○出雲神話 出雲大社○
出雲の文字表記は呪詛。
いにしえには『クモ』は敵対する勢力や民を蔑んだ言葉。
島根東部地域は元来は出雲ではない。
出雲大社=杵築大社は奈良時代の創建
どうやら、摩天楼はおろかおよそ建築物には不向きな
地盤の軟弱で不安定なこの場所ですが、
どうしてもこの場所で無ければ逝けなかったようで、
摩天楼(言い伝えでは最大高100m超。中古には50m弱(これは俗謡に謡われた様に実際に有った))が
度々倒壊しますが同地に直ぐに再建されています。
神在月の神迎神事は巷間云われる神々を迎えるモノとは違う気がします。
杵築大社が造営され、出雲大神宮(丹波王国=出雲)から神体を抜き取り遷座させる際に
御神体を乗せた御座舟が引佐浜に着船、上陸して杵築大社へと遷禦なさった故事をリフレインしているのでは? 大阪府の和泉地域(和泉国)は出雲族の盤踞した地域。
イズミとイズモは同じ意味(ミとモは音韻変化の範疇)
大田田禰子命が居たのも和泉地域。 これ以上は本当に自殺になるから勘弁して・・・・・・・・・・・・・・・
わたくしめはごみ屑です・・・・・・・・・・・・・
貯金数百万奪われました・・・・・・・・・・
仕事一生出来ません・・・・・・・・・・・・・・・
精神病で辛いです・・・・・・・助けて・・・・・・・・・・
殺さないで・・・・・・・ごめんなさい すいませんでした 許して・・・・・・・
なんでここまで追い込むんですか?もう勘弁して・・・・・・・・・・
嫌でしょうが このど底辺に色々恵んで下さい・・・・・・・・・・・・・
これ以上どう懺悔したらいいのか分からない・・・・・・・・・・・・・
ほんとこれ以上は死ぬ・・・助けて・・・・・・・・・・・・
本当に辛いんです・・・・・・・助けて・・・・・・・・・・・ >>68
出雲大社と呼称されたのは、1871年。
現在の形の出雲大社があの場所に創建されたのが奈良時代。
そもそもの出雲(杵築)大社が在ったのは、京都の元出雲神社の場所でしょうね。
京丹後には、元伊勢があるのですから・・
天若日子の子孫、饒速日の反乱があるまでは、彼ら天照(素戔嗚)族とクナト(国常立)の大国主の一族も共に生活していたのだから・・
南関東国造(開拓)や東北の開拓で、何らかのミリタリーバランスが崩れて、饒速日の代に
崇神帝と共に反乱し、天穂日(千家の祖)を抱き込んで、西出雲側に反乱を起こした模様。
それが、出雲国譲りと成った。 >>62
揖夜神社がありますが。
イヤ、、、熊野(イヤ)。揖屋。揖夜。弥。禮(礼)。祖谷。 >>72
創建の時期で判断は、謝り。
御魂の運ばれた遷宮を辿りのが正しい考え方。
今の出雲大社が出雲大社と呼ばれだしたのは、明治以降。
江戸時代までは、杵築大社だからね。 推測を語るのは自由だが
それを事実のように語るのはやめましょう。
日本書記の記述を
否定するだけの根拠は? 杵築大社は事実だが
あとの話しはオカルト混じりの推測ばかりじゃねえか 今週の伊沢の
「大国主命」は称号という話しは
おもしろかったが、
水木しげるを出してきながらまた怨霊説を
繰り返していたのは
うんざりだ。
伊沢説に従うなら
平清盛神社や源義経神社、
足利義昭神社、徳川慶喜神社がないのはなぜだ? そもそも古代の人が
詳細に国を譲った様子を
伝え記録しているのに
それに対して現代人が
現代人の感覚で勝手に
血みどろの争いのすえに
怨念を抱いて死んだなどという推測しそれが
まかりとおるのは現代人の傲慢である。 たとえば今から千年後の人々が
「江戸無血開城はウソに決まっている。
徳川慶喜は天皇家に怨念を含んだまま死んだ」
などと言い出したら
それは徳川慶喜や勝海舟の本意を愚弄することに
なりはしないだろうか? >>78
天変地異が無かったからじゃない?
