>>164
 で、結局、左右を区別する基準は何なんだというと、それは平等概念の捉え方に尽きるとボッビオは主張します。
二つの対立項のうち、一方は平等主義者であり、人間に共通するものを尊重し、そのことがよりよき共存のために必要と考え、不平等は人為的なもので弾劾・除去されるべきだと考える。
そして、他方は非平等主義者であり、よりよき共存のためには、人間のあいだの相異が重要であると考え、平等とは人為的なものであり、自然が人間に望んだ不平等と矛盾するため望ましくないと考える。

つまり、左翼は自然・習慣・伝統・過去が作り出した不平等を是正することができるとし、それを実行に移そうと試みるのに対し(万人が完全に平等であるユートピア的社会の追求ではない)、
右翼はそうした自然・習慣・伝統・過去が生み出した不平等を受け入れるのに、より柔軟である、というのです。

たとえば、自分が所属する社会に、虐げられている集団(低所得層や移民、少数民族など)がいた場合、その不平等の最小化を目指そうとするのが左翼で、そうした社会の不平等に比較的柔軟であるのが右翼というわけです。