新婦人1963年3月号(*より一部抜粋)
■若い芸術家■舞台美術家/前田亜土
私が生まれたのは一九三九年出生地は北海道阿寒である。幼い頃小学校の仲間から「ギリ」という渾名をたてまつられてその頃の私はその意味が解らずに父に問うた挙句、父の叱責を招いたものだが、今想えば、それはギリアックの略であったらしい。
中学校を終えた私は住みなれた清き阿寒の湖をあとに或る満月の夜「家」の鎖を断ち切る為、家出をしたのだが、青函連絡船で海峡を渡る数時間、私は甲板の手摺に靠れたまま滑らかな海を見続けた。
海上に浮遊していた、腐りかけの林檎、セルロイドの血、何かを中にくるんだ菰包、針のない柱時計、――
昭和14年3月生/武蔵野美校卒/劇団表現座所属