日本での差別
差が有るから分けているわけだが。
それを、実際にも劣る差があることを内心認めるも、
それへの反発を自身の進歩として働かせるのではなく
嫉妬の発露としてしか反発してないわけだ。
心は隠せんな。

そうではなくて、それを認めることで進歩があるわけでな。
それをしたのが維新後の白人文化の日本化と、行った日本人。
それは遣唐使や儒教や仏教でも解るように昔からの繰り返し。

天皇の否定
ただし、戦後の白人万歳は洗脳に近いものがあり
白人の作戦な、戦前の文化などを否定することにも使われてしまっている。
その影響をこの支那系日本人はもろに受けてしまっていて、
知らずに親の否定につながることを学んでいるわけよ。
それも、親が自由ゆえに得た私有財産で学びながらしているわけ。
こいつも自分の子供に私有財産をつぎ込むことになる。