バチィン!
聞き慣れた女王様のむちの音が響く。だがその音に、全盛期の迫力はない。
「……今日も、あたしにいじめられに来たのかい? 毎日毎日、よく飽きないねぇ! このド変態がッ!」
男は四つん這いで、むちを尻に受けている。
「えぇと、そうだねぇ、今日はねぇ……ええぇーーっと、ねぇ」
テンポが悪い。最近の女王様は、命令も罵りも、テンポが悪すぎる。
男は心の中でそんなことを思った。もちろん口には出さない。
女王様には、あくまでも絶対的な存在でいてほしかった。
自分にそんなことを指摘されて、動揺する女王様なんて見たくなかった。
「そうだねぇ、あ! 足を舐めなさい。ええぇとねぇ、それだけじゃないよ! 右足の親指だけを、五時間舐めなさい!」
明らかに、ネタ切れだった。
男があまりにも毎日のように通いつめて、より強い刺激を求めるものだから、
女王様は、命令のレパートリーをとっくに使い切ってしまっていたのだ。
「ほうら、右足の親指だけだよ? 隣に人差し指があるからって、それを少しでも舐めたりしたら、このむちでバチィンといくよ〜?」
迷走している。男はそう思った。だがもちろん口には出さず、
女王様に言われるままに、右足の親指だけを舐め続けた。
二時間ほどひたすら舐め続け、女王様の親指がふやけだした頃、再び命令が飛んだ。
「そうだ、このあいだ、室町時代の文化について調べてこいと言ったろう。ここからは、あれを暗唱しながら舐めるんだ!」
男は右足の親指を舐めながら、ぼそぼそと喋る。
「室町時代は、3代将軍足利義満の代に北山文化、8代将軍足利義政の時代に東山文化が栄え……」
なんだこれは。なぜ自分がSM倶楽部で室町時代の文化について喋っているのか、男にはまったく理解できなかった。
「ほうら、すこしでも分かりにくい説明をしたら、むちが飛ぶよ〜?」
「北山文化と東山文化がどう違うのか、今の説明じゃ全然分からないよッ!」

───夏。

男は、女王様に愛想を尽かす寸前だった。