「悲惨な運命の分秒を争って疲れ切った時間を過ごしている愚かで未練がましいアメリカの奴らの動態を、もう少し見守ることにしよう」(8月15日、金正恩委員長)

「北朝鮮の金正恩は非常に賢く合理的な決定をした。他の道を選んでいたら、カタストロフィと受け入れがたいものになっていただろう!」(8月16日、トランプ大統領)

あわやそのまま開戦かと思われた米朝だったが、ようやく小康状態に入った。それでも21日から米韓合同軍事演習「乙支(ウルチ)フリーダム・ガーディアン」が始まり、情勢は依然として予断を許さない。

そもそも、なぜここまで危機が高まってしまったのか。北朝鮮問題を語るとき、いわゆる「周辺関係国」と呼ばれるプレイヤーは、当事者である北朝鮮も含めると、計6ヵ国である。すなわち、北朝鮮、アメリカ、中国、ロシア、日本、韓国だ。

その中で一見すると、いまの北朝鮮問題に最も縁遠そうな存在に思えるのがロシアだ。アメリカと韓国は北朝鮮と対立している当事者で、中国は北朝鮮の貿易の9割を占める伝統的な「後見国」。

日本も朝鮮中央テレビから「島根県、広島県、高知県」などと名指しされるミサイルの通過国、かつ標的国だ。

これらの国々に較べて、ロシアは何なの?と言われると、はてと考えてしまう。

だが、昨今の北朝鮮を巡る複雑な方程式を解いていくと、実は最重要な存在がロシアなのではとさえ思えてくるのである。つまり、「主演」は金正恩委員長やトランプ大統領かもしれないが、「演出」はプーチン大統領なのではないかということだ。

今回はその仮説について、大胆な憶測も含めながら検証してみたい。

ロシアからのラブコール

そもそも朝鮮民主主義人民共和国、すなわちいまの北朝鮮は、ソ連が建国した傀儡国家である。1945年8月の日本の敗退によって、朝鮮半島に「力の空白」が生まれた。すでに東西冷戦は始まっていて、すぐに南からアメリカ軍が、北からはソ連軍が入ってきた。

その際、ソ連軍は、極東の卑賊に過ぎなかった金成柱(キム・ソンジュ)という33歳の男に目をつけた。そして「抗日の英雄」として伝説になっていた金日成(1937年に死去)の名を語らせ、元山港を経由して平壌に連れてきたのだ。

それから約半世紀が経ち、20世紀の終わりに冷戦が終結。衛星国ばかりか本家のソ連までもが1991年に崩壊してしまった。だがソ連が産み落とした北朝鮮だけは、21世紀に入ってもいまだ健在なのである。

統治するのは、金日成の孫の金正恩。そこでロシア復権を目論むプーチン政権は、この極東の物騒な小国をどう利用すれば自国の国益を極限化できるかを考え抜いたというわけだ。

ロシアにおける分岐点は、ソチ冬季五輪を開催した2014年である。この年の3月にロシアはクリミア半島を奪還して(奪って)、プーチン大統領は英雄となった。だが、そのために欧米を完全に敵に回し、経済制裁を喰らった。さらに石油価格が最盛期の3分の1以下に下落したことが、ダブルパンチとなった。

こうしたピンチを迎えて、ロシアは東方に目を転じた。そこにあるのは中国、日本、そして朝鮮半島だ。

まず最重要の中国とは、同年5月に、2018年から30年で計4000億ドルという史上最大規模の天然ガス契約を結んだ。これによってロシアは、当面の経済危機を脱出することに成功したが、同時に国家経済の命脈を中国に握られることになった。

過去100年続いてきた「ロシア>中国」という力関係が逆転した瞬間だった。

ロシアとしては、こうした状況に「保険」をかける必要に迫られた。そこで「北方領土」というニンジンをぶら下げて、日本との関係改善をはかった。中国との対立に悪戦苦闘していた日本の安倍晋三政権は、すぐさまこれに飛びつき、おまけに極東地域の経済開発までやってくれることになった。

ロシアが極東でもう一ヵ国、関係改善をはかったのが、旧ソ連時代の衛星国・北朝鮮だった。そして北朝鮮に与えたニンジンが、石油とICBM技術だったというわけだ。北朝鮮もまた、中国との関係悪化とエネルギー不足、国内経済の低迷などに悩まされていた。そのため、ロシアからのラブコールに飛びついてきたのだった。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52656

>>2以降に続く)