かつてヒマラヤ山脈の隠れ里だったブータン王国は近年、エキゾチックな世界を求める裕福な旅行者に門戸を開いてきた。そして今、この国の気を引こうとする高圧的な訪問者――インドと中国――の扱いに苦慮している。

インドと中国の軍隊は2カ月前から、ブータンと中国がともに領有権を主張するドクラム(中国名:洞朗)高地という荒涼とした土地でにらみ合っている。

インド側は、中国がゾンペルリという尾根に向かう道路をブータン領を横切りながら建設しているため、これをやめさせるべく介入したと述べている。ゾンペルリは、インドの最も脆弱な地域を見下ろすことができる戦略上重要な場所なのだ。

また、この激しいにらみ合いは、仲の悪い隣国同士が、小さいとはいえ戦略的に重要な土地をめぐってもめているというだけの話ではない。インドとブータンが昔から続けている近い関係を揺さぶり、ブータンに影響力を行使したいという中国政府の欲望の反映でもある。

「中国はヒマラヤ地方を支配下に置こうとしている。そうしなければチベットにおける揺るぎない支配を維持できなくなる、と考えているからだ」。ニューデリーにあるシンクタンク、政策研究センターで戦略研究を専門としているブラーマ・チェラニー教授はこう指摘する。

「その際に中国が直面する最大の障害がブータンだ。ブータンとインドの間に楔(くさび)を打ち込むことは、明らかに中国の戦略だ」

インドは長らく、ブータンにとって財政、技術、軍事の面で最大の援助国だ。最大の貿易相手でもあり、外界とつながる最も重要な出入り口でもある。この役割は1949年に、ブータンの外交関係を事実上インドの支配下に置く友好条約の締結によって強化された。

ブータンはその後、この条約を改定して国際関係で自主性を発揮したいと申し入れ、インドが要請を受け入れた。それから10年経った今も、ブータンはまだ中国とは正式な外交関係を結んでいない。

しかし一部の国民からは、国境の確定など長年の懸案を決着させることも含めて中国と関係を築き、インドへの依存度を低下させたいとの声も上がっている。

「ブータンは、インドの南アジア支配にとって最後の植民地だ」。ロンドンの英王立防衛安全保障研究所(RUSI)のフェロー、シャシャンク・ジョシ氏はこう語る。「中国とブータンの関係が、インドが割を食う形で深まっていくかもしれない――この10年間、インド側は確かにそういう懸念を抱いていた」

ドクラム高地でのにらみ合いにより、ブータンは居心地の悪い状況に置かれている。片やインドは、係争中の領土について中国が現状変更を試みているため、小さな隣国を助けるために介入したと主張している。

これに対して中国は、インドが小さくて弱い隣国の支配をさらに強化することを狙って「侵略」の挙に出たと批判している。

ブータン政府はこの土地の領有権を主張しているが、インドに軍事支援を求めたか否かを明らかにしていない。どちらの国からも反感を買いたくないという姿勢のようだ。

「ブータンは、インドと中国の戦争を望んでいない。そのため、すでに燃えさかっている状況に油を注ぐことになりかねない行動は、とにかく取らないようにしている」。現地紙「ザ・ブータニーズ」のテンジン・ラムサン記者はそう指摘する。

中国政府は以前、ブータンとの国境紛争について、「包括的和解」を提案したことがある。もしブータンがドクラム高原をあきらめてくれれば、中国はそこよりも広いブータン北部の係争地域をあきらめる、という内容だった。

ブータン政府はこれを魅力的な提案だと考えたものの、インド政府は受け入れられないと判断した。

受け入れてしまえば、インドの主要な地域とやや離れた北東部とを結ぶ細長い地域(いわゆる「ニワトリの首」)を見下ろす戦略上重要な地点が、中国の手に渡ってしまうことになるからだ。

緊張が高まる中、2つの大国に挟まれている小さな隣国に不安を抱かせないようにインド政府が慎重に行動しなければならないとアナリストらは話している。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50849

>>2以降に続く)