阿久悠は90年代の邦楽を批判したことがある
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90年代はミリオン連発だったけど、クソみたいな歌だらけで、
邦楽は終わった。って言ったことがある。 今考えたら邦楽は80年代までで終わってたんじゃないか?
一つ一つが濃密だったのは80年代まで
90年代のメガヒットはCDっていうメディアの勢いの賜物だっただけで 阿久悠のスター誕生でのプロデュースシステムこそ
アサヤンコムロギャルソンを作るきっかけみたいなものだけどな >大阪府三島郡島本町の小学校や中学校は、暴力イジメ学校や。
島本町の学校でいじめ・暴力・脅迫・恐喝などを受け続けて廃人になってしもうた僕が言うんやから、
まちがいないで。僕のほかにも、イジメが原因で精神病になったりひきこもりになったりした子が何人もおる。
教師も校長も、暴力やいじめがあっても見て見ぬフリ。イジメに加担する教師すらおった。
誰かがイジメを苦にして自殺しても、「本校にイジメはなかった」と言うて逃げるんやろうなあ。
島本町の学校の関係者は、僕を捜し出して口封じをするな
>島本町って町は、暴力といじめと口裏合せと口封じの町なんだな
子供の時に受けた酷いイジメの体験は、一生癒えない傷になるなあ >>2
90年代はサブカル的なバンドにも陽が当たったことが功の部分としてはあったね。 まあ、玉石混交だな
良い物もあったし粗悪品もあった
今よりは良い物が日の目を見たんじゃないかな? >>1
今となってはそう思うけど、当時はああいうのを大衆が欲してたからね ミリオンセラーを記録したメンツを見れば、80年代半ばまでかな
ほぼセールスや知名度≒実力と言えるのは
当時はミュージシャンになるのにはまだ敷居が高い状態で業界のレベルも高かったからな
80年代後半のイカ天、バンド・ブームからだよな、何かが狂い始めたのは
大量にアマチュア・レベルが業界になだれ込んで来たからね
もう現在じゃオリコン・チャートなんて見れたもんじゃない >>10
ユーミンや久保田が80年代後半になってミリオン記録しているから、80年代いっぱいはまだそこまで腐敗化してなかったんじゃないかな? 1980年以降の歌謡曲はアイドルの台頭もあり、ティーン御用達になってしまった。
バンドブームを経て、J-POPとなった90年代は幼稚化・商業化が助長された。
50年代〜70年代の歌謡曲には大人の鑑賞に堪える歌謡曲がたくさんあった。
50〜60年代→歌謡曲の全盛時代
70年代→歌謡曲・フォーク・ニューミュージック勢が群雄割拠した邦楽の黄金時代
私的にはこういった感想 154 名盤さん sage 2015/08/02(日) 00:02:00.71 ID:N3M0Og4s
S H.マンシーニ E.モリコーネ B.ウィルソン モーツァルト
A P.マッカートニー G.ガーシュイン B.バカラック ラフマニノフ N.セダカ
B S.ワンダー C.キング 筒美京平 松任谷由実 桑田佳祐 ラヴェル J.リン E.ジョン
C 小田和正 山下達郎 久石譲 J.ゴールドスミス バッハ ドビュッシー チャイコフスキー B.ジョエル
D J.レノン G.ハリスン T.ラングレン 中村八大 玉置浩二 ベートーヴェン ショパン 坂本龍一 E 竹内まりや 桜井和寿 加藤和彦 財津和夫 P.サイモン A.パートリッジ サティ D.ボウイ
F 草野マサムネ aiko 大滝詠一 井上陽水 細野晴臣 M.ジャクソン N.ギャラガー リスト F.マーキュリー
G 小室哲哉 松本孝弘 小沢健二 都倉俊一 中島みゆき つんく♂
洋邦のメロディメイカー有名どころを集めた抜けてる奴もいるがメロディだけで評価するとこんなもんだな 「歌手が選ぶ」次世代に残したい名曲コレクション
http://www.tvais.jp/html/2010_04_01/it_2766902/
(どのくらいマジに質問したかはともかく、一応プロで音感もあり各時代を万遍なく聞くことも多い連中ということで、
すくなくともそこらのギャル百人に聞きました、カラオケ爺婆100人に聞きました、よりフェア度は高いだろう。
かつ類似の一般ものと比べてもラインナップにそう偏りがあるわけではない)
曲数を数えると、
50年代以前 7曲 丘を越えて 以下 リンゴ追分 有楽町で逢いましょう 等
60年代 15 上を向いて歩こう(1961) 以下 遠くへ行きたい 君といつまでも 星影のワルツ 等
70年代 25 知床旅情(1970) 以下 また逢う日まで 木綿のハンカチーフ いい日旅立ち 舟唄 贈る言葉 異邦人 等
