>>35
丁寧な御返信ありがとうございます。
私も熱くなりすぎた点もあり、また言葉の足らない点もあり、お見苦しい書き込みをしたかと思います。
色々言いたいことも御座いますが、今後、言葉を選んだ書き込みを心がけていきたいと感じました。

その上で気がかりになった点があります。
一見善意とも取れる独立論が唱えられる度に、無意識に沖縄県民の心情を踏みにじり、差別の再生産を助長しているのではないかと言う懸念を述べるに留めておきます。

上里隆史の研究によると、古琉球時代の時点で既に大和風の文化が形成されつつあったことが記されています。
同様の研究はいくつかあり、大和人との混交 はかなり進んでいたようです。
薩摩の侵略後、大和との混交が遅れ、明治期になり近代国家建設の際に国境を画定のためとはいえ、琉球処分が断行され日本領になり、性急になってしまったのは残念に思います。
それでも明治36年の人類館事件では、沖縄人は同じ日本人である筈なのになぜ陳列台にならばなければならないのかと沖縄中の住民が抗議し、撤回させたそうです。
オール沖縄の走りでしょう。そういえば人頭税廃止時の沖縄の佐倉惣五郎もこの時期でしたね。
また、沖縄戦時においては日本への帰属意識が最も高かった時期であり、伊波普猷が戦意高揚記事を寄稿するほどでした。

沖縄県民をなぜ、わざわざ日本から分断させようとするのか、どうしても私は理解に苦しみます。
ましてや「琉球人」という言葉! 
独立を選ばず本土復帰を真剣に願った県民の思いは軽率だったのか、この機会に考え直してみたいと想います。