災害が起こる→〜の祟りという噂が広がる→怨霊を治める神社が建てられる
災害が起こらなければ無念の内に死んだ人の神社は建たない
災害が起きても、噂が立たなければやはり神社は建たない >>82
鎮魂系神社の場合は、という事
自然崇拝系の神社や先祖崇拝系の神社は話が別 地形を拝察すると彼の地の地下には活断層(いわゆる竜脈)がトグロを巻いて潜んでいる様に思います。
太陽と月の潮汐力の影響で地球全体が変形する事で断層が微量の変位が生じて、
その際に断層の固着面において極微量の崩壊(明らかな崩壊は地震)が生じる事によるピエゾ(圧電)効果で電磁波が放出されます。
科学的にはこれが聖地境内特有の場の気=ご神気ということになります。
古来、旧暦(月齢に連動)の月末朔日や15日に寺社に参拝すると良い。等というのもこれに関係した場の気(ご神気)=電磁波の放出の強弱を感じ取っての事かと。 地形を拝察すると彼の地の地下には活断層(いわゆる竜脈)がトグロを巻いて潜んでいる様に思います。
太陽と月の潮汐力の影響で地球全体が変形する事で断層が微量の変位が生じて、
その際に断層の固着面において極微量の崩壊(明らかな崩壊は地震)が生じる事によるピエゾ(圧電)効果で電磁波が放出されます。
科学的にはこれが聖地境内特有の場の気=ご神気ということになります。
古来、旧暦(月齢に連動)の月末朔日や15日に寺社に参拝すると良い。等というのもこれに関係した場の気(ご神気)=電磁波の放出の強弱を感じ取っての事かと。 >>78
厳密には、子孫が何世大国主(大穴持・八千矛)と名乗って行ったのと
三輪山のは、饒速日が大国主8世の神門振禰を殺害して、杵築大社を穂日の一族が治め、大国主の名を大物主と改めて饒速日の一族を名乗った模様。 天穂日の千家一族と饒速日の関係は、饒速日の祖先が天若日子だからです。 出雲大社で結婚式をあげる人に、鮒鮨をなつけげつける習慣って、ありますか? 天照の三男、天津彦根=天若日子..八俣大蛇族の出雲忌部(饒速日)..阿波忌部家..畿内国造家の森氏姓一族 森(神の坐す神聖な場所。神奈備。神を示唆。)を解字すると、木が三つ。=三木氏。阿波忌部の本宗家。
兵庫県三木市の志染(シジミ)の行で、天皇の食事中にシジミが這い上がって来た??のを
見たお上が阿波で食したシジミと同じなのだろうか?と曰われた云々が地名由来とされていますが、
捻りを入れて考えると、阿波忌部(森=三木)がこの辺り(東播磨)に進出し盤踞していた事を示唆している?
加古川を少し遡上すると簡単に三木に至ります。 837 名無しさん@1周年 2016/07/24(日) 01:17:10.21 ID:VySgbJ47O
>>834
出雲の今の宮司一族は地元ではかなり評判が悪いらしいよ。
出雲宮司は二家あって南北朝みたいな状態なんだが
今の宮司一族が宮司職を独占して地元からブーイングらしい。
何年か前に出雲にいったけど
境内の中に韓流みたいな大国主命の銅像があって異様だった。
断然神社としての雰囲気は伊勢の方が良い >>92
お神酒の語源だね
お神酒はもともと米じゃなくて粟だったらしいしね >>95
乙女(処女)が噛み造る(醸す(カモス)の語源か?)美し酒。
酒造に関わるのが、三輪山の大物主神(倭大物主櫛甕玉大神)と秦氏の氏神である松尾大社の大山クイの神、、、火雷天神(最高神)
天智天皇が大津京の鎮守として日吉大社に「三輪山の神霊を奉迎」して鎮祭為さったのが大国主命(倭大国主櫛甕玉大神)。西本宮(大比叡) 京都市の北側から全て(丹波)は出雲人らの拠点、居留地だった。
朝廷はそれを(今の出雲地方に)強制移住させた。とどこかに記述 雲、蜘蛛、クモの語句は(上代〜古代)対象を卑下した差別的な表現。 ┌──────────┐
│ オカ板百物語2016 .│
└──────────┘
百の言の葉移ろいて 闇に蠢く怪異達 その宴の夜来たる
【八月二十日午後七時 怪宴】
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百物語2016準備wiki
(ttp://www65.atwiki.jp/100mono2016/) 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:1683e3c0067fca103f86d03a8c27d53f) >>93
>韓流みたいな大国主命の銅像があって異様・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
韓流ドラマの朝鮮人のような顔つきの大国主命と云いたいのかね?