80年代 23 昴(1980) 以下 赤いスイートピー 初恋 時の流れに身をまかせ 天城越え Diamonds 川の流れのように 等
90年代 6 恋しくて(1990) 以下 会いたい 島唄 LOVELOVELOVE ロビンソン ひだまりの詩 で全部
00年代 5 涙そうそう(2001) 以下 ハナミズキ 桜 三日月 蕾 で全部
ここでも70年代がピークと言えそうだ。 60年代から70年代の歌謡曲だけが本物なのだ。
しかし歌謡曲のみならず、当時の邦楽はすべからくレベルが高かった。
ロック、フォーク、アヴァンギャルド…
価値ある名曲・名盤はこの時代にほとんどが生まれている。
アニメソングにしてからそうだ。
現代のアニメにかけているお金は数十倍になっているにも関わらず
音楽的にははるかに低下している。
(ハクション大魔王の魅惑的なファズギターとランニングベース
マッハGOGOGOのバディリッチばりのドラム、前川陽子のボーカル等々
とんでもない代物がゴロゴロと転がっていた時代だ)
いまさら言うまでもないことだが、
アメリカで最も有名な日本の曲は、外国アーティストによる多くのカバーがある「上を向いて歩こう」
ロシア人の大多数が知っていて自国の曲だと勘違いしているという「恋のバカンス」
いずれも歌謡曲から生まれているというのが面白い。
そりゃ全国展開してるチェーン店から見れば、地域に密着してる企業や個人経営は
「売れてない」に見えるだろう
ただおまえが知らないだけだ
宣伝に多額の費用を使ってるところしかな
宣伝費用だって豪華なスタジオセットだって会社がリスク背負ってんじゃないぞ
(費用をかけた時点ではリスクは背負ってはいるが)それを払うのはおまえら消費者だ
グッズや大量に出される企画物&ベスト盤で会社はちゃんと回収してんだよ
良い作品ならまだしも、ガキ騙しの音楽に多額の金を投入してるキモヲタさん乙ってとこだな
そんなクソみたいなアーティストやグループを生かして賞賛してるのが昨今の音楽業界
長年活動が出来ていれば固定客はいて、ある程度の利益は出てるってことだ
固定客を大事にしたいバンドや会社、個人経営店だってあるんだよ
そういう良質なところほど無理に客から金を巻き上げないからな 日本人は欧米人と比べて全体的に精神年齢(実年齢では無い)は低いとされる。
それは比較しても何となく分かるだろう。
そしてロキノン厨という人種は、取り分け精神年齢が低いと想像出来る。
どんな音楽を好むかによって精神年齢は測りやすいのだ。
つまり、どのような音楽をその魂は好み求めるかってことだ。
その選択がセンスや感性の違いを生みやがて心から外見に現れてくる。
外見がキモい人の趣味は、やっぱりキモいアイドルオタクであることが多いのはつまりそういうことなのだ。
お子様的な音楽を好む人のレスがいつも稚拙なのも同様だ。 売れる音楽ってのはコネ+ゴリ押し宣伝で決まっているからな
それをマスゴミに洗脳された低レベルバカ耳共が騙されて買ってしまうという図式
音楽の質とは全く別物なのだが30年ぐらい前は音楽の質もある程度確保されていたものがゴリ押し宣伝されていたからまだまともだった
ところが特に2000年以降辺りから低レベルで低質低俗な曲が何故かゴリ押しされるようになってしまう
例えばきゃりー セカオワ ゲス Perfume ももクロなどなど枚挙にいとまがない
これらに共通なのはガラスに張り付いたように奥行き感のないベッタリした平面的電子音楽(笑)で意味不明な歌詞連呼という特徴も持ち合わせる
邦楽だけでなく洋楽にも似たようなことが言え洋楽も似たような曲ばかりゴリ押しされてもはやfeat無しでは成り立たないほど落ちぶれてしまっている
Taylor Swiftなど2ndアルバムまではいい味を出していたのが3rdあたりから糞プロデュースゴリ押しになりだめになってしまった
Jutin Bieberなども初期の頃ほうが良かったのだ
今は売れる曲=低レベルな曲なのである 日本人の知的好奇心や探究心が薄れ白痴化が進行中だから洋楽が聞かれなくなった
哲学書や文学書は読まれなくなり漫画やラノベばかり好まれる
小難しい映画や深刻な問題を扱った映画は好まれずアニメや娯楽大作が興行収益の上位にくる
留学希望者は減り、大学のランキングはどんどん落ちていく
多くの人の精神が知的探求よりも息抜きに向かってる
外国語で歌われる外国の曲が聞かれなくなったことと無縁とは思えない
摂取しやすく加工された手軽に手に入るものしか受け付けなくなりつつあるんだよ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています