白い部屋へ映像が切り替わると「美貌の青空(Bibo no Aozora)」に続き、今度は鮮やかな音色がよりクリアに、それでいて優しく響き渡る。必然的な距離が生まれる生の会場では感じ取りにくいようなささやかなニュアンスまで、余すことなく視聴者へ届ける。オンラインならではの贅沢な音楽体験だ。
ライブ前には「自身の代表的な楽曲を揃えた」と坂本自身が言っていたように、セットリストには坂本龍一の音楽史を代表する名曲ばかりが揃っている。ライブ中盤には、「水の中のバガテル(Mizu no Naka no Bagatelle)」、「Before Long」、「Perspective」、「energy flow」といった坂本の楽曲たちの中でも人気の高い楽曲が並んだ。
音源では見られないテンポ感や余韻の長短、指先のニュアンスづけに遊び心など、坂本の弾き方ひとつ、気分ひとつで生まれる違いを楽しめるのも魅力である。ライブ後半になると、「The Sheltering Sky」でぐっと演奏に引き込まれる。息を呑むほどの緊張感が押し寄せ、背景に映る荒廃した建物から唸る風が吹いてくるように、耳から身体へ、肌へ通ってゆく。
そのまま「The Last Emperor」と、ピアノの美しい重低音と迫力感を味わえる楽曲が連なり、ピアノ本体から直接伝わる音の振動を体験しているようだった。ピアノ一つで見せる壮大なスケール感を、遠隔でこれほど立体的に、そして身近に感じられるのも貴重だ。
「生の音楽が一定期間消えてしまったことで、音楽の楽しみ方をもう一度考え直さなければいけない。生・デジタルと分けるのではなく、新しいビジョンを持ってエンターテインメントの在り方を広く考えていかなければいけないと思っています」
と本編前のインタビューで坂本は言った。直に体験する“生の音楽”と、オンラインで発信する“情報としての音楽”を組み合わせた新しい形を目指すのが、このライブの挑戦でもある。そこで鍵となるのが、Rhizomatiksによる映像演出だ。
真鍋は、“まるで隣で弾いているような”というコンセプトに添い、“坂本の自室”を表現する白い部屋をベースとし、海、波、雨、荒野などのシチュエーションを用意。坂本の音楽を、“空間”という手法で支え、各楽曲が持つ世界観や魅力を引き立てる。特に自然が背景に映る時は、坂本が自然の一部となったように溶け込んだ。近年自然との共生を訴え続ける坂本を、真鍋は視覚的に表現したのだろう。
中でも「aqua」では、とびきり美しい光景が広がった。画面上にいくつも雫が落ち、雨に濡れる窓から坂本の姿を覗いているようだった。坂本の愛情を象る温かく、清らかな音色に連なり、背後には光り輝く水面や揺れる。時折白い髪が透けて、海と同化しそうになる坂本の姿には、儚さを感じた。ここで、音と映像のどちらかに身を寄せるのではなく、2つが溶け込む様をじっくり見るのが、このライブパフォーマンスの醍醐味でもあるのだと気づく。