば、どこか根本的におかしいので、
おかしい要素は昨今の流行の言葉でいえば「排除」の対象とした方がいいのかもしれません。

ともあれ、日本人は「ノーベル賞」に対して、どこかアサッテな反応を示しやすい。
先日は「日本人がサイエンスでノーベル賞を受賞すると理系に進む子供が減る」という、
「ほんまかいな話」すら目にしました。

いわく、ノーベル賞受賞者が研究の苦労を語ると、そんな大変な目に子供を遭わせたくないと、
親が子供に理系進学や科学者を目指すのを思いとどまらせるよう働きかけるという・・・。

目を丸くするというか、本当なら世も末と思わざるを得ませんでした。
そこで、この絡みから、教育の問題を考えてみたいと思います。