女性は深く頭を下げ、

「早く会って謝りたかった。ひどいことをしてしまいました。ごめんなさいお父さん。」

「お父さん。」

願いが叶いました。私の知っている気遣いの出来る心優しい娘がここにいます。
片時も忘れること無かった娘に、何もしてやれない娘に、お金にだけは困らないように生活を精一杯切り詰め、
昇進して収入を増やし娘の為に少しでも多くの養育費を渡そう。そう心に決め仕事に打ち込み
いつかもう一度娘から「お父さん」そう呼ばれる日が来るのを願い努力して来た苦労が今、やっと報われたのです。

しかし、何の感情も湧くことはありませんでした。私は「そんなことはどうでもいい。私も一度だけ会いたかったんだ。」
鞄から現金の入った封筒を取り出し女性の前に置きました。
これが相続分及び将来発生するであろう慶弔費であること。父親としての義務は全て果たしたこと。
もう関わらないことを話し、注文票を手に取り席を立ちました。
清算を済ませ店を後にし、駐車場へ向かっていると娘だった女性が追いかけて来ました。
「本当に知らなかった。酷いことをしてごめんなさい。」「お父さんが悪いと信じ込んでしまっていた。」
「これからお父さんと思い出を作りたい。」「子どもが出来たらお父さんに会わせたい。」
「お父さんに恩返しがしたい。」「行かないで。お父さん。お父さん。お父さん。」

涙ながらに懇願する娘だった女性を見ても、やはり何の感情も湧きませんでした。
何も聞かされていなかった。信じ込まされていた。罪は無い。そう思ってはいても、
大切な娘への思いは、大切な娘との思い出は、色褪せ、霞み、掻き消され、記憶の残滓が漂うだけでした。

駐車場に着き、かつては家族だった三人の幸福だった思い出が残る私の古びた車に気付いて女性は立ち止まりました。
構わず乗り込もうとする私を女性は我に返り必死で引き留めようとしました。
私は大切に持ち歩いている妻子の写真を少しだけ女性に見せ車に乗り込み、立ち尽くす女性に目もくれずその場を去りました。


このような不快な人生の経験談を最後まで読んで頂きありがとうございました。