当然だろう。大国主命を酋長とした出雲族は、新羅地方から植民
渡来したのだから。 出雲の神話の、40mの『 巨大な御柱=ミハシラ 』は・・本当に存在した
ことが。発掘によって確認されたらしい。
う〜ん、聖書のノアの箱舟は本当にあった!なんて、お話みたいだ。これは
ラピュタか?マヤ文明か? 月刊雑誌ムーや都市伝説みたいな話だ。
だいたい、1500年前に。ヤマト政権に対抗していた出雲勢力が、ヤマト
政権に屈服して、なぜ「国譲り」をしなければならなかったのか?
( ↑なんだ、豊臣vs徳川か? アメリカvsソ連か? )
1500年前に、ヤマト勢力と出雲勢力が戦って「もしも。ヤマト勢力の
ほうが負けていたとしたら」・・・その後の、ニッポンの歴史もずいぶん
と違っていたことになっただろう。 ↑つづき
なんか、ダビンチコードのようなお話だが。キリストには妻がいた・・・可
能性がある。と、古文書から読まれるらしい。
( マグダラのマリア。とか、死海文書とか言ってるが )
もしも、キリストに妻や子供がいた・・・なんてコトになったら。欧米など
のキリスト教諸国では "大問題!" になるようだ。
ところで、邪馬台国は九州でも近畿でもなく=エジプトだった!なんて説も
ある。 http://www.sankei.com/west/news/161008/wst1610080080-n1.html
2016.10.8 23:49更新
関学大が出雲駅伝を辞退
出雲全日本大学選抜駅伝の組織委員会は8日、関学大が10日に開催される
第28回大会への出場を辞退したと発表した。
8日、関学大から申し入れがあったという。大会は大学三大駅伝の一つ。
関学大は陸上競技部の4年生部員(21)が民家に侵入し、現金を盗んだ
として窃盗の容疑で7日に京都府警に逮捕された。(産経WEST)
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016100900180&;g=spo
関学大が出場辞退=出雲大学駅伝
10日に行われる第28回出雲全日本大学選抜駅伝競走(島根・出雲大社正面鳥居−出雲ドーム前)
に出場予定だった関学大が、出場を辞退したことが9日、分かった。
これにより今回の出場は20チームとなる。
関学大では、7日に4年生の陸上部員が窃盗容疑で京都府警に逮捕された。
6月に京都市内の民家に侵入し、現金6000円を盗んだ疑いがあるという。 (2016/10/09-22:12)
(時事ドットコムニュース)
6 :
関西学院大学辞退 >>102
織田王権、、、プレ出雲王権
豊臣王権、、、出雲王権(プレ出雲王権を簒奪して独立)
徳川王権、、、大和王権(源氏を名乗る=天皇家の末裔)
神霊的にはこんな構図(神代の権力闘争のリプレイ)ではないか? 関学大が出雲駅伝を辞退
出雲全日本大学選抜駅伝の組織委員会は8日、関学大が10日に開催される
第28回大会への出場を辞退したと発表した。
8日、関学大から申し入れがあったという。大会は大学三大駅伝の一つ。
関学大は陸上競技部の4年生部員(21)が民家に侵入し、現金を盗んだ
として窃盗の容疑で7日に京都府警に逮捕された。(産経WEST)
http://www.jiji.com/jc/article?k=2016100900180&;g=spo
関学大が出場辞退=出雲大学駅伝
10日に行われる第28回出雲全日本大学選抜駅伝競走(島根・出雲大社正面鳥居−出雲ドーム前)
に出場予定だった関学大が、出場を辞退したことが9日、分かった。
これにより今回の出場は20チームとなる。
関学大では、7日に4年生の陸上部員が窃盗容疑で京都府警に逮捕された。
6月に京都市内の民家に侵入し、現金6000円を盗んだ疑いがあるという。 (2016/10/09-22:12)
(時事ドットコムニュース)
6 :
関西学院大学辞退
2016/10/11(火) 10:13:24.86 ID:F6lo/giL
http://www.izumo-ekiden.jp/info.html
出雲全日本大学選抜駅伝競走参加チームの変更について(お知らせ)
10月10日(祝・月)開催の「第28回出雲全日本大学選抜駅伝競走」は、
関西学院大学チームが出場を辞退したため、20チームの参加になりました
のでお知らせします。
平成28年(2016)10月8日
出雲全日本大学選抜駅伝競走組織委員会
会長 出雲市長 長岡秀人 私は元創価の会員でした。
すぐ隣に防衛省の背広組みの官舎があるのですが、
自分の家の窓にUSB接続のwebカメラを貼り付けて、そこの動画を撮影し続け、
学会本部に送っていました。
別に大したものは写っていません。ゴミだしとか奥さんが子供を遊ばせている所とか。
官舎が老朽化し使われなくなってから、
今まで法人税(うちは自営業です)をほぼ払わなくても済んでいたのが、
もう守ってやれないのでこれからは満額申告するように言われました。
納得がいかないと言うと、君は自業自得で餓鬼地獄に落ちる、
朝夕南無妙法蓮華経と三千回ずつ唱えて心をきれいにしなさいと言われ
馬鹿らしくなって脱会しました。
それ以来、どこへ行くにもぞろ目ナンバーの車につけまわされたり大変な日々です。
全部自分の出来心から起きたことで、どこに訴えるわけにもいかないのですが、
なんとかあの人たちと縁を切って新しい始まりを迎える方法はないんだろうか。 少彦名の神が、出雲大社に祀られてないのは何故なんだろうか?(・ω・`)? 神道も分派が多い上に、文献が山のようにあると感じる。
和製の哲学ってところだね、神道。 >>114
出雲大社の社家=国造家と大国主神/大己貴命とは血縁がありません。(仇同士)
同じくスサノオ(渡来神)と大国主神も親子でも子孫でもありません(鬼気の編纂当時、どちらも皇室や朝廷の下位におき卑下する目的から系図を捏造)
ところが、国造家は穂火命、夷鳥の直系でスサノオ(渡来王)の係累。
いにしえの出雲王朝(帝国)の祖法は東西に並立した2つの王家(神門臣家と、向/富(登美)家)
が交代で歴代の主王/オオナムチ(所謂、大国主命)と副王/少彦(所謂、少彦名命/事代主神)に就任する慣わしだったそうです。
後々、不都合な真実の隠蔽工作の一環で
2王家がどちらも大国主だし、少彦なので一からげにして
系譜も事跡もごちゃ混ぜにしてしまって訳がわからない様にしたのがキキ神話。
(風土記はその後に朝廷のご意向に沿う内容に、、、)
オオナムチ/大国主も少彦名/事代主神も謀略をもって殺害されていまつ。(どちらも第8代の事)
キキ神話の中ではまともには書けないため大国主/少彦名が謀略の下殺害されたことをあれこれ示唆しています。 >>118
レス有り難う。そうなのか、しっくりは来ないけど、そうなの?(・ω・`)? 神話は科学で言う仮説と同じ。
証明しようにもできないことが多いだろう。
血縁がない、なんて断定できないと思うよ。
せいぜい、そう思うってところ。 出雲大社の拝礼作法
1拝、1祈念、2拝、4拍手、一拝。
出雲神言。(大三輪神社と同じ)
幸魂、奇魂、守りたまへ、幸へたまへ(三唱) 実在する、しないも、仮説。
科学的な見地からは、証明できないものは、
実在する、実在しない、ではなく
わからない、が正しい答えだ。
だから、信じるかどうか、につながるわけ。
神話を我々日本人の祖先は信じ伝承してきた。
それがわが国の文化だ。 三保関から望む伯耆大山/大神山(久那土大神を祀る)と、日御碕から望む三瓶山/サビメ山(サビメ大神を祀る)、、、、
積層火山だと言う事は承知の上で神々しさは変わらなず、更に左右逆転したようで姿が良く似ている? 出雲大社の裏の八雲山が禁足地となっているのは、やはりスサノオか大國主の陵だからでしょうか!? >>126
神奈備山(御神体山)で磐座が有るとイワレています。
古代の摩天楼の神殿は、ひょっとしたらその磐座を祭祀、拝礼する為の拝殿的なものだった?
低き丘より高き山、神奈備山の御神体/磐座を祭祀したのが古代の祭祀と聞き及びますから。 >>127
気になっていたので書き込みました
レス有り難うございます。
>>128
神が降臨なさる場ということですね。
勉強になりました m(_ _)m >>120
妄想でさも見てきた様にリアルには書けません。
歴史を捏造、改竄したのがキキ神話。
但し、所々でいきなり豪速球直球勝負の真実を伝えていたりするのがややこしさに拍車をかけています。 一般的には、二拍手なのに、出雲大社は四拍手なのと、
注連縄が左右逆なのも、はっきりとは、説明のつかない謎ですね!? >>131
四拍手は国(明治〜戦前)や任意団体の神社庁ごり押し、お仕着せの二拝二拍手一拝に異を唱え「一社の故実」=伝統を頑なに守った結果
神道では元来(古来)、四が基本単位。
二は簡略式。
また、三を基本単位とした作法も古くからあります。
賀茂社の儀礼も三回旋(一社の故実)。あの、三回回ってワンと何とか、、、は賀茂社の儀礼を捩ったもの。
船舶が神前の海上で三回旋する儀礼は現在も踏襲されています。
日本連合艦隊海軍旗艦三笠以下は赤穂の御崎の神(伊和津媛大神)に奉り全艦隊を持って右三回旋の儀礼を持って最敬礼した。
厳島神社の大祭で日没後の定刻、頭屋(選ばれた者)が
大前の舟溜まりに手繰り舟(伝馬舟)を漕ぎ入れ、
大神に奉り自ら右に三回旋させる荒行がこの祭りのクライマックス。
淡路島の南、沼島の春祭りでは海上の神立岩(3つのサバエ)の周りを「左に三回旋」するのが儀礼。(通常は右周り)
謹上再拝再拝、、、。両断再拝。四起拝。
長手=四拍手以上を言う。
短手=三拍手未満
住吉大社の大祭では所謂、難波打ちで神輿に拝礼。(天神祭の水上渡禦では略式)
打ちましょ〇〇、も一つせ〇〇、祝うて三度〇〇・〇、/目出度いな〇〇、本決まり〇〇、\(^^)/オオ! >>132
ご教示感謝しますm(_ _)m。
宇佐神宮も古来は三拍手だったようですね!?
後、今一つ注連縄の向きに関してはご存知ですか? やはり、伊沢元彦氏が言うように怨霊を封じ込める為に注連縄を逆にしたんでしょうか? 違うと思う。
中世から江戸時代迄長らくスサノオさまがご祭神とされていた時も同じだったかと。
国造家(神主/社家)の大祖先神をその子孫らが封印する理由は全くありませんから? >>133
左右逆というのは左前と同じで
鏡の向こうの世界=あの世 という事でしょう 本尊の設置方法は明らかに異常だろう。
井沢氏の見解、類推は論理的で、異論があるならぜひお聞きしたいところだ。 せっかく神話学として独立した板があるのに、誰も
神話学に基づいて話してないのが残念すぎる。
「出雲王朝が」とか「怨念が」とか書いてるのなんて
神話学の研究からすれば時代遅れもいいとこですよ。 >>134>>140
井沢さんの説は梅原猛氏の説が元ネタです。
さらに言えばこの出雲王朝怨霊説は戦後の古史古伝ブーム時の
受け売り的な説で、はっきり言っていまはもう説です。 古い
受け売り
いまはもう説
言説に対する評価として、有効なものではない
ってことがわかるだろう。 >>141
出雲の古代史が出雲の神話へと変遷していったんだろうし、
歴史的事実を知りたいと思うのは仕方ないよね(・ω・`)? 出雲大社こと、杵築大社を建てたのは大和朝廷/天皇家ではありません。
大和朝廷側が恰も勿体ぶって創建したかのような言いぷりですが、
実際上は全く違っていて元の王家を唆しはしましたが、
実際に莫大な私財を投じて創建したのは出雲帝国の西の王家、神門臣家(殺された先祖(第8代オオナムチの八千矛命)の慰霊の為)
大和朝廷が未だ侮れない出雲の勢力を弱体化させる為の方策の一つ
(後世、徳川が豊臣家を唆して各地の寺社の修復や復興をさせ、資金力を削いだのと同じ手法)
後にそれを(大和朝廷の力をバックに)横領、乗っ取ったのが国造家(出雲族には憎っき仇敵(ホヒ)の子孫)
出雲大社の真北遥かには件のオオナムチ、八千矛命が幽閉殺害された某洞窟が現存。
地元の伝承では黄泉の国の入口、覗くのはタブーとされてきたらしい。 >>147
その手の話は出典が怪しくないですか?
裏がとれないためも有って信憑性が乏しいと思います。 出雲国造家がもともと祀っていたのは
熊野大神(出雲賀詞)。
出雲を平定したのは物部氏(日本書紀)。 >>145
それならもっとちゃんと勉強しよう。
出雲は東から朝廷を後ろだてに
統一されていった。
出雲国造家も宇意郡が本拠地だった。
出雲は少なくとも4か国に別れていた。
そういう地元の伝承を知らなければ
歴史的事実はわかりませんよ。 >>147
言い切るなや 言い切るならばそれなりの客観的検証に耐えうる資料も提示しな >>151
最近やたらと怨念がとか大国主は殺された系の話が
歴史的事実のようにネット上に蔓延しています。
どうも根拠薄弱なようなので
歴史的事実を知りたいと書き込みました。
地元の伝承を知るにはどの辺りの資料に目を通せば良いのでしょうか? 地元は伝承が時代を経て変わってる事が多いんですよ
むしろ東北地方の方が奈良平安時代の東国平定の際に伝わった伝承が
そのままの形で残っている事が多い
そして大国主は東北では津波を引き起こす祟り神です
東国平定をした大和朝廷側が大国主を祟り神だと見做していたという事になりますね
という事は祟られるような事をしたのでしょうね
とにかく伝承なら東北を調べるのが良いですよ >>154
レス有り難うございますm(__)m
東北の伝承ですか。
何を頼りにしたら良いのでしょうか(´・ω・`)? 〒320-0043 栃木県宇都宮市桜5丁目1-3の明治屋。
お前の従業員の珍走族バイクがうるせーんだよ!住宅街だぞここは!
お前のとこの爆音でうちの寝ていた祖母が動悸や息切れをおこし大変だった、絶対に許さない!
そんな事ばっかやってるから食中毒出して営業停止になるんだよ!そこにもと住んでた○○さんから脅迫まがいで格安で土地を奪い取ったこともここら辺りじゃ有名だからな?田舎の糞チンピラがっ! >>154
大国主命は日本各地にみられますが、それらすべてを短絡的に出雲の大国主命と
同一視するのは学問的な態度ではありません。
まずはその話の根拠となる文献、あるいはその話を伝える社寺の
情報をお知らせください。 >>153
出雲地方の古い神社の由緒書きや祭祀を調べてみればわかりますよ。
怨念だとか殺されただとかの話しは、日本神話の神話学の先人たちの
研究とくらべれば三流私的推理小説のレベルに過ぎないことが
よくわかります。 近年、神社や神道への関心が高まるとともに
神社の起源が神話にあることをいいことに、
様々な根拠のないオカルト的な私説を述べる方たちが
爆発的に増加しています。
しかし、そのほとんどは誰かの受け売りかフィーリングのみを
根拠おしたものにすぎません。
神話学は文献や伝承を根拠に、ひとつひとつの神話の深奥を
学問的に解明しています。
たとえば古代出雲研究における紀紀以外の一級資料である
『出雲国造神賀詞』、過去レスを見てもほとんど触れられていないし、
巷の三流歴史推理小説の怨霊説や殺された説でも触れている人が
少ないが、学問的にはかれらは出雲研究のスタートラインにすら
立っていないことになる。
オカルト板や私的な歴史推理小説であるとあきらかにして
述べるのは自由だが、いっぱしの研究や学問のように述べるのは
単なる見せかけであると喝破されよう。 出雲国造神賀詞は、古事記に拠ると三年帰らなかった天穂日命がきちんと地上の様子を
報告したことになってますね。また古事記には登場する建御雷神が出てこないのも気になります。